第6話  ウェディングドレス

[真帆です、はじめまして」

 ドアを開けると、美咲のパートナーが笑顔で冬馬を迎えた。

 すらりと背が高い、髪は短く活動的な感じ。

 カットソーにデニム、エプロン。美咲もパンツ姿で、持参のエプロンを取り出した。

「いい部屋だね」

 段ボールを床に置き、室内を見回す冬馬。

 明るい1LDK、二人には十分だろう。収納は作り付けだ。

「断捨離したら、広くなりました」

「いいねえ。新婚さんにぴったり」

 新婚さん、という言葉に、美咲はうれしそうだ。

 同性と結婚なんて両親は大反対と思い込んでいたが、父は祝福してくれた。

 あの週末以来、冬馬はなんとか凪子を説得しようとしたが、無駄だった。


 引っ越しと言っても美咲の荷物は大したことはない。衣類や身の回りの品だけで、残りは徐々に。

 昼は蕎麦を食べながら、あれこれ語り合った。

「妻は話を聞こうともしなくて」

 冬馬が愚痴ると、

「仕方ないですよ」

 真帆はあっさりしたものだ。

「うちの母が特殊なのかも。中学生の時、私、女の子ばかり好きになって」

 どう思う、とシングルマザーの母に尋ねると、いいんじゃない、という答え。以後、真帆はレズビアンである自分に自信と誇りを抱くようになったという。

 美咲はどうだったのだろう。少しシャイで内向的な娘だ、真帆みたいにはいかなかったはずだ。思えば美咲の思春期の頃の思いなど、考えたことがない。特に避けられていたとは思わないが、フランクに話せたとは言えない。

「今は最高に幸せです、美咲と結婚できたし」

 真帆は美咲に微笑む。

 凪子が聞いたら卒倒するだろう。

 あの頃は「二人を応援する」なんて言っていたが。結婚前後からすっかり変わってしまった。


 真帆はマイノリティについて率直に語った。いわゆるカミングアウトについても、

「親に告げてはいけない、という人もいます。たいていの親はショックを受けますからね。育て方が悪かったのか、と自分を責めたり。単なる個性の問題だと私は思いますけど」

「個性」

 冬馬は感心した。

 そこまで皆が割り切れたら、もっと生きやすい世の中になるかもしれない。

「お父さんが判ってくださって、本当に嬉しいです」

 改めて謝意を伝える。

「そうよ、パパ。おかげで前向きな気持ちで、私はここに来られた」

 真帆と美咲の一助になったかと思うと嬉しい。

「親が変わらないと、どうしようもないからね。いつまでも子供たちが苦しむ」

 父の反対がきっかけで光を失った。

 苦い過去を持つ男の言葉に、美咲も真帆も黙ってうなづく。

「来月、お披露目パ-ティをやるから、来てね。私、ウェディングドレス着るの」

「そうか、楽しみにしてるよ」

 美咲がウェディングドレス、本当に花嫁になるんだなあ。

 冬馬は、まだ実感がわかない。


 パーティの件を冬馬から聞いたが、凪子は出席する気にはなれなかった。

 当日、冬馬が美咲のドレス姿の画像を送ってきた。幸せいっぱいの娘を祝うべきなのだろうが。

 ベルばらみたいなふわふわではなく、ほっそりしたシルエットのドレスだ。相手の女性は薄いクレイのパンツスーツ。ショートカットで、なんだかタカラヅカみたい、と凪子は思った。

 こういう発想もいけないのだろうか。

 ああ、もう美咲のことは考えたくない。


 自分の結婚式を、嫌でも凪子は思い出す。

 妊娠六か月で挙式と披露宴。お腹がふっくらしてきた頃で、ウエストゆるめのドレスを着た。母は泣いて喜んだし皆に祝福され嬉しかったが、香苗はカナダから戻らなかった。

 花婿の冬馬は魂が抜けたようにぼんやりしていた。嬉しくはなかっただろう、不本意な結婚なのだ。

 光を失ったことが、それほどの痛手か。失って初めて、どんなに大切だったか分かる、というパターン。

 しかし私を選んだのは冬馬だ、私は正式な妻だ。

 そのうち子供も生まれる、父としての責任感が芽生えるだろう。

 美咲の誕生で生気を取り戻したかに見えたが、出会った頃のはつらつとした姿は消えてしまった。


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