第4話  罰なのか

「行ってくるよ」

 冬馬が凪子の部屋をノックしたが返答はない。

 美咲が真帆の部屋に越していく日だ。冬馬は車に荷物を積んで送っていく。


 昼近くなってから凪子は階下に降りた。

 誰もいない部屋は静まり返っている。

 ダイニングテーブルの上に、凪子宛ての封書があった。美咲の細く、丁寧な文字で感謝がつづられていた。

 最後はこんな風だった。

「ママの希望に応えられなくてごめんなさい。

 でも私は真帆と生きていきたいの、この思いは誰にも変えられません」

 頭がくらくらした。

 名前が、自分たちとすり替わっていても何の不思議もない。

「凪子の希望に応えられなくてごめん。

 でも俺は冬馬と生きていきたい、この思いは誰にも変えられない」

 光がそんな気手紙を残し、冬馬と一緒に消えていたら。今の生活はなかった。

 学校から帰ると母が優しく迎えてくれる。夜には父が元気に帰宅し、そろって夕食、談笑。

 七歳で父を亡くした凪子には、それが夢だった。母は凪子を育てるのに必死で、アパートに帰っても誰もいない。自分で鍵を開けて、母の帰宅を待つ。


 早く温かい家庭を築きたかった。

 冬馬と出会い、素敵な人だし、裕福な家に育ったと知り、関心が高まったのは事実だが、冬馬が思いを寄せたのは光だった。

 親友の恋の成就を、凪子は願った、応援すると言ったのは嘘ではない。

 私は光から冬馬を奪った、それは厳然たる事実だ。


「凪子、俺さあ」

 冬馬と付き合うことにした、と、別荘に行ったあとで告げられた。

「やっぱりね。冬馬の光を見る目が熱かったもん」

「そうなの?」

「そうだよ、見え見えだよ。光、気づいてなかったんだ」

「ぜんぜん」

「でも良かったじゃん、前からお似合いだと思ってた」

 冬馬はカッコいいし、光は可愛くて身長も釣り合うし、と、男たちをくっつけようと、凪子はけっこう本気だった。

「とにかく応援してる。頑張ってね」

 あの頃はひたすら冬馬と光の幸せを願っていた。


 美咲が同性と結婚する。

 これは私への罰?

 いや、そんな風に考えてはいけない、美咲にも彼女にも失礼だし、マイノリティに対して差別的な考えだ。

 冬馬はおそらくバイだし、光との過去を知りながら私は彼と結婚した。


 LGBTQに理解がある方だと凪子は自負していた。それがどうだ、娘がレズビアン、とわかったとたんに、この豹変。

 おそらく友人の娘が同じことになったら、いいじゃないの幸せなら、と祝福したはずだ。

 これが私の限界、私の本性。

 そう認めないわけにはいかない。

 ああ、どうすればいいの?

 誰かに聞いてほしい、相談したい。

 母は論外だ、余計な心配をさせてしまう。冬馬の両親にも絶対に明かせない。

 判ってくれそうな友人もいない、うかつに話して、凪子の娘はレズビアン、と噂が広まったら最悪だ。


 香苗。

 冬馬の妹、彼女ならきっと理解してくれる。でも私はおそらく嫌わたまま。

 妊娠が判り、冬馬の両親に報告に行った日。

 帰りがけに香苗はやっと顔を出した。両親が家に戻ったところで車に乗り込んで詰問した。

「光はどうなるの?」

 冬馬はうなだれた。

「どういうことよ、凪子。二人を応援するんじゃなかったの」

 香苗の怒りは収まらない。

「なんでお兄ちゃんと凪子がくっつくの、光と生きていくんでしょう?」

 香苗の目に涙があふれた。


「この国は嫌い、人の顔色ばっか窺って、窮屈だ。他人を監視して、自分で自分を縛って、がんじがらめ」

 その後、香苗は交換留学生としてカナダに渡った。一時帰国し、卒業後は再度、カナダへ。十年前に結婚したと連絡があったものの、それっきり音信不通だ。




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