第7話 救済


「アキム、お前はあとで覚悟しとけよ」


 これはまたしても説教だろう。嫌だなと反射的に思うも、大部分は安堵感がしめてる。どれだけ説教されてもいい、罰もちゃんと受ける。助けに来てくれた感謝でいっぱいだ。


 ザイードに気を取られていると、今度は入口側が騒がしくなった。俺たちを囲んでいた破落戸たちが数人吹っ飛ばされたかと思うと、ダイヤンが顔を出す。


「アキム、間に合って良かったよ」

「ダイヤンさん!」


 今度は別の意味で意味でほっとした。ザイードだけでこの苦境を突破できるだろうが、ダイヤンが来てくれたらいろいろ安心だ。何故かというと、ザイードが暴れすぎるかもしれないからである。その場合、双子は一緒になって暴れるだろうから、俺とラジットではもう止めようがなくなってしまうのだ。そういう意味でも、ダイヤンが来てくれて安心した。


「おいアキム、俺よりもダイヤンが現われた時の方が嬉しそうなのはどういうことだ」


 背後からザイードの禍々しい声が聞こえたような気がするが、きっと空耳だ。うん、そう思おう。

 それに言い訳させて貰えば、ザイードが来てくれたときの安堵感は、ダイヤンよりはるかに大きかった。ただ、あまりにも衝撃的に現われるものだから、嬉しいというより驚いた表情になっていただけである。


「チッ、しゃらくせえがまあいい。あいつらをヤルのが先だ」


 ボキボキっとザイードから指を鳴らす音が聞こえた直後、風のような素早さで俺の近くにいた破落戸の一人が殴り倒された。

 それが合図とばかりに破落戸たちとの乱戦が始まる。ダイヤンとファテ、ファイドも生き生きと破落戸たちに挑んでいった。側近だけあって彼らもザイードの次に強い人達だ。自由に動けさえすれば大人にも負けやしない。


 ぶっ飛ばされた男が飛んでくる部屋内で、俺はエナに当たらないように抱え込んだ。せめて端っこに寄りたいのだが、癒しの力の反動でまだ満足に動けない。困っているとラジットがスッと近寄ってきた。


「相棒、こっちだ」


 ラジットが動けない俺とエナを壁際に誘導してくれる。


「ありがとな、ラジット」

「いいってことよ。その子をよろしくな!」


 ニカっと笑みを残し、ラジットは手近にいた破落戸の尻を蹴っ飛ばして乱戦へと混じっていく。


 ファテやファイドも、エナという人質がいたため動けなかった分、今は生き生きと暴れている。双子ならではの息の合った連携、片方が防御をすれば、片方は全力で敵を叩き潰すといった具合だ。


 ダイヤンはとにかく淡々と人数を削っていく。腕力がすごいので、二人まとめて吹っ飛ばしてしまうくらいだ。

 ラジットはすばしこく動いて攻撃をかわしながら、ここぞという一撃を繰り出していく。


 そして何より、ザイードの暴れっぷりは最凶だった。相手が構える前に華麗な蹴りが入る。月明かりに照らされて、舞い踊るかのような神秘的な優美さだ。手であまり殴らない戦法のため、あれだけ倒しているのに返り血すら浴びていない。


「お兄さんのなかま? つよいね」


 エナがそう言いながら俺を見た。


「うん。自慢の仲間なんだ」


 エナの髪をなでつけながら、俺はみんなの戦う姿を見つめるのだった。




 ***


「エナ!」

「お父さま」


 息を切らして宿屋に駆け込んできた男性に、エナが飛びついた。今まで泣きそうになっても我慢していたエナが、思い切り声をあげて泣いている。やっと安心できたのだろう。


「よかった。無事に本当の父親に会えて」


 状況次第によっては、偽の父にエナを渡していたかもしれないのだ。そう思うとゾッとする。


「これで全員縛ったか?」

「大丈夫だ、ザイード」


 ダイヤンが確認して返事をする。部屋の外の廊下にはカナンバブルの応援部隊だったメンバーも駆けつけていた。みんな打撲や擦り傷などがあるので、奇襲に遭っていたのだろう。それでも遅くはなったがちゃんと駆けつけてくる辺り、やはり仲間思いだ。


 俺とラジットは疲労困憊だったので、端っこで座り込んでいた。


「やっぱり親っていいよなぁ」


 思わず心の声が口に出てしまったかと思った。でも、発声源は隣だった。


「ラジット?」

「あ、声に出てた?」

「うん」

「そっか……へへ、格好悪いな。親が居ないことなんて当たり前だと思ってたんだけどな」


 ちょっと寂しそうにラジットが言う。

 俺もその気持ちが分かるだけに、小さく相づちを打つにとどめた。


 俺と同じくラジットも親が居ない。ただ、両親の思い出がある俺とは違い、ラジットは親に捨てられている。母親が育てられないと、祖母に押しつけて失踪したそうだ。その祖母もスラムの過酷な生活に体を壊し、すでに亡くなっている。


「なーアキム、あの本物の父親はどうやってここに来たんだろうな」


 ラジットが首を傾げている。

 確かに、ザイード達が破落戸どもを鎮圧したあと、すぐに駆け込んできた。ザイードやダイヤンが部屋に入ってくるのを止めなかったということは、彼らが連れてきたのだろうか。




 再会の感動も一段落したのか、エナの父が俺たちに向かって礼を言ってきた。


「カナンバブルの皆さん、娘のことを知らせてくれて本当に感謝します」


 ザイードが一歩前に出ると、腕を組み仁王立ちする。


「感謝は不要、必要なのは謝罪と報酬だ」


 ザイードは相手を凍らすのでは思うほどの冷たい目線で、父親を睨み付けている。父親はこれまた金持ちそうな身なりをしていて、おそらく商人ではなく貴族だろう。王家に仕える証である、王家の紋章が入った腕輪をしているから。


「……そうですね。すべてはわたしがふがいないばかりに、娘にも、そしてカナンバブルも危険にさらしてしまった。大変申し訳なかった」

「ふん。それで、あんたの弟がやったことの落とし前、どうつけるつもりだ」


 弟……もしかしてカマルのことか?


「首領、ちょい待ち。俺たちにも分かるように説明してほしいな」


 ファテがピリピリした空気も気にせずに切り込む。


「に、兄ちゃん。さすがにちょっと今のタイミングはないって」

「えー、でも俺たちこんなに体張ったのに、意味分かんないままとかムカつくじゃん」

「そりゃそうだけど」


 双子がグダグダと不平を漏らすので、ザイードが大きなため息をこれ見よがしに付いた。


「いいだろう。説明してやる。この娘の父親はライマル、見ての通り貴族だ。さっき探し出して連れてきた。そして、ライマルの弟はそこで気絶してるカマルだ。ライマルが面倒を見ていた豪商の養子になっていたわけだが、どうやら平民に身分を落とされたことに不満を募らせていたらしい。貴族の兄に当てつけるかのように悪事に手を染めだし、癒しのものをおびき出す餌にエナを選んだ。ライマルにとって子どもはエナだけ、死ねば嘆き悲しむだろう。それにエナがいなくなれば、自分が跡取りとしてまた貴族に戻れる可能性が出てくる」


 ザイードが淡々と説明をしていく。だが、聞けば聞くほど身勝手な内容に、怒りがこみ上げてくる。


 ちなみに、ライマルは娘の失踪を知らなかったらしい。カマルの家で従姉妹と遊びたいと泊まりに行っていたから、まさか騒動に巻き込まれているとは思わず、のんきに王宮へ出仕していたそうだ。

 ザイードはカマルの血縁や交友関係を調べてライマルにたどり着き、彼が本当の父親だと確信。家へ行き、使用人を蹴っ飛ばしてライマルに即連絡をさせたとのこと。

 貴族の使用人を急かすなんて怖い物知らずなこと、ザイードしか出来ない荒技だ。あとで怒られなきゃいいけど。


「カマルって予想以上にクズ野郎だな」


 ラジットが吐き捨てるが、俺も同感だ。


「わたしとしては、弟によかれと思って商家に出したのですよ。商家であれば裕福に暮らせますし、自由に動くことが出来る。堅苦しい貴族でいるより有意義な人生を送れるはずだと。ですが、それはわたしの一方的な考えの押しつけだったようです。まさか、人身売買に手を出し、挙げ句、己の姪にまで平気で手を掛けるなど……」


 ライマルの握った拳が震えている。

 弟に対して怒り狂っているのか、それとも己のふがいなさを悔やんでいるのか。もしくはその両方か。


「首領。でもどうしてカマルが偽の父親だって分かったんだ? 俺たちは裏で怪しいことをしてるとは思っていたけど、さすがに父親なのは疑っていなかった」


 ファテが質問をする。


「簡単だ。今日助けに突入することを伝えに行ったときの態度だ。口では娘を助けてくれと言っているが、それだけだった」

「えっ、首領は突入することカマルに言ってたの?」

「あぁ。もし本当に娘を心配しているならそれでいい。あいつが安心するだけだ。でも、もし裏で何か画策していることがあるなら、本人も現場に現われるだろうと思った。根本を解決出来なければ意味が無いからな。実行犯を捕まえるだけじゃトカゲの尻尾切りで終わるだろ」


 ザイードがニヤリと笑った。


「首領、確かにその通りだけど。おかげでアキムが死ぬとこだったよ」

「いや、兄ちゃん。首領が言っても言わなくても、エナがおびき出す餌なら同じことになってたって」

「んー、そうか、まぁ確かにな」


 双子たちが勝手に質問して勝手に納得していく。

 小難しいことは分からない俺にとっては、双子による自問自答はありがたい。心の中でありがとうと言っておく。


「失礼します」


 急に堅苦しい声が響いた。何事だと思うと、貴族の私兵と思われる人々が入ってきた。


「遅いじゃないか。カナンバブルのみなさんですべて片付いてしまったよ」

「申し訳ありません!」


 一歩前に出た兵士が直角で頭を下げた。勢いがすごい。


「いくら私兵を持っていても、役に立たなければ意味が無い。ちょっと改善を考えなくてはいけないね」

「……はい。努力いたします」

「分かれば良い。では、転がっている輩を連れて行っておくれ。二度とわたしの目に触れないように処分だ」

「はっ、その、弟君もでしょうか」

「当然だ」

「承知いたしました!」


 私兵はビシっと両足をそろえてから、後ろに控えていた残りの私兵とともに、破落戸たちを搬送していった。


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