2-2 バカと焼肉とサークル棟の怪
「は? 俺は行かねえぞ」
「はあぁぁッ!?」
お冷を飲みながらさらり、と言い放った
「今日は
「お前なー!」
ツバ
「はっ、どうせ透山は役にたたねェ。留守番してろ」
「あぁ!? 筋肉馬鹿が何偉そうに言ってんだ」
いつものようにいがみ合いを始めた
「んじゃーとにかくサキは留守番、おれらも一回帰るよ。ノリボシは道具いるだろ?」
「ホントに今夜するのかよ……クソだりィ」
うきうきと肩を弾ませ喜は言う。頼んでおいてあれだが、俺も祝には同意だ。今夜解決してくれとは一言もいってない。
「善は急げってな! あと、土曜の夜はノリボシが見てるドラマもねー!」
祝がぐっと言い詰まった。祝は見た目こそ体力系のヤンキーだが、実はドラマや映画鑑賞が好きである。一話を見れば、何が何でも全話を見るとよく話していた。
「仕方ねェなァ……」
「行くぞー! 会計よろしく!!」
俺が立ち上がる前に喜と祝は外へ消えた。机の上、綺麗に空いた皿達。ひとり無言で残った米をかっこむ透山。
「四分の一だ」
「ありがとうございます……」
「……」
何か考えてる風な透山から渡された札を、俺は我が子のように抱いて感謝した。
──────
「よーしこっちからだノリボシ」
「おう」
本来夜間の侵入は警備員に許可を得なくてはならない。俺や喜はまだしも祝は駄目だ。透山の学生証を借りる案は即座に却下された。
──ので、今現在祝は喜に続いて植え込みを突っ切っている。枝葉が折れないように慎重に。
「これバレたらやばいんだぞー……てか夜じゃなくても昼間ならまださぁ……」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねェよここまで来といて」
背中に担いだ細長い筒、弓道部員が矢を入れるのに使う
「透山がいないから俺いても危なくないか?」
「危ねェな。気をつけろ」
「勘弁してくれ〜」
かと言って頼んだ本人が帰るわけにもいかない。俺も植え込みの隙間を通り抜ける。夜のキャンパス内、サークル棟を指で指し示す。なるべくキャンパス内を歩き回らなくて済むように、サークル棟そばから侵入して正解だった。
「んで、その後輩とやらはなんのサークル入ってんだよ」
こそこそと中へ入りながら、祝が小声で聞いた。このサークル棟にも残った生徒がまだ数名はいる。暗がりとはいえバレない保証はない。
「……オカルト研究会」
「自業自得じゃねェか」
元々都市伝説や怖い話が好きな後輩だった。なんでも二十年近く前から続くサークルなんだとか。うさんくさい、俺からしたら忌々しい響きだ。
「噂したりそれを集めたり読んだりすりゃァそりゃ寄ってくる。後輩にキツく言っとけ」
「おう……」
盛大な舌打ち。後輩をこの場に呼んで頭を下げさせたい。
喜と同じく、祝とも小学生時代からの幼馴染ではある。しかし俺はこいつが苦手だ。見た目が不良、怖い、それもあるがこいつは言動がキツい。喜も歯に衣着せず何でも言うが、こいつの場合はまた違う。威圧感とでも言うべきか。
「んで、どんなやつが出たんだ?」
「あ、ああ、それが────」
そのとき、ポケットの中から聞こえた着信音。俺のスマートフォンからだ。何事かと思いながら取り出し、画面を見る。知らない番号、フリーダイヤルでもない。俺は慌てながら喜達へそれを見せた。
「おっ、えっ、これ! これ!!」
「んー?」
「あァ……?」
鳴り響くコール音。このままでは誰かに気づかれる。喜達はふたりで顔を見合わせると、俺に出ろとサインを送ってきた。嫌だよ!! 怖いし不気味だが、恐る恐る応答した。
「もしもし……」
『私メリーさん。今サークル棟の前にいるの』
悲鳴を上げそうだった。だがそれを踏みとどまったのは、電話口から聞こえてくる声がやけに高く
「バカなことやってんじゃねェぞ、
『ちょっとノリボシさ〜ん! んなこと言ったらつまんないじゃないですかぁ!』
取ってつけた女声を脱ぎ捨て、響いたのはお調子者な笑い混じりの声。……やっぱりか。俺はため息をついた。
「俺の名前は
『え〜そんな酷い言い方ないでしょ!? こっちは
「
『アイツは今夜バイト〜。とゆーわけで今日はこの俺右太郎が助っ人でーす!』
電話の主、彼の名は
『あ、久しぶり
「久しぶりです右太郎先輩、俺あんたに電話番号教えましたっけ……?」
『その程度寝ぼけ頭でもヨユーヨユー、俺を舐めてもらっちゃ困るよー?』
右太郎先輩達はパソコンやインターネットの知識に長けている。透山曰く「ヘンタイ」。ハッキングから特定、プログラミング作成、ネットストーカーまでなんでもござれ。……今回もその腕前自慢の一環で、俺の電話番号は割り出されたわけだ。
「んで、透山に言われたってどういうことだよ」
夜の廊下で長話はまずい。俺らはひとまずトイレへ逃げ込んだ。何が悲しくて夜の校舎に野郎三人なんだと虚しくなる。
『そのまんまで〜す。久しぶりに魁さんからいきなり電話来て、喜ぶ間もなくサークル棟について調べろ、夕善達がいるって! も〜あの人は冷たいんだから〜』
「あの野郎ォ……!」
祝が歯軋りをして俺のスマートフォンを握りしめる。頼むから壊さないでくれ!! 透山のドヤ顔が浮かぶのか、祝は盛大な舌打ちをした。
『んじゃま、本題に入りますね〜。サークル棟の怪って聞いて、とりあえずそんな噂を調べたんすよ。したら即ビンゴ! 年度末辺りから広がりだしたみてぇですね』
ぴこんと通知。メールアドレスまで把握されてるのか!? 恐る恐る本文を見る。「天沢クン君へおすすめのえっちな漫画家リスト」……ぶっ飛ばすぞ!! 腐っても一個上の先輩、喜達がいないときに助けられた相手とはいえ殺意が湧いた。
そんなクソみたいなリストを爆速でスクロールし、現れたのはいくつかのスクリーンショット。うちの生徒のSNSらしい。やっぱ気持ち悪いなこの人。
「ずるずるさん、開かずのロッカー……? サークル棟の人影……?」
『そ。そのへんが噂らしいんすよね。夕暮れのサークル棟で人影が見える、後を追ってもすぐに消える。寝過ごしたら廊下から足を引きずるような音がした……そんな感じの。何人かが遭ってるらしくて、人によって話はバラバラ。でも共通してるのは
サークル棟に怪しい影が出る。確かに全てに共通していた。
『んで原因はなにかなーと、ざっと大学設立からの死亡事故を調べたわけですよ』
この大学は設立五十数年と言っていたか。それだけの分を透山に指示されてから今までの時間で!? やはりいつ聞いても驚かされる。
『まー目につくものはナシ! サークル棟関連の死人はゼロ!! 酔っ払った生徒が校門前のオブジェに登って落ちて死んだとか、酔っ払った生徒が校門前で全裸になって凍死したとか、そんなぐらいでしたねぇ』
「アホの生徒しかいねェのか」
怪異の出現は噂、もしくはそこで起きた事件事故が引金となることが多い。元々
しかしそういう枠に収まらないのが怪異というもの。事件事故がないということはつまり今回の怪異は。
「
『御名答! 先のキャンプ場のときよか対処しやすいでしょーねぇ』
喜がそう言って笑った。虚像型? 聞き慣れない言葉に俺は首をひねる。その反応を見た祝はぴくりと眉を動かした。
「名前の通り、虚像の存在だ。噂だけで生まれた、実態となる『核』がない怪異。祓いやすいし勝手に消えやすい。たまに厄介なのもいるがな」
意外と丁寧に説明をしてくれる。まあ俺は一般人だしな……。色々あって怪異に近づきすぎているが。
『とゆーわけで! まあそいつを一発喜さんやノリボシさんがぶん殴れば終い、なん、です、ケド……』
「んだよー
そこで右太郎さんは言い詰まる。喜がスマートフォンを奪って続きを促した。右って。
『相変わらずヒデーあだ名! せめてライトに〜』
「ぶちのめすぞ右太郎」
『はーい』
調子良さげに上げた声を、祝の低い声が黙らせる。ごほんと咳払い。夜のトイレ、蛇口から落ちた一滴の水が跳ねる音がやけに耳に響く。
『その怪異……一定ルートを回ってるとかじゃないんすよねー。大体空き部屋に
やはり人数がいたら現れないのか。怪異というのはいつもそうだ。人の噂や念によって生まれてくるから、大人数がいると何かが乱れるのだろうか。
『喜さんやノリボシさんじゃ霊感強烈過ぎて向こうも気づくし』
「そーだな。おれが気づいたら向こうも気づく」
「出てくる前に逃げられちゃかなわねェな」
こちらが姿に気づけば、向こうもこちらがわかる。
こちらが霊を見れれば、向こうもこちらを見える。
こちらが声を聞ければ、向こうもこちらへ話せる。
こちらが霊に触れれば、向こうもこちらを触れる。
喜達は気軽に「祓える」代わりに、向こうもそれを「認識」する。奴らも身の危険を感じるのだ。
普通霊感が強ければそれに伴い霊の被害も増える。彼らがそうならないのは、持ち合わせた「本能」とでも呼ぶべき対応力で被害を受ける前に霊を祓うから。常人なら間に合わず憑かれるところだが、彼らはそうはならない。
もし、もしもだ。喜達でも祓えないような強烈な霊が現れたら? 間に合わず、憑かれてしまったら? ──その場合の被害は、俺が憑かれる場合の比ではない。霊に対して強い分、万が一霊の被害にあえばそれも莫大なのだ。
「……え」
そんなことを考えていたら、気づくのが遅れた。何故か、喜達は俺をじっと見ている。スマートフォン越し、右太郎先輩もこちらを見ている気がする。
『喜さんやノリボシさんが駄目となりゃ……』
「
祝の目が、きゅうと歪む。彼が珍しく見せる、笑顔だった。
脚がすくむ俺の肩に、喜の手が乗る。彼はにかっと笑い、言い放った。
「安心しろアマヒコ! 死にゃしない!!」
「死んだら終わりだろうがぁ!!」
『へいへーい! 男見せろよ天沢ク〜ン!!』
「てか電話料金考えてくれ!! ラインにしろ!!」
『え〜でも天沢クン通話し放題プランじゃん? なんとなく選んでいややっぱ使わないな……とかって後悔してるんだろうしここらで有効活よ──』
「うるせぇ────ッ!!」
元はと言えば後輩のせいだ、あの野郎、焼肉じゃすまねえ額奢らせてやっからな!!
俺はそんな恨み言を心に抱きながら、夜のトイレで唇を噛み締めた。
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