【完結】幼なじみは烏天狗 ~三月と莉子の恋愛と日常~

陽咲乃

第1話 烏天狗の住む町

 古くから修験道しゅげんどうの霊山とされてきた鷹尾山たかおさん

 この山には、今も烏天狗からすてんぐが住んでいる。


 天狗の子どもたちは、六歳になると小学校に入学するため、山から町へ下りてくる。


 町には烏天狗の所有する古い屋敷があり、そこに住んでいる鏡夜きょうやという烏天狗が、昔から子どもたちの面倒を見ている。鏡夜は存外、人づき合いが良いので、町の人たちから好かれていた。

 

 屋敷の近くに住んでいる遠野とおの莉子りこは、同い年の天狗の子が来ると聞いて楽しみにしていた。


「どんな子が来るのかなあ。なかよくなれるといいな」


 そうしてやってきたのが三月みづきだった。三月は、すでに屋敷にいる兄たちと比べると、小さくてなんだかおどおどしていた。


「ご近所のお嬢さんだよ。仲良くしなさい」

 鏡夜きょうやが三月と莉子を引き合わせた。


「こんにちは! とおのりこです!」

「いづなみづきです」

「いっしょにあそぶ?」

「うん」

 

 おとなしい三月は莉子の言うことを何でもきいた。お人形遊びがしたいと言えばお人形遊びを、かくれんぼがしたいと言えばかくれんぼを。それが莉子には少し物足りなかった。


「わたしのしたいことばっかりじゃつまんないでしょ? みづきはなにしてあそびたいの?」

「わかんない。山ではしゅぎょうばっかりだったから」

(それに女の子なんていなかったし)


 もちろん、女性がいないという意味ではない。母親の他にも世話をしてくれる女性は何人かいた。


 だが、莉子は三月が初めて見ただった。

 キラキラと光る目、やわらかそうなほっぺ、じぶんよりも小さなからだ。

 

 おばちゃんたちとはぜんぜんちがう!

 莉子を見ると、三月はなぜか胸がドキドキした。


 ある日、ふたりが外で砂遊びをしていると、公園の上空を三月の兄、一路いちろ瑛二えいじが飛んでいくのが見えた。


「あ、お兄ちゃんたちだよ。カッコいいね!」

 莉子がはしゃいでいると、三月がどんよりとした表情を浮かべた。


「どうしたの?」


「おれ、あんなにうまく飛べないんだ。つばさだって兄ちゃんたちよりずっとちっちゃいし」


「しょうがないよ、まだ六さいなんだから。もっと大きくなったら、じょうずにとべるようになるよ」


「でも、兄ちゃんたちがおれくらいのときは、もっとつばさも大きくて、もっとじょうずにとべたっって、お父さんがいってた。おれ、“できそこない”なんだ」


 三月は、大きな目に涙をため、泣くのを我慢していた。

 “できそこない”の意味はわからないけど、きっと嫌な言葉にちがいないと莉子は思った。


(みづきがないちゃう。どうしよう、なんていえばいいのかな)


 莉子は一生懸命考え、ひらめいた。

「もしかしたら、つばさがおかしいのかも! ちょっとみせて!」


 莉子が三月の服を脱がせようとする。

「まって。見せるから、ちょっとまってよ。……つばさが小さいからってわらわないでね?」

 莉子はうんうんとうなずく。

 

 ふたりは木陰に移動した。

 三月はあぐらをかいて座り、胸の前で両手を合わせ深呼吸を繰り返した。


 やがて、うっすらと煙のようなものが全身を覆ったかと思うと、着ていた服が黒装束に変化し、三月の背中から黒い翼が現れた。


「うわあ!」

 莉子が驚いて目を丸くする。

「兄ちゃんたちとくらべると、ちっちゃいだろ?」


 恥ずかしそうな三月をよそに、莉子はじっくりと翼を観察した。

 

「よかった。おかしなところはないみたい。ちょっとさわってもいい?」

「うん、いいよ」

 莉子は三月の翼をそっと撫でた。


「きれいね。それに、すごくきもちいい」


 三月の顔が真っ赤になった。女の子に翼を触られるのが、こんなに恥ずかしいことだとは思わなかった。

 

「だいじょうぶ。みづきは、“できそこない”なんかじゃない。こんなにすてきなつばさをもってるんだから、ぜったい、もっととおくまでとべるようになる」

 

 三月の翼を撫でながら、莉子は呪文のように「だいじょうぶ」と繰り返す。

 おとなしく撫でられていた三月は、いつのまにかうとうとと眠ってしまった。


 * * *


 夢のなかで、三月は大きな翼を広げて自由に空を飛びまわっていた。


『もっととおくまでとんでいける。だいじょうぶだよ!』


 莉子の声が臆病な三月の背中を押す。

 彼女と一緒なら、どこまでも飛んでいける気がした。

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