第二話 お姫様の魔法の鏡2ー赤い括り糸




 忠実な魂と言われて、即座に候補者が思いつくわけでもない。

 それも黄金のことだから爺は嫌がるだろうと、疾風は存に忠告しておいた。爺である魂ならきっとそこらにいるはずだ、老人のほうが死んでいる確率が高いのだから。しかしそれも叶わず。となるとどうしたものかと思案した頃に、疾風が提案し出す。


「お前が飛び降りたあの廃ビルに誰かいねえかな」

「誰か? 地縛霊的な者か」

「ビルの名前に、会社の名前が列挙していたからな。社畜いねえかな。社畜なら忠実だろ、死ぬくらい頑張るやつ」


 存と疾風は目星をつければ、行動は早かった。黄金から借りた札を装備し、懐中電灯を持っていく。

 廃ビルにつけば不穏な空気や気配はするので、存は不安そうに疾風を見やる。疾風は鼻をひくつかせると、こくりと頷いた。疾風には神聖は消えていても加護は残っているので、神聖な気配に聡い。


「清廉な魂が一人いる」

「じゃあそれが社畜かもしれないんだな」

「ただそいつが邪悪に染まったら一からやり直し。邪悪な幽霊で満ちているな、このビルは」


 命にだけは気をつけるように、と疾風は告げれば存と一緒に懐中電灯をつけ、中へと入っていく。

 ビルは七階建てで、少し広めな通路が目立つ。きっと全盛期は有名な会社が使っていただろうことが窺える作りだ。

 時折ぴちょんぴちょんと水音が響き、音が却って厳かさを意味合いしてくる。

 疾風が先導して歩いていると、疾風はふと立ち止まった。まだ二階の途中だというのに存から視界を背中で塞ぐ。


「帰ろう、他のビルがいい」

「どうして」

「此処は危険すぎる、お前よく無事に入れたな?」


 疾風の言葉を引き裂くように、遠くの方でびしゃりびしゃりと音がする。水音と違い、明確な足音だ。存は疾風の背中から顔を覗かせれば、目を見開いた。

 猿と狐を混ぜた姿をした化け物や、人の顔が集合した化け物が有象無象にいる。なるほど確かにまずいと思うが、存は入り口に張って置いた札が効いていない気配がした。


「多分出口は塞がれている。こうなったら清廉な魂を助けて、なんとかしよう」

「判った、ひとまずこの階層にはいないから三階行くぞ、気付かれないように」


 幸いまだ化け物の意識は此方を向いていない、存を先に行かせようとした刹那、化け物の顔が一斉に機械めいた動きで此方をくるりと見つめた。


「走れ!」


 まずいと思うより先に疾風は声をかけ、二人は一気に三階へ走って行く。三階の男子トイレが程よく隠れ場所に適していたので、階段を上ると男子トイレを見つけるや否や真っ先に隠れる。

 化け物達はそのまま三階を徘徊している上に、他の化け物を呼ばれている。


『大丈夫ですか』


 男性の声が聞こえて、ばっと振り向けば後ろにはしなびた痩けた頬を持つ男性の幽霊がいた。


『あいつら困りますよね』

「おまえ……」


 疾風は存の衣服を引っ張ると、存はすぐに察して幽霊へ話しかける。


「此処から出たいと思わないか」

『出られるわけないでしょう、私もあの一部になっていくんでしょうね……』

「ところが出られる、おれたちがいる。何とかしてやるから、代わりにおまえもおれたちの話を聞いてくれないか」

『なんでしょう、私にできることがあるんですか』

「鏡の精になってほしいんだ。魔法の鏡を欲しがっている人がいる」

『美人ですか』

「とびっきりの美少女だ、仕事内容も保障する」


 詳しい仕事内容は知らないが此処は口からどんどんお得なセールを売り込んでいくべきだと、疾風は判断して口を挟んだ。

 疾風の勢いに笑った幽霊は承諾した。


『判りましたこれも何かの縁でしょう、私を守り切れたら向かいます』

「話は決まった、あとはおれたちが生きて帰ろう」

「それが一番重労働だけどネエ」


 疾風は男子トイレから様子を窺う、まだ化け物はうろついている。


「道具も借りたし、おれが惹きつける。疾風は幽霊さん守っていてくれ。一緒に屋上目指して動こう」

「屋上行ったら詰むだろ!」

「詰まないよ、お前は羽持ちだろ」


 あの日助けたのはお前だぞ、と存が睨み付ければ疾風ははっとする。最近人間の暮らしになれすぎて羽を使っていなかったので、すっかりと忘れていたのだった。


「いっせーので、行こう」

「惹きつけるのは僕がやったほうがいいんじゃ」

「駄目だ、守り切るにはおれはただの人間で力が無い。お前がやれ、でないと手羽先にして煮込むぞ」


 存の言葉に疾風はやれやれと諦めると、存の合図を待つ。幽霊は事前に黄金から借りていたコンパクトミラーの中に居て貰い、疾風はコンパクトミラーをしまい込み、喉を鳴らす。


「いっせーの」


二人は猛ダッシュし、反応した化け物が存の手に食いつこうとする。存の腕は噛みつかれるも、疾風が蹴り飛ばし、存の腕から血が滴り落ちてはいるものの失わずに済んだ。

 痛みを堪えて存はそのまま疾風と一緒にビルをかけまわり、血の道を作りながら四階へと向かう。

 血を転々とさせながら存と疾風は駆けて、移動し血のにおいに惹かれた化け物が存へとまた襲い掛かるも、存は黄金から貰っていた札をばしんと化け物に貼り付ければ襲い掛かろうとした化け物は消えた。

 消滅することは可能だが、札は残り三枚で化け物も数が有象無象。それも札は一枚百万円するとの話を聞いた後だからこそ、使いづらさもある。存にとって命より重い札だ。

 現在は疾風もいるから使った方がいいと判断して使っただけのことだ。自分だけの話ではない。


 疾風と一緒に五階に辿り着く。きっと潰れる前はおしゃれな会社をイメージしていたのだろう、ばらばらの位置に点在する階段だ。非常階段を見つければ話は早いのかも知れないが、それはそれで道が一つになるから追い込まれたときが恐ろしい。


 化け物達に追われながら六階の階段を見つけると、目の前で大口をあけた化け物が襲い掛かってくる。これで札は二枚目だ、残りの札は二枚となる。札を使えば化け物は消えた。

 感傷に浸る間もなく六階を駆け上がり、あと二階分の階層を目指すだけ。

 上を目指すと察し始めた化け物が七階の階段にいる。

 疾風が錫杖を現し、ぶおんと振り回すも大した抵抗にならず、札を使い切ってなんとか屋上に。

 屋上からはあとは飛び墜ちて疾風に救われるだけだ。

 だがしかし、屋上には夥しいほどの化け物で満ちていた。


 血を流しすぎて青い顔をした存を見やる、参った、まずいと死を予感した疾風だ。その予感に存を巻き込むわけにはいかない。

 疾風は、黄金の言葉を思い出す。おまじないがあると。

 怪我した存の腕を見れば、怪我した箇所から赤い糸が沢山うねっているが存は気付いていない。もしかしたら、これがなんとかなるのではと予感する。


「存、おまじないを叫べ」

「駄目だ、叫ぶのは行儀が悪い」

「そんなこと言ってる場合かよ、叫ばなくてイイから唱えろ!」

「……判った」


 やけくそになるのは疾風だけではない、存も半分やけくそ交じりに目を閉じて。


「お通り、ください」


 鍵(おまじない)を唱えた――刹那、赤い糸が存の腕から具現化し、化け物を目指したかとおもえば化け物を貫いた。目を開いた存の瞳は真っ赤だ。魔性を宿した色に、疾風はぞくりと背筋が粟立った。

 貫かれた化け物は赤い糸で編まれると、ぶしゅると消えていく。


 赤い糸で消滅したのだ。


 二人はぽかんとしていたが、すぐに存が正気を取り戻し、化け物達を串刺しにして行く。

 化け物達はじたばたとし、まだ消えていない。編まないと消えない様子だった。

 存は、人生二度目の飛び降りをした。集う化け物を糸で繋いで回り、走ってから柵へ化け物を踏み台に飛び降りた。

 存は手を伸ばし、小さく唱えて両手を合わせる。



「お通りください」


 美しい所作に見惚れてる場合ではない、疾風が慌てて存を助けに飛び立てば、その頃にはビルは真っ赤な糸で編まれている。

 ビル自体逃げて走っている最中に存の血が滴っていたので、そこから糸が派生し存の手元に繋がる。

 大きな毛糸玉となりビル全体を赤い糸が編まれる、疾風に抱きかかえられながら存は痛む腕を天に掲げる。

 瞬間、大きく飛沫の音を立てて、編まれた糸が収縮し化け物達はビルから消えた。


「なんだってんだ……なにがどうなってる、いったいお前は……存? 存!」


 存は血を失いすぎて気絶していた。

 疾風の腕の中で存は、意識が朦朧としている様子だった。

 疾風は慌てて自分の指を噛み切り、血を滴らせ、存へと指をくわえさせて血を呑ませる。

 人間流の輸血はできなくとも、疾風の血は幾らか魔性も神聖も力が備わっているので回復するはずだと。

 存がこくりこくりと、静かに呑んでいく。その様は赤ん坊のようで少しほっとした。瞳を指でこじ開け、目の色も確認すれば碧色だ。


「目の色も戻っている……悪魔の影響か」


 だからもしかして黄金は知っていたのかも知れない。黄金は存の力に気付けと、縁の話をしたのだろう。糸に注目しろと。

 存の指からは糸がしゅるしゅると集っていき、ついには存の体の中へ収まった。


「どんどん人間じゃなくなっていくな、あんた。いいよ、そのほうがずっとあそんでいられる」


 仲間になるならそれはそれで好都合だ、と疾風は小さく笑い、地面に二人で下りた。



「あらあ、中々あたくしの好みの人」

「この人のことよろしく頼むよ、たまに休暇は与えてやって」


 黄金は受け取ったコンパクトミラーを覗き込めば、鏡を撫で、存の言葉に微笑んだ。コンパクトミラーにいる幽霊は恥ずかしそうに頭を掻いて、一礼し。その動作だけでも誠実さが窺えたので黄金は機嫌を良くした。


「勿論。さて、お道具はどれくらい使ったのかしら」

「消滅の札四枚に、結界の札一枚かな」

「さらにそこにあたくしからの糸の情報代金よね。あら、困ったわ、それで相殺になりそう」

「黄金、ぼったくりはいけねえよ」

 存との会話に疾風が口を挟めば、黄金はころころと非常に楽しげに笑い転げた。

「だって札のお金幾らか覚えてます?」

「貸すと言ったのはお前だろ」

「貸すだけで使い切ったら補充がいりますよね? 補充してくださるのかしら、一枚百万円の札」

「……最初からお前そのつもりで……ただ働きさせるつもりで。ひでえ女だ!」


 疾風が呆れていると、存は黄金に笑いかけ、静かめの声で問いかける。


「あの糸は何なんですか」

「あれは貴方の悪魔から貰った異能よ。契約した副作用だから、悪魔からの契約分に含まれている。せっかく貰ったなら使いこなしなさい」

「……そう、なんですか」

「貴方の血に縁があるなら、貴方の血族にもあの糸は影響があるかもしれない。くれぐれもお気を付け遊ばせ」


 存は指先を見つめ、小指を加えて考え込んだ。



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