第3話 青い森

 ――バン!


 怒りに任せて扉を思いきり開く。


「レイモンド! あんた、なんてことすんのよ!」

「え……な、何……。ワ、ワンピース似合ってるね……?」

「そんなことはどうでもいいの! あんた召喚する時になんかやったでしょ!」

「え……な、なんか……?」

「胸が小さくなってるんですけど!!!」

「ええー」


 夢だと思っていたことも忘れて、なぜか扉の横で座って待っていたレイモンドに怒りをぶちまける。


「せっかく少しは大きくなってきたのに……! あんたアレでしょ。貧乳フェチでしょ! だからわざわざ小さくしたってわけ? ふざけないで!」

「ひ……貧乳フェチって……女の子が堂々とすごい言葉を使うね……」

「夢なんだからどうでもいい!」

「夢だとしたら貧乳にしたのも君だと思うけど……怒るのもおかしいよね……」

「私の夢でも、あんたのせいでしょ!」

「ゆ……夢じゃないけど、確かに俺のせいかな……」

「やっぱりね。戻すか早く目覚めさせてよ、変態男」

「いや、召喚する時に体を少し巻き戻しすぎちゃったんだよ。そのまま召喚したら死んじゃうしさ。一日巻き戻そうとしたら一年……」

「はぁー!? バカじゃないの!?」

「……もう夢ってことにしたくなってきたなー……」


 私の夢だとしても、これはないよね。

 わざわざ胸を小さくするなんて……小さくなんて……も、もしかして夢じゃない……?

 いやいや、夢でしょ。魔法が使える世界とか信じちゃうような痛々しい中学三年生なんて、もうリアル厨二病でしょ。


 大丈夫、私はそうはならない。


「はぁ……でも、もういいや。夢だしね。そんな設定になっちゃってるなら仕方ないか」


 思いっ切り怒鳴ったら、少しスッキリした。


「じゃ、外に出てみるね」

「う……うん。分かっていたけど、君って結構激しい性格だよね……」


 貧乳にされたら、どんな女の子だって激しく怒ると思うけどな。


 外に出ると、そこには森が広がっていた。そういえばそんなことを、さっきコイツが言ってたっけ。


 青い……森……?


 薄い青が、まるでカーテンのように目の前に広がっている。淡い光が空へと立ち昇っていく。


「これは……?」

「結界だよ。誰にも邪魔されないためと、召喚がバレないようにね」

「そう……」


 幻想的な景色だ。

 きっと目が覚めたら……二度と見られない。


「ここで……目が覚めるのを待とうかな」

「しつこいなー。夢じゃないのに」


 草を踏みしめながら、ゆっくりと歩を進める。


「綺麗だし……ここでもう少しどうでもいい世界設定について聞いてあげる。目覚めて内容を覚えていたら日記に書いておいて、いつか小説に……いや、人を貧乳にする男なんて登場させたくないな。やっぱりそれはやめよう」

「おかしいな。俺、結構イケメンだと思うんだけど。扱い酷くない?」

「あのね、『君と結婚するために面識ないけど呼びました!』なんて言ってくる見ず知らずの男がいたら、顔がよくてもストーカーなの。ただのキモい変態。突然現れたイケメンに求婚されて顔だけ見てときめいて相手はたまたま完璧な男で幸せになりました、なんて実際ありえないから! 顔だけでときめく頭の弱い女じゃないの!」

「そ、そっか……まぁ確かに君、頭いいもんね。それなりに」


 私の成績まで知っているのかな……だとしたらやっぱり夢だと思うんだけど……。

 

 でも……確かに目の前のコイツが言うように感覚としては夢っぽくないんだよね。水が喉を通る感覚もリアルだったし、体に重みを感じる。夢なら何をしても疲れない印象だけど、ここでは現実世界と同じ疲労感すら普通にありそう。


 ……試してみるか。


「え……と。何をしているのかな……アリスちゃん……」

「ふっ……んっ……見れば……っ、分かるでしょ……っ、腹筋よ!」

「ワンピースが汚れるけど……予備にもう一つ持ってきたけどさ……」

「……っ、ならっ……いいじゃない……っ」

「君、頭いいのに悪いよね……。まぁ気が済むまで頑張りなよ」


 ――――!?

 それ、さっき私がコイツに対して思ったことだし!


 ……でも……これが夢じゃなかったとして突然腹筋を始める女がいたら、頭が悪い人かもしれない。


 というか……おかしい……疲れる……腹筋への力の入り具合……現実っぽい……。


「もしかして……ここ、夢ではない……?」

「ああ、やっと信じてくれたんだね」


 いや、まだ信じていないけど……。


「どうしよう……しばらく普通に過ごしてみようかな……全然目が覚めなかったら、仕方ないから半分くらい信じてみようかな……」

「疑い深いなぁ。でも、ここで普通に過ごす気になってくれてよかったよ。じゃ、もう少し説明をしたいから、そこのベンチに座ろうか」


 彼が指し示したのは、さっきまでいた建物の一階テラスにあたる場所だ。建物はコテージといったふうで、森に溶け込んでいる。


 幻想的な景色を眺めつつ、そこで彼の話を聞いてみることにした。

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