5-2 バカと悪夢と霊園の怪
ダイニングテーブルについた僕ら四人を囲み、ゆっくりゆっくり歩く影。今日もまた、僕は三人の家に転がり込んでいる。僕は歩く彼を目で追いかけた。隣で
「えぇーどーも、みーなーさーまーに集まってもらったのはー外でもーありません」
「ブチのめすぞ
わざとらしく勿体ぶって口を開いた右太郎さんへ
怪異調査と情報収集の──
「短気! 単細胞! すぐに手が出る!! そういうところですよノリボシさぁん!」
「オレの名前は
ひとしきり怒鳴られた後、右太郎さんは手にした資料の束を机の上に置いた。三人で覗き込む。透山君は完全に寝落ちした。
「んじゃいきますけど、ユースケクンにはふたつの怪異が取り憑いてるんですよね。ひとつは良い怪異、ひとつは悪い怪異。察してるとは思いますけど……悪い怪異がアパートに憑いた悪夢を見せる怪。良い怪異はその悪夢から君を守っていたんすよね」
怪異に良いや悪いが? 僕は首をひねる。そんな僕をよそ目に祝さんと喜君は納得がいったように頷いていた。
「ほとんど悪いけどな!」
「いいヤツというよりかは『敵にならないヤツ』ってだけだな」
「はぁ……」
こういうところホントにさっぱりしてるな……。喜君が資料の一枚目をぱらりとめくる。それはこの
「まず良い怪異の正体から」
一番新しい日付──二十日前。描き込まれていた場所、そこは。
「
「直球に言います、ユースケさんに取り憑いた良い怪異ってのは、白木ご夫妻の霊。
──何故ここで、白木さんの名が?
喜君から渡された昨晩の調査報告書は見た。今回の怪異に深く関係しているとされる事件。二十二年前、アパートの土地で起こった、女大生ストーカー殺人。白木さんの事件はそれから二年後の話。
「ユースケクンも調べたんでしょ? 白木優里奈殺人事件」
「は、はい……」
僕はキャンプ場の一件から半月後、彼女の実家を訪ねその後事件現場へ向かった。だからといってそれが何だと言うのだろう。僕にはふたつの事件が繋がらない。
「白木ご夫妻は事件から五年後、事故に遭って亡くなった。白木宅は御霊市内にあり──ユースケクンの自宅、アパート
彼が指差すのは確かに白木宅。そして彼はその指を滑らし──裏山を指した。
「この近辺で亡くなった方は、この山にある霊園に埋葬される」
アパートから徒歩五分ほどの位置にある裏山、そこには霊園がある。僕もボランティアの清掃活動に何度か参加した。つまり、僕は。
「まあ多分もともと恨みとかもなく無害な霊だったんでしょうねー。墓場っていう環境と、強い未練から地上に残れたものの……悪い噂も付かず、怪異に至ることさえできなかった残留思念。そこに偶然『見える』君が訪れ、乗り移った……おそらく、一年前から」
一年も前から!? 全く被害もないし困ったこともなかったが……。今まで幽霊が見えたことはあったが、取り憑かれたなんてことは無い。
「ほんっとに力もない、消滅すれすれだったんでしょーね。ユースケクンの体にしがみついて、それでも叶えたい願いがあった。それだけが、ふたりを地上に縛り付けてた」
叶えたい願い。思うところがある。白木さんについて調べたとき、僕は彼女の生家へ足を運んだ。その際に聞いたこと──彼女は事件の間際両親と喧嘩をし、口すら効かなかったと。
「娘に会いたい……っていう、願い……?」
「That's right! 流石は先生志望!」
あのキャンプ場で白木さんは帰りたいと願っていた。そして、その時僕に憑いていたと思われる彼女の両親は、娘に会いたいと願っていた。つまり僕は、それが偶然にしろ必然にしろ、彼女達を再会させたことになる。
「ユースケがキャンプ場にいただけで体調を崩してた理由はそれか!」
喜君がなるほど、と言わんばかりに手を叩いた。確かに、僕はあのときキャンプ場にいただけでとてつもない頭痛に襲われた。
僕に取り憑いた白木ご夫妻の意志が、ここに娘がいると訴えていたのだろうか。もしくは、白木さん自身が両親の存在を悟って呼んでいたのか。
「見えるレベルのやつならあの場にももっといたはずだもんなー。頭痛いってのがユースケだけで変だとは思ってたけどよ」
「おそらくは、ですねー。まぁ推測の域は出ませんけど。結果としてご両親の未練は消えた。その恩返し的な意味合いで、ユースケクンを守ってあげてたのかもしれないですねー」
悪夢から僕を、その時思い出す。昨晩この家に泊まって見た夢、優しく、暖かな夢。
「ま、待ってください……! 怪異が見せる夢って、怪異の領域、なんですよね……? そんな、いつ消えてもおかしくないような存在が、夢を見せれるものなんですか……?」
僕の問いに右太郎さんは、いいところに気がついた、と言って指を鳴らした。
「そこは俺も引っかかりましたよ。夢ってのは実体験から生み出される映画みたいなもの、それなのに知らない景色を夢で見る。アパートの怪異は本物だから、説明がつく。となれば結論はひとつ。君は昨晩夢の中で見た景色を
そんなこと、あるはずがない! 僕はずっと街育ちだし、あんな和風な家にいた記憶はない。僕の疑問は承知の上か、彼は続けた。
「正確には、夢の中で見た景色をイメージしたことがある、かなー? ねえ、
────あ、と。記憶が繋がった。そうだ、僕は、あの家の
白木さんが少しでも報われればと、彼女の生家を撮影した。そこはすでに空き家だったが、外見も中身も当時のそのまま。塀に囲まれた一軒家、庭に生えた、さくらんぼの木。
「たまたま君は記憶の底から、その景色を夢として映し出した。波長が合ったのかなにかは知らないけどね〜。白木ご夫妻はその波に乗った、夢の中でちょっとだけ、君に警告してあげたのさ。それが、昨日見た夢の正体だと俺は推測しますよ」
優しい声、「気をつけて」。
安堵のような、困惑のような、不思議な感情になる。怪異と言っても、悪いものばかりではないのだろうか? 白木さんだって、噂に歪められた被害者だった。純粋に、何かを願い続けている怪異もいるのではないか。
幼い頃から見てきた幽霊も、危害を加えてくることはなかった。もしかしたら、彼らも何かを求めていただけなのかもしれない。もしかしたら、もしかしたら、あのアパートの怪異だって祓わずに済む可能性も────
「どこまで行こうと怪異は怪異だ。今回は向こうにとって都合が良かったから敵に回らなかった。どんな怪異でも事情がわかれば祓わずにすむ……なんて考えを持つのだけはやめとけ。霊感を持って、怪異と関わることがある以上、それは割り切れ」
そんな僕の考えを切り裂くように、祝さんが低い声で言い放った。その言葉に同調するように、右太郎さんが頷く。喜君は黙って祝さんを見ていた。呆気にとられた僕を他所に、右太郎さんは三枚目の資料を指した。裏返して置かれた紙を指でつまむ。
「んで、本題。アパートの怪異です。もともと被害者か加害者か、までは絞れてたんですがね。はっきりさせれましたよ」
ひらり、と表へ返す。それは一枚の新聞記事だった。
「……御霊市内の墓場にて、男性の遺体が発見」
「自殺とみられ……これは? 右」
小さな記事だ。写真も無く文字だけのそれに、簡潔に内容がまとめられている。
「その男性が二十二年前、女大生の部屋に押し入り、命を奪った犯人──
犯人はすでに──死んでいた。犯人は死後なにかしらの理由で女大生の住んでいた土地……アパートに取り憑き、そこに暮らしていた人へ悪夢を見せていたのか。
「前野智則は懲役十年弱でシャバに出てきた。その後、何を思ったか
右太郎さんは、指先でひっかくように机を叩く。帽子のつばで隠れた目元、覗く口元は真一文字に結ばれ感情が読めない。
「それが事件から十年後──つまり、今から十二年前。悪夢について書き込みがされたのと同時期です」
事件発生からの奇妙な時差の正体がわかり、祝さんと喜訓は合点がいったように頷いた。得意げな顔で右太郎さんは残りの資料を手に取りめくる。
「残りは書き込みやら事件記事やらの切り抜きっすね〜。さーて、正体は暴きましたよ、お三方?」
右太郎さんはそう言い放ち、机に肘を付き、にぃと口を歪めて笑う。祝さんが、完全に寝ていた透山君の後頭部を引っ叩いた。ものすごく不機嫌そうな顔で睨まれていたが、祝さんは完全に無視。
「墓場に行きゃ本体がいるか?」
「行ってみなきゃわかんねえっすけど、可能性は高いかと。本体は墓場にいるにしろ、アパートにも取り憑いてるのは確定ですよ」
「まー週末までに対策ねろーぜ。墓場で出なきゃ、あの部屋で寝てやろー!」
時刻は夜の七時半を回った頃。喜君は腹が減ったと立ち上がり、キッチンへ向かった。緊張感のない発言に肩が軽くなる。
「今日の晩メシはー?」
「テメェで作れバカ
「わーいご飯頂いちゃいまーす!」
「テメェは帰れ右太郎!!」
言い合いを始めた喜君、祝さん、右太郎さんの背中を眺める。僕の横で透山さんは、ぶすっとした顔で資料をめくっていた。僕もなにか手伝うべきか、と立ち上がったその時。
「結局、
その言葉に、肩が震えた。そうだ、十二年前からアパートの怪異は悪夢をばらまいている。一年前に住み始めて、つい二週間前まで僕は、そんなこと知りもしなかった。
「それも結城に憑いた夫婦の霊のおかげ……と言いてぇところだろうが、結城があのキャンプ場に行くまでの間、夫婦にお前の味方をしてやる理由はない」
右太郎さん達は霊感を下げた状態にも関わらず、部屋へ侵入される一歩前だったらしい。なら僕は、肉眼で怪異を見れる僕は──何故一年も襲われなかった?
「何者かが一年前に怪異を
何者か。それは、一体。独り言のようにそこまで言って、透山君は立ち上がる。
「勝手な推測だ。根拠も証拠もねえがな。……そもそも、怪異なんていねえ」
いつもの調子でそう言い放ち、ふんと鼻を鳴らした。それでも僕は、彼が協力してくれるのを知っている。
「ありがとう」
「あの馬鹿三人に言え」
指差す先──玉ねぎに触った手を眼前に突きつけられ、のたうち回る右太郎さん。笑いながら手を引っ込めない喜君、その二人へ怒鳴る祝さん。なんだか考えるのか馬鹿らしくなり、僕も笑った。
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