ゼムナ戦記 剣の主

八波草三郎

プロローグ

空虚な瞳

「ミゲル王、どうして解らぬ!」

「解ってないのはそなたのほうだ! 急速すぎる変化は民を戸惑わせ苦しめる!」


 ぶつかり合う二人は剣で斬り結んでいる。競り合いながら言葉を交わしていた。旧知の仲、主君と家臣の間柄なのだ。


 ただし、彼らは生身ではない。アームドスキンという最新鋭の機動兵器に乗って戦っている。全高が20mほどの人型の兵器を操り、核力にまで作用する斬れぬものない青白い光の剣『力場刃ブレード』を交えていた。


「ノルデ、他は?」

 アバターを飛ばして答える。

『ほぼ鎮圧。気にせず大将首を取って勝負つけちゃいな』

「わかった。が、そう簡単でもなさそうだ」

『君がやらなきゃ誰がやるのんな』


 カレサ王ミゲルが相対あいたいしているのは兄弟星アレサの元軍総督ファビオ・デクセレンテである。王は内乱鎮圧の最前線で自らがアームドスキンで戦っていた。


(力足らずじゃないんな。父親の急逝で若くして戴冠してしまったミゲルが家臣の野心を誘発してしまったんな)

 ノルデはそう思っている。


 ミゲルの理念の正しさを感じたからこそ古代超文明の遺産である人工知性『ゼムナの遺志』である彼女が、サポートする相手『協定者』に選んだのである。二人の絆は結実のときを迎えようとしていた。


(案外脆かったんな。油断させる必要もなかったんじゃないかな)

 ノルデが今の生体端末フェトレルを使っている理由。


 ミゲルに強力なサポーターがいると思わせるのは危険だった。叛乱軍に過激な戦法を選ばせないため。ゆえにノルデは十二歳ほどの少女の姿を選んでいる。


「独立を許さない狭量な王になど従えぬ」

「その独立のためになにをした? 強引な徴兵と軍費捻出の重課税ではないか。俺は臣民のために専横を許すわけにはいかなかった」


 人類はカレサで発生し十分な進歩を遂げ、晴れて星間銀河圏の一員となる。円満な王制を敷いたままの加盟は珍しい例で一時は有名となり、興味を惹かれた学者の流入も多かった。

 しかし、調査の質は変わっていく。カレサ人が人類種サピエンテクスにほど近い外見を持ちながら、頭にかなり大きい角を備えていたからである。様々な研究がなされた結果、彼らは獣人種ゾアントピテクスに分類されることとなった。


 そのカレサ人には一つの信仰対象がある。兄弟星アレサの存在。惑星カレサとアレサは二重惑星なのだ。

 見上げればそこにある緑の惑星ほしアレサは太古より楽園だと伝えられてきた。神々が死後導いてくれる地だとされていたのだ。


 ところが宇宙技術が発展し、実際にアレサの大地を踏んだカレサ人は気づく。そこはただの未開の地でしかないと。

 ただし、違う意味で緑の豊富な楽園だったのは事実。探査が実施され、移住可能と判明してからの開発は早かった。二つの惑星ほしを行き来することによる技術の発展が星間銀河圏への加盟も早めたのだとされている。


(幸か不幸か、どっちの惑星ほしもすごく豊かだったんな)

 加盟以前から観察していたノルデは皮肉に感じる。


 恒星間レベルでの航宙技術を手に入れたカレサ王国は二つの惑星を領有する。交流は加速するも、早くから植民が進んでいたアレサはかなりの自治を許される場所。自主独立を謳う気風も強く、王家は代々それを許してきた。

 ところが勘違いしてしまったアレサ総督府は星間宇宙暦1427年、母星カレサに独立戦争を宣言する。正当な主張ならミゲル王にも協議の余地があったのだが、臣民の弾圧も厭わないあまりに強硬な姿勢に鎮圧の断を下さなければならなかった。


(アームドスキン技術の流入も宣戦布告に輪をかけちゃったんな)


 カレサ王国は剣技の盛んな文化を有していた。そこへ剣闘も可能な機動兵器の登場である。軍総督のファビオは好機とばかりに独立を目論み、開戦に踏みきった。

 彼の脳裏には軍政国家アレサという構図が想像されていた。ところが虎視眈々と軍の強化を行い、一気呵成に攻めたてたはずのアレサは苦戦を強いられる。


(ノルデが手を貸しちゃったんな)


 独自開発機のアームドスキン『テスナウナ』は剣闘に特化した性能を持っていたが、それ以上に彼女がミゲル王に与えた『アスガルド』は強力であった。さらに若き王自身が最前線で剣を握って戦う姿勢が兵の士気の高揚を誘う。破竹の勢いで各地を鎮圧していったカレサ軍は今や総督府に迫りつつある。


「放置しておいて、いざ逆らうとなればそれを許さぬか?」

「放置などしていない。民主化の道を辿るならば、むしろ独立を促すつもりだった」

「口ではなんともいえる!」


(事実なんな。ミゲルは教育制度に抜本的に手を入れて民間登用を促進しようとしてるんな)

 貴族の反発をものともせずにである。だからノルデは彼をサポートしたかった。


 下段左斜め下からアスガルドが跳ねあげた剣閃はファビオのテスナウナのブレードを弾きとばす。ミゲルは左手の握りを外すと、ブレードグリップの柄尻の突起に指を掛けて引きおろす。より深い軌道を描いた切っ先はトップハッチを根本から斬りおとした。


(上手いんな)


 カレサで独自に発展した剣術はかなりの幅を持つもの。両手の握りを巧みに使い、剣身を変幻自在に踊らせる。今、ファビオが放っている連続突きも柄の長さいっぱいに握り手を滑らせて間合いを伸ばしている。


「王制という因習から逃れられなければ王国は滅びる。剣闘を重んじる風潮も然り。星間銀河圏の近代的な戦闘に則した兵士の育成に力を注がねば他国に食い物にされるだけ」

「生活をないがしろにして急速に開けた国造りを目指せば、付け焼き刃の臣民に苦しみを被せるだけとどうして解さん? ゆっくりとでかまわないのだ。星間管理局はそれほど不寛容ではない」


 力場どうしの激突による紫電の舞い散る中をミゲルのアスガルドは踏みこんでいく。最低限の動きで突きをいなしつつ、最後の一撃の力を溜めながら。


「お退きいただく、ミゲル王!」

「そなたには任せられんぞ、ファビオ!」


 瞬速の突きを剣身の腹で滑らせる。矜持とともに長年手にしてきた長剣がその高度な技巧を現実のものとした。交差した光輝の剣は一方は逸れ、一方はショルダーユニットの中央につき刺さる。

 ミゲルは斬り裂きながら剣を上に抜き、切っ先に円弧を描かせつつ手首を返す。テスナウナの頭上で踊った剣閃は左の肩口から斜めに斬りおとした。


「ぬうっ!」

「勝負ありだ」


 断面には操縦核コクピットシェル。機体と同様に片腕を失い血をしぶかせているアレサ軍総督。その目は闘志を捨てず彼を睨んできた。


「終わってなるものかー!」

「あきらめよ!」


 シートの裏から抜いた真剣を左手に持ち、果敢にもアスガルドへと斬りかかろうとする。しかし、それは戦いの興奮からしでかしてしまった無謀。

 空を飛んだファビオの身体は彼我の距離を埋めることなく落ちていく。地面に転がる男の首はあらぬ方向へ曲がっていた。


(虚しいぞ、ファビオ。野心がそなたを殺したのだ)


 ミゲルは家臣の遺体を弔うよう命じた。


   ◇      ◇      ◇


 ノルデはミゲル王とカレサ本星に戻る。半分の軍を残して統制を命じているが、早急に新総督と軍の統率者を選定してアレサに送り治安維持に務めさせなくてはならない。


「やはり落ち着くな」

 名代として艦隊指揮を任せていた王妃のイクシラにミゲルが話しかける。

「ええ、帰ってきたって感じですわ」

「三年ぶりなんな」

「日々に追われて時間の感覚もおかしくなっている」


 回廊を渡っていると見慣れたはずの庭園の木々がひと回りボリュームを増している。それが時間の経過を感じさせた。


「……!」


 しかし、和んでいた彼女の目に息を飲ませる光景が飛びこんでくる。庭園に佇む少年が身長に見合わない長剣を手に提げてふり返ってきた。


「そなた……」

「そんな!」

「ラフロ!」


 八歳の王子ラフロはひどく空虚な瞳でノルデを迎えた。

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