異世界の大賢者が僕に憑りついた件

@K1950I

第1話 姉が語る

 私は浅香のぞみ、花の高校1年生よ。私の身長は158㎝で標準だけど、体重は48㎏で出るところは出てなかなかのボディだと思うわ。私は美人でスタイルの良い母に明らかに似たようで、ずんぐりでお世辞にも美男子とは言えない父に似なくて本当に良かったと思う。


 でも父は、頭が抜群に良く、T大学の博士課程を出て今は母校の准教授になっているわ。そして世界的に注目されている理論物理学者というけど、娘の私が言うのもなんだけどどう見ても利口そうに見えないのよね。


 私には弟の修(おさむ)がいて、これが父によく似て、小太りでもっさりしているから、女の子にはもてそうもないし、実際にもててないよう。彼はのんびりしていて、ほとんど勉強しているところを見たことがないけど、成績はトップクラスのようだから頭はいいんだろうね。その修がこの数日変なのよ。


 数日前の早朝に、私の隣の自室で「ギャー」とか叫んで、慌てて私がドアを開けると「何でもない、何でもない」とあわあわして答えた。だけど、パジャマを着て目が血走っている弟はどう見ても何でもないようには見えなかった。でも、何度聞いても白状しないのよね。


 その後もずっと上の空で、うわごとみたいな独り言を言うし、母と一緒に心配しているけど1週間ほどで正常になったわ。父は、いつもの研究テーマに夢中になっているトランス状態だから、その状態を脱却するまでは話にならないわ。


 そのどちらかと言えば怠け者の弟が、朝早く起きて走るといいだしたのよ。

「うーん、本気のようだけど。運動の苦手な修が続くわけはないわ」


 そう言う母は、修の本気度を疑っているようだけど、私は彼が嫌がってはいるけど、やることに関しては本気のような、変な印象を受けた。翌朝、私は隣の部屋の目覚ましのベルの音で目を覚ました。


 なかなか止まないかなと思ったけど、すぐに音は止まり、弟が起き上がった気配がする。そしてほどなく、なにかい一人で言い争うように呟きながら玄関を出て行ったようだ。


『さあて、何日続くかな?』私は夢うつつに思ってまた寝てしまった。

そして、私がいつものように起きて玄関わきのトイレに行くとガチャリと玄関のドアが開いて、ヘロヘロになって汗びっしょりになった弟が帰ってきた。


「大丈夫なの、修?」私は流石に驚いて声をかけたが、弟は怒った声で「くそ!大丈夫じゃないよ。こんなにやらされて!」荒々しいが弱々しく答え、よろよろと浴室に消えて行く。


 私はそれを見てますますもう続かないと思ったが、しかし弟は続けた。2週間も経つと汗びっしょりになるのは変わらないが、もうよろよろすることはなく、学校にいくのも足を引きずりながらということもなくなった。


 私は中学でバレーボール、高校では女子サッカーをやっているからわかるけど、トレーニングを始めた最初の1週間がつらいのよね。そういう意味では2週間経てば普通は慣れるから、修もその段階を過ぎたということだわね。私は母に聞いたのよ。


「お母さん、修は何で急に運動を始めたの?修は今までは運動を苦手にしてきたし、勉強だって適当にやっいたわよね。少なくとも自分を追いこむタイプじゃなかったでしょう?」


「ええ、私も不思議に思って聞いたのよ。『このままじゃいけないと思ったから』って言っているけれど、どうも本当ではないようね。でも少し体も締まってきたし、動作もきびきびしてきたからいいんじゃないかな。

 それに、勉強のほうも頑張っているようね。この前はパソコンを買うのにお金を足してあげたのよ。どうしても調べ物をしたいので必要だというのでね。ゲームでもしてるんじゃないかと少し心配だったから、何度か部屋に行ってみたのよ。


 だけど、確かに随分難しい調べものをしていたわ。それに、修に頼まれて、3軒隣の斎藤さんのお宅から高校の教科書をいただいて渡したわ。あそこは大学生になった洋一さんがいるでしょう。それと、中学の教科書はさつきが渡したのでしょう?」


「ええ、2年と3年の教科書は渡したわ。でも、修の買ったパソコンはいいわね。私のもっているものより、早いしハードディスクのメモリーの容量も大きいしね。

 うんと上の学年の教科書を集めたり、本当に修はどうしたんでしょうね?それに、修、結跏趺坐というのかな。部屋で胡坐を組んで瞑想しているようなんだ」


「うーん、まあ、運動して鍛えるのも、勉強をするのも、その結跏趺坐もケチのつけようがないわ。あとは、息切れして反動が来なきゃあいいけど…。まあそこが心配なだけだわね」


「でも、2週間は続いたから、運動に関してはきついところは乗り越えたわけよ。暖かく見守っていくしかないわ。ねえ、お父さんもあんなふうだったの?」


「うーん、あんなに急に運動したりはなかったけど、勉強というか調べものを集中的に始めたことはあったわね。心ここにあらずという状態が長く続いたこともね」


 母と父は近所同士の幼ななじみで、スポーツが得意で外交的な母が小太りでボーとしている父を、ずっと追いかけて結婚したというカップルだ。


 母にとっては父のそうした風貌、変わった振る舞いのすべてが魅力であるらしい。だから、父にそっくりだけど、もう少しのんびりしている弟を追い立てず見守っているということになるらしく、私により修に甘い。とは言え、母も弟の突然の変化には戸惑っているということになる。


 高校も中学も、学期ごとに中間と期末の試験がある。昔はその結果を上位について張り出していたようだが、今はやらない。でも、自分の点数と順位は判る。私は、中学の頃は220人中で、大体10番には入っていたが、高校の中間考査では302人中21位、期末考査では32位であった。


 私の通っている村山市の東部村山高校は、学区内の4校では2番目と言われているが、大体70~80番以内に入ればそこそこのレベルの大学に行けるとされている。

 トップクラスのT大学や国公立医学部は5番以内でないと難しいという位置づけなので、まあ進学校とは言えるだろう。とは言え、そういう評価が普通に語られるところが、高校が大学の予備校化している証拠ではあるが。


 ところで、最近判った修の成績がとんでもないことになった。総合で1位はいいのだが、ほとんどの教科が100点に近く、平均点が98点というちょっと信じられない成績だった。


 そもそも、中間考査は比較的範囲が狭く、少し集中すれば高得点を取るのは難しくはないが、期末は範囲が広がってずっと難度が高い。修はその中間考査で平均86点だったのだから、それが98点というのは少々おかしいと言われても仕方がない。実際に修は、担任と1年の教務主任から呼ばれていろいろ聞かれたらしい。



 それに対しては「頑張ったから」という返事だったらしいが、確かに弟はあの日以来勉強のみならず運動にも頑張っている。天才的と言われる父の血を引いたのだから、頑張ればその程度の成績は取れるだろうが、父も興味のある数学と物理はまず満点だったらしいが、興味のない学科はそれほど良くなかったらしい。


「修!どうしてそんな成績が取れたか教えなさい!」

 私は、夕食の食卓で修から渡された成績のプリントを見て思わず叫んだ。横で母が『無理がないわ』という感じで苦笑して見ている。


「うう、教えろと言ってもねえ。じゃあ、姉さんも僕のやっている“訓練”をやるかい?」


「訓練って何よ?朝のジョッキングのこと?あるいはヨガみたいな真似をすること?」


「うーん、そうだね。朝のジョッキングは、スポーツをやっている姉さんには要らないかも。勉強の面は、そのヨガみたいな姿勢で訓練することだよ。最終的な目標にはまだまだだけど、その過程で頭の血のめぐりが良くなるからその回転も良くなるということで、まあ知能があがる感じかな」


 修の答えに暫くどう応じていいかわからず、私が黙っていると母が聞いた。

「修、その訓練というのは何で、何をきっかけで始めたのかな?そしこの2か月ほどあなたは朝のジョッキングを始めて、高校までの教科書を読みこんで、その上にパソコンを買っていろんなことを調べていたわよね。


 この成績を見ると、少なくとも勉強してきた成果があったことは確かだわね。だけど、普通中学1年生で12歳のあなたが、高校の教科書を教えてもらわずに理解出来るはずがないのよ。だけど、少なくともあなたの学校の成績はこれ以上ないほどに成果が出ている。

 そこを聞いてみたいし、何よりそれが人に教えられるなら、さつきにも教えてやって欲しいのよ。成績は良ければよいほど将来を選ぶために選択肢が広がるものね」


「うーん、解ったよ。そうだね、ほかなら姉さんの頼みだしね。僕も他の人に教えられるものか興味がある。それにこれで、少しは信じてもらえる下地も出来たし、バ-ラムもO.K.しているから説明するよ」


 そのように言っておもむろに説明を始めた修の話は、なんというか荒唐無稽と言っていい内容だった。


 なんでも、突然頭の中に取り憑いた存在から考えというか言葉が流れ出てきたという。そして、何者かが頭の中に住み着いたのを自覚できるそうだ。その存在は、バーラムと呼べと言っているが、実際は長い姓名があるらしく、ピ-トランという世界で大賢者として敬われていると自称している。


 そしてそれは、やり取りする内容から本当らしいけど、実際にすごい知識と能力があったらしく、伝わってくる思念からもそれがはっきりと伺える。


 バーラムが修に取り憑いた理由は、彼自身が寿命を悟って最後の体力・気力が尽きる前に、自分で開発した魂の移転魔法を用いて、どこかの未知の場所の頭脳に乗り移ることを試みた結果らしい。本人も、まさか異世界の人物に取り憑くとは思っていなかったらしいが、弟の脳を探って大いに喜んだらしい。


 それは、ピ-トランの世界は魔法文明というべき世界で、人の思念で操る魔法と魔法具によって人々は地球の劣らず便利に暮らしていたという。その意味では、地球のような物理学・科学という学問の発達は遅れており、基本的な物理現象は把握されてはいても、原子の周期律表などは知られていない。


 その意味で、修の知識の持っている初歩的ではあるが、とりわけその中の物理や化学の知識に夢中になった。だから、また未修の教科書を集めて目を通し、インターネットを通じて知識を大いに吸収しているということだ。


 バーラムがとりわけ喜んだのはインターネットであり、本なしにジャストポイントで知識が得られる点に喜んでいる。しかし、ピートランにも魔力で検索できる、似たようなデータベースがあって、使ってはいるが多様さと内容の充実度ではインターネットの検索機能のほうがずっと上のようだ。


 そして、バーラムがそのように知識を知り記憶していくには、修の脳を使うことになるわけであり、最終的に記憶中枢は異次元にあるものの、修も必然的に覚えるということになる。

 だから、結局教科書を手当たり次第に読んで、記憶していった過程で“血の巡りの良くなった”修は、試験に出るような内容はきちんと頭に入れていったことになる。


 これらは、バーラムの欲求によってなされていることであるが、無論バーラムは、修のためにも大きな餌で釣っている。これは魔法を教えるというものである。


 そしてその魔法には定番の身体強化も含まれる。だから、運動嫌いの修を、ジョッキング他の毎日の運動を強制したのは身体強化のためであり、他の魔法を覚えるには体を鍛える必要はない。

 ちなみに、身体強化は実施時において筋肉に相当な負荷をかけるので、それなりに鍛えてなおかつ柔軟性を持たせておかないと、術後にひどい痛みに苦しむらしい。


 修がバーラムから課せられたのは、結跏趺坐に似た姿勢で、初歩として最初は脳内、それから上半身に魔力を巡らせることである。地球の人は魔力を意識はしていないし、認識もできない。その点では、ピートランでは長い歴史があり、魔素の存在する脳内の器官も良く知られていて、その活性化の手法も確立している。


 ピートランでは、最初から魔力が顕在化している者が多く、そういった人々は容易に魔力を意識してその循環という最初の初歩を始めることができる。しかし、地球にはそうしたものはおらず、それが可能な他者による起動が必要である。


 そして、修の脳内に住みついた大賢者であるバーラムはそれが可能であり、自分の魔力を認識するところまでは導いてくれ、魔力の循環の最初のやり方まで教示した。  

 あとは自分で日夜努力して循環してそれに慣れ、その範囲を広げていくしかないのだ。修はだんだん滑らかに循環できるようになってきたが、実際に身体強化を含む魔法を使えるまでにはまだ半年以上はかかるというバーラムのご託宣らしい。


 ただ、その循環の練習というか訓練は、脳の血のめぐりを良くすることになって、頭脳の働きを改善する効果が認められているということだ。確かに修もその効果として、記憶力の大幅改善と、認識の早さ・広がりが改善されるのは認識できているらしい。 


 となれば、私には同じ処置をしてもらうしか選択肢はない。魔法というのはいささか眉唾ではあるが、脳の機能を高めてくれるというのは大きな魅力だ。

 その後、居間に場所を移して、私への“処置”が行われた。出来るだけお互いの脳を近づけるということで、正面では姉とは言え異性なので照れるので、後ろから修の頭に額をくっつける。


 最初は修の腕を握って、額を後ろ頭にくっつけてじっとしていると、なにか頭の中で認識できる塊を感じる。

「姉さん、解るかな。それが魔力のもと、魔力溜だよ。それから、魔力を引き出してもらうからね」


 弟の声が聞こえる。そして、なにか暖かいものがその意識した固まりから引き出されてくる。


「さあ、それを自分で引いて、あ、姉さん。おっぱいが当たるから離れて!」

 うるさい弟だ。でも夢中になって胸を修の背中にくっつけていたのに気が付いて、体を離しながらそれを引っ張る。これ以上引っ張れなくなったら、それは自然に帰っていく。


「さあ繰り返して!」

 弟の声に合わせて必死に引っ張りだし、引っ込むのを待ってまた引っ張る。10度か20度か繰り返すことでその場所を認識でき、やり方も判ってきた。その後、私も修と一緒に朝のジョッキング、結跏趺坐の状態で魔力の循環を行っている。記憶力が改善されたのを意識するようになったのは、1ヶ月過ぎたころからだった。

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