コズミック・バースト!

藤原くう

第1話 旧き神、あらわる!/Rin the pilot その1

 リンが目的の村へと到着したのは、銀河標準時一一○○のことだった。

 その村はキャットインという。

 名の通り、ネコと宿の村である。入ればすぐに、にゃーにゃーにゃごにゃごと姦しい鳴き声が聞こえる村だ。

 村入り口の立て看板の根元で丸まっていた白い猫へと目線を向ける。猫もリンの存在に気が付いたが、あくびを一つして目を閉じ眠りにつく。リンも猫に対する興味はさしてなく、視線を村の中へと向けると宿へと向かって歩みを進める。

 静かなものだった。村に猫の姿はなく、鳴き声一つしない。評判は嘘だったのだろうか。そのようなことを考えるリンへ、視線が四方から降り注ぐ。そのどれもが好奇の色を帯びていた。宿の村とはいえ、外から来た人間は注目の的だ。その人間が、女性とも男性とも見分けのつかない中性的な美しさを湛えていたらなおさらだ。

 砂埃にまみれたTシャツからは日に焼けた腕が伸びている。ほっそりとした脚の横には、細腕には似合わぬ銃が威圧するように吊るされていた。キリリと引き締まった顔はまっすぐ前を見据え、その背中では振り子のように、赤い髪が一筋揺れている。

 目当ての宿は、じきに見えてきた。『ウルタルク』という宿の名前は、惑星の名前から取られたのだろう。

 扉を開けて、中へ。フロントへと向かうと、年端もいかない女の子が立っていた。まっすぐやってくるリンに、退屈そうにしてた女の子の背筋がピンと伸びた。

「え、えっと! お客様……?」

 リンは頷く。「一週間。ここに宿泊したい」

「宿泊! じゃあ、こっちの帳簿に――」

 背後の棚に振りかえった女の子は、うんしょよいしょと棚上部のファイルを取ろうと腕を伸ばす。ギリギリのところで届かない。つま先立ちになって何度か手を伸ばしていたものの、えいやっと跳躍。小柄な見た目から想像できない跳躍力で、目的の帳簿を手に取った。――取ったはいいものの、勢いがつきすぎて、棚の上に置かれていた他のものまで、一緒に落ちてきた。

「わっわわわっ!?」

 棚のものが落下する。その騒々しい音に、奥から人がやってきた。その女性が最初に目にしたのは、棚から落ちた書類の山とそれらになかば埋もれた女の子。女性は驚き、次の瞬間には目を吊り上げている。

「何してるんだい!」

「わ、悪かったわね。お客さんが来たから」

 お客さん、何言ってるんだい。そう言いながら、カウンターの向こうへと目を向けた女性が、リンを捉える。くたびれたリュックサックを背負った彼女は、旅人に違いない。

 怒り心頭だった女性の表情に、驚きが再び現れる。かと思えば、嬉しさに顔をほころばせていた。

「客! 本当に客かい」

「ああ。一週間止まりたいのだが」

「どうぞどうぞ。一週間でも二週間でもいくらでも」

「いや、一週間でいい。共通通貨でも大丈夫か?」

「もちろんですとも」

 リンは5ガン紙幣と1ガン紙幣二枚を差し出す。受け取った女性はにんまりと笑う。いそいそと帳簿を探し出し、それをカウンターへと置いて、リンに署名を促す。ペンを手に取ったリンは、帳簿の先頭に自らの名前を記す。

「カタヤマリン?」

「ジャパニーズかしら」

「どうでもいいことだろう」

 そうでございますね、と女性は慌てたように言って、リンを部屋まで案内する。そんな彼女の背中を、女の子は目を輝かせて追っていた。



 扉がバンと勢いよく開いたのは、日没してすぐのこと。リンは手帳を眺めていたが、突然の物音に対する行動は素早かった。腰につり下げた拳銃を引き抜き、銃口を音の方へと向けた。

 その切れ長の目が、女の子を捉える。両手を上げて震える少女を。

 ため息をこぼしながら、リンは銃を下ろした。

「なんだ。さっきの子どもか」

「こ、子どもって。わたしにはサイベって名前があるんだけど!」

「それで何のよう」

「ようはあるわ。お話ししましょう」

「…………」

「無視しないでよ!」

 扉を勢いよく閉めて、サイベは部屋の中へ入る。騒々しさに顔をしかめるリンの近くまでやってくると、リンが読んでいるものをのぞき込む。

 手帳には文字がびっしりと書き込まれていた。整然と並べられた文字列は、一つ一つがよく見える。だというのに、文字を理解することが出来ない。いや、理解することを脳が拒んでいるかのような。

 めまいがする。見たくないとは思いつつも、サイベの猫目は釘付けになって。

 ぱたんと手帳が閉じられた。

「あ、あれ?」

「……これは読まないで」

 その言葉には有無を言わせぬ迫力があって、困惑していたサイベは息をのむ。

「え、あ、わかったわよ。わかったけれど、それはなんなの?」

「何でもない。子どもが気にすることではない」

「何よ。子ども扱いしちゃって。もう十五歳なんだからっ」

「私から見れば、まだ子供」

「じゃあ何歳よ」

「二十五歳」

 言葉を耳にしながら、サイベはリンを上から下まで見下ろす。女性と比べても小柄な方に分類されるリンは、成長途中のサイベと比べて頭一つも身長差がない。細腕細足であったが、程よく締まっていて、筋肉がないというわけでもない。体が発している雰囲気を除けば、子どもといっても通じそうである。そんな風貌だったから、サイベが笑い始めた。

「冗談でしょ。わたしとちっとも変わらないじゃない」

「ほら」

 眉間にしわを寄せたリンが懐から取り出したのは、一枚のカード。様々な個人情報が詰め込まれたそのカードには、リンのしかめっ面とともに、生年月日が記載されている。現在からさかのぼればちょうど二十五年。リンの言葉は正しかったが、サイベの意識は生年月日に向いてすらいない。

「ちょっと! これ、エグゾスターのライセンスじゃない!」

 驚きにも似た声に、リンの表情はますます曇る。面倒なことになってしまった、という心情がありありと浮かんでいたものの、カードに顔を近づけているサイベは全く気が付いていない。

 それほどまでに、そのカードは――そこに記載されていることは、珍しい。エグゾスターというのはロボットのこと。ロボットにも種類があるのだ。車の免許証や宇宙船の免許証と同じである。機種に対応した資格がなければならない。エグゾスターに関していえば、現行のすべてに搭乗することができる、

「しかも、全種類乗れるなんて、アンタっていったい……?」

「別に、大したものじゃない」

 リンの手が素早く動いて、サイベの手にあったカードを奪い取る。アッという声の間に、リンは懐にカードを収めている。わずかに残念そうな顔をしていたサイベであったが、何か思いついたらしく、手を叩く。

「外にエグゾスターが転がってるんだけど」

「嫌だ」

「どうしてよっ! そのくらいアンタなら――」

「嫌だといったら嫌なの」

 リンは強く言いきって、目を閉じる。その場にサイベなんかいないと言わんばかりの行動。意地でもエグゾスターには乗るつもりがないらしい。サイベはあの手この手でリンをエグゾスターへ乗らせようとしたが、先に折れたのはサイベの方であった。彼女はプリプリ怒りながら部屋を出て行くのだった。



 それが夢だと気がついたのは、話している相手はもう、この世にいないから。

 通信機から、ノイズ混じりの言葉がやってくる。長年タッグを組んできた夫婦のような仲の相棒。

 周囲を見渡せば、棺桶のような場所にリンはいた。

 二つのマニピュレーター。二つのフットペダル。

 コフィンと呼ばれるエグゾスターの操縦するための場所だ。

 次の瞬間には、コフィンの周囲が黒から蒼穹へと変化する。双眸の形をしたメインカメラが捉えた映像が壁面モニターに映し出されているのだ。

 横を見れば、赤い機体が飛行している。GUNA――銀河連合軍の略称――が誇る最強の機体。そのコードネームがモニター上に表示されていたが、靄がかかったみたいにリンは読めない。

 燃えさかるような機体が、先行する。進行方向上に存在する太陽にめがけて。太陽に向かって、墜ちていくかのように。そして、文字通り火の玉となって、消えてなくなってしまった。

 パイロット諸共、消えた。

 周囲を見渡しても、深紅の機体はない。そうしている間にも、日は落ちていく。

 真っ暗になった空の下、モニターに映るのは一面の黒。その中で、コフィンの光だけが頼りなく点っていた。だがそれも、じきに消えた。

 闇がリンを包み込む。

 そして、闇から真の闇が無数の触手を伸ばしてくるのだ。空腹になった、タコのような不定形の生物が歌うような歓喜の声を上げながら。



 自らの絶叫で、リンは目を覚ました。

 体を起こし、周囲を見渡す。先ほど目にしたばかりの、赤い機体を探す。だが、周囲にはいない。そもそも、空ではないしエグゾスターのコックピットでもない。ただの宿のひと部屋。

 友人の姿はない。

 当然、タコの姿もない。

 呆然としていたリンは、かぶりを振る。ベッドから下りて、顔を洗いに向かう。

 廊下へ出ると、階下からにぎやかな声が聞こえてくる。そういえば、と宿を案内してもらったときのことを思い出した。一階には、ちょっとしたバーが併設されているらしい。そこで、ご飯を提供しているとか。

 朝食のことを考えていると、腹の虫が鳴いた。悪夢を見ても、腹は空く。そのことに、リンは苦笑するのだった。


 自ら洗濯した服に着替えたリンは、一階のバーへと足を運ぶ。

 階段を下りて、カウンターの前を通った先にバーはある。バーといっても、都会にありがちな落ち着いた雰囲気のものではない。常連が足繁く通うような笑い声の絶えない場所であった。

 ほんのり赤みのかかった男たちが、リンを見る。じろじろとした視線には、興味が見え隠れしている。リンは対して気にもとめず、カウンター席に腰を下ろす。

「ステーキ一つ」

「分かったわ。ってアンタ」

 その声の方を見れば、サイベが立っていた。

「そこで何をしている」

「何をしてるって、手伝いよ。っていうか、その質問そっくりそのままアンタに返すわ。昨日一昨日ってバーには来なかったくせに」

「携帯食料を食べていた」

 ポケットにいつも忍ばせている携帯食料をリンは取り出す。きつく包装されたそれは、半世紀は摂取可能だとされているもの。興味本位で食べてしまえば、その味も素っ気もしない不味さに、思わず、への字口になることだろう。ちょうどサイベと同じように。

「こんなまずいものよく食えるわね……」

「不味いが栄養満点だ。これ一本で一日分の栄養をすべて――」

「そういうのはいいから。それで、ステーキだったわね」

 ちょっと待ちなさい、そう言って、サイベはカウンターの向こうの調理場へ。そこからは誰かと話をする声が聞こえてくる。調理場でコックに注文を伝えているのだろう。

 背筋を伸ばしてステーキを待っていると、背後から声がかかった。

「そこの人」

「なに」

 リンが振りかえると、昼間から飲んだくれている男性三人衆。その中の一人は、立派な髭を蓄えていたが、どことなくサイベに似ている。

 酒場にいるとろくなことにはならない。リンも身に染みている。ちょっかいをかけられたのだろうかと、リンの指が腰の拳銃に触れる。しかし、彼らの瞳には理性が瞬いていた。酒の勢いで声をかけてきたというわけでもなさそうだ。

「いやね。キャットインに泊る人など少ないのです。それで、何の用かと疑問に思ったわけですよ」

「大した用じゃない。しかし、確かに人の姿が少ないな……」

 少なくともリンが調べた情報によれば、キャットインは宿場町として名が知られているということになっていた。ネコがそこここにいるため目の保養になるし、景色だって悪くない。歴史的なものもあるとか。

 そのようなことをリンが口にすると、初老の男が髭をなでなで話し始める。

「それは前のことですな。今は観光客も宿泊客もいませんで」

「どうして?」

「ひとえに環境の変化でしょうなあ」

 その男は、遠い目をしてどこかを見つめる。その方角には、山がある。以前は緑をたたえた綺麗な山であったそうだが、今では砂塵に紛れて見えなくなっている。環境の変化というのは、この辺りの砂漠化のことを言っているのだろうか。

「この辺りのことに詳しいのであれば案内して――」

 そこまで言ったところで、遠くからエンジン音が聞こえてくる。小型宇宙艇のものではない。もっと原始的な駆動音が宿まで近づいてくる。

 拳銃を引き抜こうとするリンを制したのは、先ほどの男性。どうして、とリンが男性の方を見れば、首をゆるゆる振った。諦めと疲れが見て取れた。

 拳銃から手を離したところで、暴風のような音が止まった。静けさとともに、甲高い音が鳴る。それが、ブレーキだと気が付いて、とうに失われて久しいというガソリンエンジンのことにリンは思い当たった。といっても、戦争の歴史について学ぶ授業において、ガソリンエンジンを用いた機械が登場していたようなというおぼろげな記憶だけであったが。

 扉を荒々しく押し開けて入ってきたのは、風貌のよくない連中。男ばかりで、派手で威圧感のあるものばかりを身に着けた人間が五人。ノイズよりも耳障りな声を発しながら、テーブルに腰掛ける。リンと話していた男連中に緊張が走るが、リンは平然としている。その風貌よりも気になったのは、ゴロツキらが手にしている武器の方が気になった。電磁ナイフに自動拳銃。そのどれもがピカピカと光り輝いている。手入れが行き届いているというよりは、買ってきたばかりという感じだ。そして、それらの装備は軍でも正式採用されるほどだ。信頼性は高いが、その分値も張る。単なるゴロツキが手にできるようなものでは決してない。

 ――裏で手を引いている人間でもいるのか。

 もしくはキャットインの村から搾取でもしているのか、と考えたところで、バンッと音がする。ゆっくりとそちらの方を見れば、椅子にもたれかかったひと際目立つ服装をした男が、テーブルを叩いていた。

「酒を持ってこい!」

 顔を見てみれば、酔っているのだろう。顔は真っ赤になっている。何度か酒を要求し、来ないことにいらだち、テーブルをバンバン強打している。素面の取り巻きは、酒がやってきていないことに苛立ちを隠しきれていない。ホルスターに手が伸びようとしているものもいる。リンにも緊張が走る。いつでも、銃が抜けるように心構えをする。

 ブーイングにも似た声が上がりはじめると、キッチンの方からエプロン姿の男性が飛び出してくる。ちらりと見えた横顔は、やはりサイベと似ていた。

 エプロン男性がゴロツキの下へやってくると、リーダー格の男が口角泡をとばし、まくし立てる。

「おい! おせぇぞっ!!」

「は、はい。すみません」

 ごろつきリーダーは、急いでやってきた男性に対して、罵声を浴びせ続ける。理性のかけらもない言葉に、すみませんと、男性は言葉を返し続ける。その言葉には怒りはなくむしろ怯えているような雰囲気すらあった。

「ヒック。酒だ。とにかく酒を持ってこい!」

 手にしていたナイフが、テーブルを切り裂き刺さる。逆らったら次はお前の番だとばかりの行動に、男性は脱兎のごとく調理場へと引き返していく。

 リーダー格が唾を吐く。見てわかるほどに機嫌を損ねている。取り巻きの男たちにも焦りが浮かび、気分を盛り上げようと野卑な声を上げたり、下品な話を繰り広げたりしている。

 バーの雰囲気は一変した。先ほどまでの和気あいあいとした空気はどこにもない。野蛮な空気に塗りつぶされた。

 そのとき、調理場から、サイベが出てきた。手にしたお盆の上には、湯気が立ちのぼるステーキ。それをこぼしてしまわないよう、おっかなびっくりといった調子で、リンが座るテーブルまでやってきた。

「ほら、ステーキよ」

「ちょっと聞きたいことがある」

「何よ」

「あいつらはよく来るのか?」

 リンが顎で示した先では、下品なジェスチャーで盛り上がっているゴロツキ連中。それを見たサイベがため息をついて頷く。

「ああ、アイツらね。この辺でのさばってる盗賊よ」

「盗賊?」

「ええ。この辺、人気なくなったのは知ってる? 砂漠化が進んだからーとか言われてるんだけど、その直後に現れたのよ。この辺の空き家とか墓荒らしをやってるって鼻高々に本人たちが言ってたわよ」

「抵抗しなかったのか?」

「できるわけないじゃない。ここは都会じゃないの。小さな村だから保安官とか警察官もいないし」

「それでは悪いことをしようとする人間も」

「いるわけないわ。それにいたとしても、守り神に罰せられるでしょうね」

「守り神――」

 その守り神とやらについて、リンが詳しく訊こうとしたところで、向こうから声がかかる。

「こそこそ話してるのはどこのどいつだぁ?」

 声の主はジョッキ一杯のエールを飲み終えたばかりのゴロツキだ。ジョッキをドンと置き、げっぷを一つ。とろんとした目をリンたちへと投げかけてくる。粘っこい視線。内面ではなく外面の善し悪しを探るような目。リンは無意識に、自らの背中の後ろにサイベを隠す。ちょっと、という抗議の言葉と衝撃がやってきたが、リンは何も言わない。仏頂面で両手を合わせる。

 いただきます。――リンが食事前の挨拶しようとしたところで、男の言葉がそれを遮った。

「女じゃねえ。こっちへ来ていいことでもしねえか」

 男の言葉に、集団が色めき立つ。いくつもの視線が伸びてきて、リンの体をねめつけていく。ヒューという歓声が上がった。

「それもただの女じゃねえ。美人だ。胸も尻も出ちゃいねえが、顔はここらのやつよりもずっといい。こっちへ来ていいことでもしようや」

「…………」

「おっと、ただとは言わねえ。カネならぶんどってきたものがある。立場だってオレの嫁になるんだから、こいつ等をこき使える。それに――」

 立ち上がったごろつきのズボンが大きく膨らんでいた。拳銃ではないことは確かだ。

「こんだけ大きいのはレアものだぜ。オレならアンタを愉しませられる」

「興味ない」

「乗ってくれるか――あ?」

「私は、アンタに興味などない。さっさと失せろ」

 それだけ言ったリンは、今度こそいただきますと言って、ナイフを手に取る。

 ――いや、できない。手に取ろうとしたナイフが、弾き飛ばされ宙を舞った。リンの視線は回転するナイフから、ゴロツキの方へと移動する。破裂音の発生源。ゴロツキの手には拳銃が握られていた。そこから放たれるのは、9ミリの弾丸。

「その態度はなんだ。――いや、むしろアンタのような気の強いやつをひん剥いて快楽の前に跪かせてやるのもそれはそれで楽しめそうだ」

 べろりと舌なめずりをする男に、背後のサイベが小さく悲鳴を上げた。男が、リンに対して向けている悪意は、子どもにだってわかるようなもの。そうでなくても、人を殺すのには十分な威力を持った武器を取り出しているのだから、サイベが怖がるのは当然だった。

 しかし、リンは違う。彼女にとってそのような武器は見慣れたものだ。向けられたところで怖くはない。頭の中で計算されるのは、敵がどれだけの戦力を持っているかということと、どれだけの被害が出てしまうか、ということくらいだった。

 視線は正面へと向けたまま、リンは注意を背後へと向ける。

 そこには怯えている年端もいかない女の子がいる。それだけではない。何も悪いことなどしていないはずなのに、暴力に怯えている人間がいる。それを見捨てることなんて、リンにはできない。

 先ほどのおじいさんの言葉が脳裏をよぎる。もしかしたら、心配してくれただけなのかもしれない。だが、リンには確信めいたものがあった。

 リンは素早く銃を抜き放つ。ぶら下げられていたそれは、六連リボルバー。オートマチックガンから比べると骨董品と呼ばれても仕方のないようなもの。だが、鈍く光るそれは手入れが行き届いており、また機構が単純な分、弾が詰まる恐れもない。ガソリンエンジンと同じように前時代的なものであったが、世界一強力な拳銃としても名を馳せたこともある名銃だ。

 だがしかし、シリンダーに込められた弾丸は、銃とは違い光り輝いている。新品であることもさることながら、プラチナからできていることもあって、新月が発する光を連想させる。装填されているのは.44弾なので、近距離ならばパイソンだって一撃だ。

 リボルバーに安全装置などない。トリガーを引き絞れば、弾丸を撃鉄が叩く。銀の閃光となった弾丸が銃口から飛び出していく。

 ほぼ同時に、先ほどとは比べ物にならない轟音が鳴り響く。音に負けないほど強い衝撃が、構えていたリンの両腕を跳ね上げた。

 ホールドアップ。

 硝煙を上げる11ミリの銃口を男へと向けながら、リンは叫ぶ。

 人々は皆、唖然としていた。いきなり発砲するとは予想もしていなかったのだ。――それも女が大口径の拳銃を持っているだなんて。女性が拳銃を手にしていることが珍しいのではない。反動の強い銃を平然と使用しているという事実そのものが、宿の人間を、このような荒事に慣れているはずのゴロツキ連中をも驚かせた。

 だから、リンがわざと外したことに、誰も気が付いていない。た熱を帯びた鉄の塊とリンへ、視線は集中していた。

「抵抗するなら撃つ」

「もう撃ってるじゃねえか!」

「黙れ。次に舌を動かしたら、その股間をぶち抜く」

 銃口が、口を開いたリーダー格の男の股間へと向かう。自らの股間を守るため。もしくは、撃たれた時のことを想像してしまったのか、内股になる。そんな情けない姿の男を目にした取り巻きたちが、ひそひそと囁き始める。恐らくは、自らが仕えているリーダーの頼りない部分を目にしたために幻滅している。

 男が、野郎ども、叫ぶ。取り巻きが、一斉に口を閉ざす。男の顔は真っ赤になっていたが、それがアルコールによるものではないことは明白だ。プルプルと震え、ゆで卵のようにつるつるの頭には血管が浮いていた。わなわなと口元は開いたり閉じたり。何事かを、リンへぶつけたいようであったが、言葉にならないようである。

「帰るぞ!」

 何も言うことができず、男は椅子を蹴ったくるようにして、扉の方へと歩いていく。突然の行動に、とり巻きたちは驚いていたものの、遅れること少しして、慌てたようにリーダーを追いかけていった。その一人一人に、リンは銃口を向けている。安易に警戒は解かない。

 じきに、エンジン音がして、宿を離れていった。音が完全に聞こえなくなったところで、銃を収める。

 席について、さて食事の続きを。そう思ったところで、自らの腰に抱きついているサイベに気が付いた。どいてほしかったが、プルプル震えているサイベの姿を見れば、言葉にするのは躊躇われた。

 どうしたらいいものかと、その場から一歩も動けずにいたリンへ、それまで口を閉ざしていたおじいさんが頭を下げた。

「先ほどは孫を助けていただき感謝してもしきれません」

「腹が立ったからしたまでだ」そこで、おじいさんの言葉に違和感を覚えた。「孫?」

「ええ。そこにいるサイベは私の孫なのです」

「道理で顔が似ているわけだ」

「家族でやっていますので」

「……それは失礼した」

 わずかに後悔を滲ませながら言ったリンの視線の先には、威嚇射撃によって穿たれた穴が見える。その向こうにはオレンジ色の空。

「そちらはお気になさらず。どちらかといえば、貴女の方が心配ですな」

「どうして」

「貴女はゴロツキ相手に慣れているようですから、わかるでしょう」

 サイベの祖父が言わんとすることは、リンにも理解できた。ゴロツキとかチンピラというアウトローな連中は、面子というものを気にする。手痛くやられたら、倍にして返す。手痛くやられた相手が女だったから、なおのことだろう。

 つまり、あの連中が復讐してくる。

 だが、リンの顔つきに変化は微塵もない。

「私なら大丈夫だ」

「でしょうな。先ほどは実に鮮やかな手前でしたしな。どこかで従軍でもしていたと見受けますが」

「…………」

「おっと、個人的なことに首を突っ込んですみませんな。年を取ると、遠慮がなくなってしまって」

「気にしてなどいない」

「とにかく。先ほどはありがとうございました。そうじゃ。宿代はタダにしましょう」

「それよりも、守り神、とやらの話を聞かせてもらえると助かる」

「ほう、守り神ですか。いいでしょう。といっても貴女のような若い者が聞いて楽しいものでもありませんぞ?」

「それでも」

 わかりました、とサイベの祖父は言って、サイベに対しては、いつまでお客さんにしがみついているつもりだ、と声をかける。サイベは、ぐずぐずと嗚咽を漏らしていたが、調理場の方へと戻っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る