第4話

 今度こそ、自分の才能に驕らない医者になるために。

 最後に後悔したことを後悔しないように、二度目の人生は自分の名に恥じない医者になりたい。

 だからこそ、バレッドさんから提案されたことは天啓のようだった。


 そもそも、どうして私を誘ってくれたのか?

 この世界で医師免許が必要か分からないけど―――


『ちなみにルビア嬢、緊張性気胸はどこで知ったのですか?』

『ほ、本を読んで……ですかね?』


 前世医者だったんですぅー、なんて言えるわけもない私はそう言わざるを得なかった。

 それを聞いたバレッドさんが「それだけで適切な処置をするとは……」と言って天才扱いしてくるのがあの時の流れだった。

 流石に十五歳の女の子がするようなことじゃなかったかな? でも、あの時は咄嗟だった仕方ない。

 とはいえ、結果オーライ。

 病院で働くのは私の怪我が治ってからでいいと言われている。


 そして、あれから二か月の月日が経って―――


(ど、どうしよう……まだお母さん達に病院で働きたいって言えてないっ!)


 退院したのが一週間前。

 私は今、ルビアちゃんの家へ連れてこさされて……というより、帰ってきていた。

 それで、私の置かれている立場と周囲の関係をなんとか頭に叩き込んだのが三日前。

 両親は忙しいらしく、この一週間未だに会えていません。お母さんはお見舞いに来てくれました。すっごい美人でした。

 でも、言えませんでした……なんか切り出し難くて。


「そ、そろそろ言わないとバレッドさんに忘れられている可能性もあるし……」


 私が長い廊下をうろうろと歩きながら必死に頭を動かしていた。

 このあと、予定ではお父さんが久しぶりに屋敷に帰ってくるのだ。緊張と上手い言い方をどうにか帰ってくる前になんとかしなければ。

 多分、侯爵家の現当主だし、お母さんに言うよりかはお父さんに言った方が話は早いはず。

 でも、お母さんよりも話し難いのは間違いない。


 そうこう悩ませていると、角を曲がった直後に使用人の人とぶつかってしまう。


「あっ!」

「きゃっ!」


 私は思わずよろけてしまった。

 この子の体が華奢なのがここで弊害として現れてしまう。


「も、申し訳ございませんルビア様! どうかお許しを!」

「私からも、どうかお許しを!」


 私の不注意っていうだけなのに、使用人の女性達は地面に頭を下げて必死に許しを乞うている。

 ……あの、この屋敷に来て学んだけど。

 どうやら私って「悪女」って呼ばれるぐらい酷い女の子だったんだって。

 何かあれば物や使用人にあたったり、我儘ばかりで癇癪持ち。ずっと色んな人を困らせてばかりだから、怯えられることもしょっちゅう。

 ……何もしていないのに、私がなんか罪悪感だよ。


 こうして怯えられている姿を見ると、無性に謝りたくなってしまうのだから不思議。


「ごめん、私の方が不注意だったから。謝らないで、ね?」

「は、はい……」

「それより、怪我はなかった? こけちゃったのは私だけど……」

「いえっ! 私は大丈夫です!」

「そっか、ならよかった」


 とはいえ、今更気にしても仕方がない。

 本当は中身が違う人だって知られたくはないけど、悪女として過ごすにはメンタルの消費が尋常じゃないから普通に過ごすしかないのだ。


 私は使用人に笑うと、起き上がってその場を離れた。


『ね、ねぇ……最近ルビア様って変わったよね?』

『うん……私達にもあたらなくなったし、いっつも部屋で本読んでるし』


 ……ごめんなさい、中身が違うの。

 変わって当たり前です。ごめんなさい。

 心の中で誤っていると、そのタイミングを見計らってか窓から覗く玄関先が騒がしくなったのを確認した。


(お、おっと……お父さんの御成だ……)


 まだ自分の中でどう言うか考えが纏まってないのにお父さんが帰って来たみたいだ。

 私は重たい足を引き摺って階段を降りて玄関へと向かった。

 そこには流石侯爵家とも言うべきか、大勢の使用人達のお出迎えが用意されていた。


(うぅ……緊張する)


 初めてついて行った回診の時ですらこんなに緊張しなかったのに、いざ会うとなると緊張する。

 やっぱり、少なからずこの子の影響を受けているのかな?


 そう思っていると、玄関先に一台の馬車が停まった。

 ゴクリ、と。私は思わず息を飲んでしまう。

 そして───


「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」


 一人の、大柄な男が馬車から姿を現した。

 私と同じ色の髪。だけど、私とは違って屈強という言葉がよく似合う男性。

 溢れる威圧感に、思わず気圧されそうになってしまう。

 だけど私はなんとか堪えて、皆と同じように頭を下げた。


「お、お帰りなさい……お父さん」

「ふむ……珍しいな、ルビアがお父さんと呼ぶなど」


 だって呼び方なんか知らないんだもん!

 なんか怪しまれちゃっているような気がしなくもないし……こんなことなら誰かに聞いておけばよかった!


「まぁ、いい。ただいま帰った。それと……」


 お父さんは、私の方を見てトンッと肩に手を置いた。


「あとで私の部屋に来なさい。話がある」


 お、おっとー……これは、怒られる流れじゃないんでしょうか?

 身に覚えがないのに。私は何もやってないのに!


 だけど、そんな内心での訴えなど届くわけもなく。


「は、はい……」


 私は大人しく、首を縦に振ることしかできなかった。

 い、胃薬ぐらいこの世界にもあるよね?

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