第38話

「今日から、本格的に場ともな冒険者活動だ。準備はいいな?」

「はい、おっとぉ。大丈夫です」

「よし。では、依頼探しに行くぞ」

「はい。稼いで宿代くらいはドルイド様にお返ししたいです」

「あいつは受け取らんぞ?」

「でも、今日の朝ごはんも朝早いのに用意してくれてたし、申し訳ないじゃん」

「それはあいつじゃなくて、料理人と侍女や侍従たちのお陰だぞ?」

「じゃ、皆にお礼がしたいです」

「わかった。稼ごうぜ。一応、昇格試験の練習も兼ねて、俺は控えている。エリカが考えて、俺と自分を動かせ」

「わかった。自立の一歩だね」

「まだ、独り立ちしてほしくは無いがな…」

「おっとぉ…はぁ~…」

朝まだ明けきらぬ道を冒険者協会に向かいながら、仲良く並んで歩く親子の顔は次第に師弟のそれへと変わっていった。


「これとこれで、お願いします」

受付に良さげな依頼書を提出して、現地に向かう。

討伐依頼と採集依頼を1件ずつ。目的地は、水辺だ。

大森林までの道を少し逸れれば、小さな林などはチラホラとある。

今回も馬で駆ければ割とすぐにつく近さの、村の傍にある林を目指す。

小さな小川が流れる林に、目的の薬草の群生地があると教会で調べられていた。

群生地を根こそぎ丸裸にするようなバカは居ないと信じて、ドズとエラに走ってもらう。

今回は、馬車を曳かずに騎乗して走るのでハインケルがエリカにエラを貸してくれたのだ。

お留守番のエドは、ハインケルに訓練をされる予定である。

元々臆病な生き物である馬を人に馴らし、その次は魔物に慣らす。

戦闘の間に逃げてしまわない訓練と、特殊な笛に慣らして音を聞き分ける訓練、その笛の音がする方に向かう訓練など、やることは多いらしい。

それでもハインケルは、エラを自ら訓練してきたこともあってエドも自分でやると張り切っていた。

久々に2頭でのお出かけだからか、育児疲れ故か、エラは終始ご機嫌で走っていた。

早々に目的地に到着すると、二人揃って足音と気配をなるべく消すように注意しながら、小川の上流を目指して林の中を歩く。

出てくるのは、キツネやサルなどの小型の獣と角ウサギ系の小型魔獣ばかりだった。

獣は狩らず、魔物は逃げる者は追わない。

小川を遡る様に進むと、小さな池の様に水を湛えた源流に行きついた。

その周りに咲く薄紫の花の中でも大きいものを根元から掘り返して、土つきのまま布に包んで仕舞っていく。

依頼は20株ほどだったが、エリカは自分で使うものも少し採取した。

腹の不調に効く薬草なので、使い道がいくつも思いつく。

何でも豪快に食べて過ぎてしまう傾向のある父の為にも、エリカはいくつか薬を作っておこうと考えたのだった。

採集を終えてもまだ陽は高く、二人は次の目的地であるこの林の奥の岩が多い辺りまで進んで行った。

もう一つの依頼である討伐依頼は、この岩場に住み着きだした魔物の討伐だ。

巨大すぎる岩トカゲを気持ち悪い赤と黒の混ざった模様にした感じの魔物は、鋭い鉤爪を持ち、眉間には尖り切った角を持っていた。

近くを通りかかった野ネズミを紫色の長い舌を巻きつけて捕まえ、子供なら一口でかぶり付いてしまいそうなほど大きな口を開けて、丸飲みにしていた。

立ち上がれば自分の胸程はあろうかと思う大きな気味の悪いトカゲを目の前にして、エリカはどうやって攻略しようかと考える。

動きは早く、尾は良くしなる鞭の様に強力、口の中に並ぶのこごりのような歯は容赦なく噛みついてくるだろう、腕の筋力を見れば爪での攻撃は一撃必殺にも思える。

更には、協会で砂塵を巻き上げる魔法を使うとも教えられた。

どうしたものか…

「おっとぉ、ぎりぎりまで手を出さないでね?」

「あぁ、分かっている」

「いきますっ!」

先手必勝とばかりに、風魔法を足に纏って駆け出していくエリカ。

空を切る音に反応したトカゲは、音の方に顔を向け確認する様に立ち上がった。

いい具合に立ち上がったトカゲの横腹に、エリカの双剣が交差して傷をつける。

後ろによろけ、痛みから咆哮をあげるトカゲは、その爪をやたらめったらに振り回す。

着地後すぐに飛び上がっていたエリカは、双剣を片方口に咥えて、もう片方を両手でしっかりと握りトカゲの尾の付け根目掛けて突き刺した。

いくら頑丈なトカゲの皮でも、重さと速さを力に変えた一撃は効いたようだ。

ブチリと音を立てて尾が千切れ、くねくねと動き回る。

それをボイズの居る方へ蹴っ飛ばして、双剣を構え直すとトカゲはエリカを正面に見据えて、突っ込んでくる。

ぶつかられたら吹き飛ばされると感じエリカが上に飛び上がると、すぐにトカゲは反転して突進を繰り返す。

エリカは風魔法で土を抉り、そこに足を取られたトカゲは下あごを強かに地面に擦りつけた。

砂煙の上がる中、今度はエリカがトカゲに突っ込む。

左手の短剣を突き出す様に構えて、トカゲの右目を潰した。

またもや痛みにのたうち、鋭い爪を持つ腕を振り回すトカゲ。

距離感の掴めなくなったトカゲの腕は空を切り、顔を振り回して右目でエリカを探していた。

木の上に飛び上がっていたエリカを見つけて立ち上がり、大きな口を開けながら爪をひっかけて木を登り始める。

エリカは、双剣を顔の正面で寄り添わせるように持ち、双剣と自分が直線になる様に逆さまに落ちていく。

登るトカゲと落下するエリカ。

大きくあけた口にエリカを飲み込んだと、トカゲは右目を細める。

そして、その目は大きく見開き、音にならぬ悲鳴を上げて空気が漏れた。

口から腹までを捌かれたトカゲは、腹から零れ落ちた内臓と共に転がり出てくるエリカを目に映すや否や、その存在を消滅させて魔核だけを残していった。

「ま、及第点だな。まず、口を開けるかどうかは賭けだったし、汚い。麻痺薬でも良かったんじゃないか?」

「だって、麻痺薬、もったいないんだもん。しびれダケ、最近少ないんだよ?」

及第点と言われて不服そうな顔を崩さずに文句を言うエリカに、小川の源流に戻ってキレイにしろと苦笑いのボイズだった。

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