第8話 WPCによる手術実施!

 母の親友は吉野洋子という名で、旧姓山下であり、癌にかかっているのはその父の浩司さん65歳であった。浩司さんは、長く小康状態が続いていたのだが、僕がWPCを完成するのを待っていたかのように、倒れて入院していた。


 だから、どうなるかわからないが、一応CR-WPC(ガン除去意力回路)とIR-WPC(外傷治癒意力回路)両方を持って、母と一緒に浩司さんが入院しているCS総合病院に行った。


 洋子さんは、ぽっちゃりタイプの色白の優しそうな人で、大きな施設の管理栄養士だそうだが、父親ことを思ってか顔色は優れない。洋子さんは、学生時代から母のことは信用していて、その言うことはそのまま信じる人で、その関係からWPCの効用も信じているらしい。


「なんと言っても、“いのちの喜び”を開発したのだから、癌を治せる魔道具があってもいいと思うわよ」

 彼女は僕にそのように言うが、栄養学的に言って“いのちの喜び”はありえないものらしい。洋子さんは、僕が持って行った2台のWPCをしげしげ見て触って言う。


「何か神秘的な感じがするわね。何か出ているような気がする」

 WPの残滓を感じるとはなかなか鋭い。これは動力として電力が必要だが、基本的に電池でもAC電源でもよい。熱を吸収しても良いが周囲が寒くなると問題なので、供給しやすい電気にしているのだ。


 電池は単3電池を4本入れられるようになっているが、だいたいCR-WPCでは30分ほど、IR-WPCでは1時間ほどしか保たない。だから、AC電源をつなぐのが安全である。これらには試験的に電源を繋いで起動してみたので、そのWPの残滓が残っていることになる。


 病室に入って、白髪の浩司さんを見舞う。顔色は悪く苦しそうだが、起きてはいて僕らをみて笑いかける。

「洋子か。いつもすまんね。ああ浅香さん、久しぶりですね。こっちはすっかりやつれちゃって……。ああ、こちらが、洋子が言っていた息子さんですか?」


 母がそれに頷いて挨拶した後、浩司さんは僕に話しかける。

「洋子から聞いているよ。なにか、僕の病気を治せる道具を持ってきてくれたそうだね?」


「ええ、たぶん大丈夫だと思います。ええと、これがCR-WPCと言ってガンを殺して溶かす道具です。ただ患部の上をこのように動かすだけですから。危ない感じはないでしょう?」


「う、うん。危ない感じはないな」

 そう言うが『効果もなささそうだけど』と心の中で言っているのが判る。


「ええと、患部は肝臓だったですね。服の上からその部分にこれを当てていいですか?」


「ああ、肝臓で部位が悪いので手術もできないなど質が悪くてね。だいぶ転移もしているらしい」


 僕はWPCに電源コードを差し込んで、片方をコンセントに差し込む。さらにそれをゆっくり肝臓の上にかざして、WPCを起動する。僕は探査WPが使えるので、体内の肝臓にぬめぬめした異物があって、その同類の小さな塊が周辺に巣くっているのが判る。


 WPCがそれらを異物として捉える。そして、最も大きい塊をWPによって包んで周辺と絶縁する。さらに、40度台強の熱を加えて殺す。これ以上の熱になると周辺組織の害が大きくなるのだ。よし、最も大きな直径5㎝ほどのガンは死んだ。次いで、順次残ったガンをWPCが包み殺していく。終わった。


「はあー」

 僕は大きく息をついた。


 母と洋子さんは集中していた僕の顔をまじまじと見ている。

「どうなの、修?」


 母が声をかけるのに答える。

「癌を殺すまではいきました。それから……」


 浩司さんが僕の言葉を遮って肝臓のあるあたりを触って言う。

「なにか感じが変わった。もともと肝臓には神経が無いので痛くなかったのだけど、異物感が変わった。それとこのあたりの癌があると言われた部分が少し熱い気がする」


「ええ、そうだと思います。癌の部分を殺しましたから。これから、癌を液化して排出できるようにします。すこし、時間がかかりますよ」


「うん、ぜひ続けてほしい。良くなっているような気がする」

 洋子さんは手を組んで祈っているようなポーズだ。そこに女性看護師が入ってきて、僕が銀のWPCを浩司さんお腹に当てているのに気付いてすこし表情を険しくして言う。


「ええと、あなた何をしているのですか?勝手なことをされては困るのですが」


「ああ、宗田さん。これは僕が頼んでやってもらっているのです。確かに苦しくなくなっているので、続けさせてもらいますよ。修君お願いします」

 浩司さんが取り繕って言うが、看護師さんの名札が宗田だ。


「ええ、山下さん。もちろん続けます。宗田さん、もう15分程度ですから、続けさせていただきますね」


 僕はにっこり笑って見せたけど、宗田さんの険しい顔は変わっていない。無理して笑ったから引きつっているのかな。それともどっちかと言えばブサメンの僕の笑顔では逆効果かな。


「ええと、先生に相談してきます」

 宗田さんは去っていくが、洋子さんが素早く追いかける。彼女は、僕のやっていることを信じてくれているらしい。たぶん、邪魔をしないように説得するのだろう。今はゾル化(液化)は終わって癌の残滓は細胞の間を浸透している。もう少しだ。


 しばらくして、洋子さんがしょげて帰って来て、「どうなの、修君?」と聞く。

「うん、もう少しで癌の処分が終わります。そうしたら治癒して終わりです。あと20分くらいかな。そんなにかかりません。なんとしても続けましょう」


 看護師の宗田さんと医者がやってきたのは、癌細胞も処分が終わってIR-WPC(治癒のWPC)を使っている時であった。医者は浩司さんの顔を見るなり、「あ!山下さん、顔色が良くなりましたね」と言ったが、怪しげな銀の道具を浩司さんの胸に当てている僕を胡乱な目で見た。


「ええと、君はなにをしているの?」


「僕は、癌を治療する魔道具で、山下さんに巣くっていた癌を治療しました。そして、その治療によって傷んだ組織をこの道具で治しているのですよ。あと10分待ってください。それで終わります」

僕は棒読みで言った。これは、すこし残念な人という印象がいいかなと思ったのだ。


「ううーん。まあ、いいや。どう見ても害にはなりそうもないし、10分したらまた来るよ。宗田さん、見ておいてね」

 佐伯と言う名札の医者は、今度は興味深げになって、そう言って去っていった。


 宗田看護師は不満げな顔をしたが、それでも医者の指示通り、立って見ている。

「どうですか。山下さん、少しは体調が変わりましたか?」


「うーん、気分の悪いのも良くなってきたし、体になにか違和感があったのも無くなったようだ。良くなっているよ。どうも修君かな?君の治療が効いたようだな」


「ほんとう!お父さん。良くなってきた?」

 洋子さんが涙声で浩司さんに聞く。


「うん、まだはっきりとは言えないけど、良くなっていると思う」


 やがて、WPCがチカ!と光った。治癒が終わった印だ。

「はい、完了です。癌はなくなって今は消化器に液状でたまっています。今晩か明日か、気持ちの悪いどろどろのものが便として、また一部は尿として出てきますが癌のなれの果てなので心配いりません」


「なにを、馬鹿なことを言っているのよ。重度の癌がそう簡単に治ってたまりますか!一時的に治ったような気がするだけよ」

 宗田看護師が怒って言うが、まあ普通はその通りなのだけどね。


 そのように言い争っているうちに、佐伯医師が帰ってきた。そして僕におおらかに声をかける。

「ええと、君の治療は終わったのかな?」


「はい、終わりました。これは記念すべき、CR-WPC、つまりガン除去意力回路による地球におけるがん治療の最初の例になります。癌は死んで液化されて今は消化器に入っていますから、明日には排出されるでしょう」

 僕が少しふざけて言う答えに医師は応じる。まあ本当のことなんだけどね。


「ほうほう。なるほど、だけど山下さんの癌は外側から触っても判る程なんだよ。山下さん、すこし触診をしますね。ちょっと失礼」

 そう言って寝間着の上から脇腹から背の方を触るが、顔色を変えて慌てて探る範囲を広げる。


 そして、しばらく考え込む様子に、浩司さんがすこし慌てて佐伯医師に聞く。

「せ、先生、無くなったのですか?僕の癌が?」


「ええ、少なくとも触診には触れませんので、一番大きかったものは無いようですね。ただ転移した部分が10個所近くあったので……」


「大きいのが一つ、あと小さいものも取りましたよ」僕が言うと、医師は考えながら応じる。

「いずれにせよ、レントゲンを撮りましょう。それで解るはずです。ただ……、ええと、君の名前は?」


「浅香修、中学2年生になったところです」


「浅香君がこれを作ったの?」


「いえ、父がね。父はT大学の准教授です」

 WPCについては、僕が作ったのではなく父が作った言うことにしているのだ。


「ほお!なるほど。それでね。今回事実この道具で癌が治ったとしても、体から癌という異物をはぎ取るわけだから、体が傷んでいるはずだよね。だから回復までは時間を要すると思うよ」


「ええ、その通りなのです。そのために、これがあるのです。これはIR-WPC、つまり治癒のWPCなので、これで外科的な損傷を治癒しましたから、元々大して痛めてないので、明日にはほぼ回復するはずです」


「浅香君、これは組織を治癒するということは、内臓も治癒できるのかな?」


「ええ、基本は生物の体を形作っている記憶をたどって回復すると言うか組み立て直すのですよ、それに当面の血を止めたり、組織を繕ったりという応急措置能力はなかなかのものですよ。いやそうらしいですよ」


「その浅香君ね。いま交通事故で死にかけている若い人がいるんだ。内臓が大きく損傷して時間の問題のようなんだ。その治癒のWPCとやらを試してみないか?」

 佐伯医師が僕の顔を覗き込む。ああ、この人は、他を救いたい医者なんだ。そんなことを言われて見られたら、断れないじゃないか。


「うん、行きましょうか。使えればいいのですがね」

 僕は早足で歩く佐伯医師の後を小走りについていくが、そういえば看護師も医師もゆっくり歩いている人はいない。忙しいんだなあと、正直に言えば医者にはなりたくないと思った僕はダメな子だな。


 母さんもついて来るが、「いいの、母さん?」と聞くと「保護者の責任」と言うから断れないよね。佐伯医師も断れないし、WPCは今のところ僕にしか使えないから行くしかない。


 そこは救急救命室という名の病室で、若い男性が横たわっていて、体はビニルっぽい布で覆われている。女性看護師が何やらやっているのと、医師らしき男性が、手術着と言うのだろう服を着て、あきらめたような顔で立っている。


 佐伯医師が、その男性に寄って行って、何やら話している。医師らしき男性があきらめた顔で、『いいよ、いいよ』というような顔で肩をすくめる。


 佐伯医師が僕のところにきて「やってみて、そのカバーの上から」そう言って、男性が横たわっているベッドに僕を引っ張っていく。強い血の匂いがするが、僕は検知を掛けながら、IR-WPCを腹の上の方に掲げて起動する。


 なるほど、心臓は傷んでいないが肝臓、腎臓、大腸などがぐちゃぐちゃに近く傷んでいる、腹に大きな裂傷がある。僕は自分のWPを全力で注ぎこんだ。緊急措置の場合には、術者のWPを注ぎ込むことで回復を加速できるとバーラムが言っているのだ。


 じわじわ、内臓が元の形と機能を取り戻そうと蠢き始めた。気が付いた看護師の一人がハッと息をのみ同僚の袖を引っ張る。彼らには全体像は解らないが、うごめきに腹の皮膚が揺れ、大きな裂傷がふさがりつつあるのは解るのだ。


 2人の看護師は少し離れていた医師を呼んでくる。医師も気が付いて目を見張っているが、佐伯医師も同様だ。そして、その現象を起こしているのは、誰でもない僕と持っている道具であることに気が付く。


 そして、出血が止まる共に、弱々しかった心臓が正常に動き始める。それは心電図にはっきり表れており、さらに医師と看護師を驚嘆させる。どれほど時間がたったか、僕には正確なあるべき内臓の配置と構造は解らないが、WPCはそれで正しいと示している。つまり、応急的には措置は終わったのだ。


 多分全快するには2週間くらいかかるかなと僕は思ったけど、通常これほどの重傷だと3か月以上の期間はかかるということだ、そして、その前に医者の診断では、絶対に助からないと言っていいくらいの重傷だったらしい。僕は、WPを絞り出しすぎて気絶してしまい、その後12時間眠ってしまった。


 母さんがすっかり怒って、その手術室に佐伯医師に文句を言ったらしいけど、本来助けられなかったその若い男性を助けられたことを知ると、トーンダウンせざるを得なかったそうだ。


 ちなみに、山下浩司さんは、その2週間後に退院した。癌の残滓は無事に排出されたが、病院側が回収して詳しく分析したうえで、サンプルは保存したらしい。そして、レントゲンでも全く癌の兆候は見えず、組織検査でも全くその兆候は見つからなかったという。


 我が家は、母が表に立って病院側に、山下さんの件と救急医療の件の公表を厳しく禁じた。しかし、その代わりとして、命に係わる案件に限ってのWPCの使用を認めざるを得なかった。


 だけど、大きな総合病院には命に係わる患者はたくさん来るんだよ。だから、僕は週に3回ほどもCS総合病院に行くはめになった。

 そして、WPCの最初に事例として成功すると、今度は父の暗躍が始まったのだ。僕はのんびりしたいんだけど、なんでままならないのだろうか?

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