第29話

「さて諸君。朝食後の楽しい一時にカイヴァンからの話がある。傾聴したまえ」

「うむ。遺跡についてだが、あれは100年以上前、まだ教団が栄えていた頃のものと考える。歴史的にも重要な遺産であるから、周辺の安全確保の後に保護区核として保存魔法を掛けて保護することとする。であるから、冒険者諸君には、我々が建物の記録を行っている間、周辺の安全確保に尽力してもらいたい」

「わかった。だが、何故、100年も前のもんだってわかったんだ?」

「そりゃ、こそっと削って舐めたからに決まっている。わしの舌は、かなり高性能なんだ。一舐めすれば、大体のことが分かる」

うへぇ…と、その場の全員が何とも言えない顔になるが、本人はまったく気にしていなかった。

「ついでだ、面白いかは知らんが、わしの発言の根拠となった島国の昔話を語ってあげようじゃないか」


この国の興る遥か昔、エグランド皇国はこの大陸のほとんどを支配していた。

いつからか、普通ではない現象を起こす力を持った者たちが現れた。

彼らは、次第にその力を使い悪事を起こしたり、国への反発を煽るようになった。

危機感を募らせた皇国は、彼らを異能者と呼び捕縛し、東の海に浮かぶ島に閉じ込めた。

暫くすると、荒れた海に困っていた異能者たちは海の神に生贄を差し出し、生活を安定させるようになった。

何人目かの生贄が海に投げ入れられようとしたときに奇跡は起こり、海の神の名をとってカラットル教が興った。

やがて組織は歪み、異能者を迫害したエグランド皇国への復習を目標とするようになる。

そして、その復讐心から異能と奇跡を研究し、魔法へと昇華させた。

その成果をもって皇国への宣戦布告を果たしたのは、島に異能者が閉じ込められてから優に300年が経ってからだった。

突如始まった復習による戦争は100年以上もの長きに渡り、初めのころは優勢だった教団も、皇国の魔法研究力の前に徐々に追い込まれ、力を削がれていくようになる。

その焦りから教団は、人類共通の恐怖である魔物と当時強大な異能を誇った教祖の異能を併合して利用することを考え付き、実行した。

だが、あと一歩及ばずに教団は皇国に敗れ、教団の幹部は監禁され、教団の象徴であった護符を奪われ、代わりに一部を欠けさせた管理札で信者たちは管理されることとなった。

強い支配はしばらくの間続いたが、為政者が変わったことで力ない一般の信者たちは、ほとんどが大陸へと上げられた。

初めの頃は島に近い港に集まっていた元信者たちも、当時の教祖が死んだと風の知らせを受けて以降、少しずつ各地に散っていった。

今では、年寄りが口伝する話の中にしか本当の教団の歴史は語られない。


「と、かなり要約して、こんな感じだね。およそ100年ほど前の話になるか。まぁ、口伝者である婆さんも、津波が起こる前年に死んでいるがね。どうだい?楽しかったかね?甥っ子が魔法の起源云々言い出したから思い出したんだが、わし以上に知っているものは親族にもいないだろう」

「一部が欠けた紋章って、管理するための物だったんですね」

「ん?そのようだね。見たことがあるのかね?エリカ嬢」

「いいえ。前に100年ほど前から教団の紋章が一部欠けたものに変わったと書かれていたと聞いていたので。管理用のもだったなんて、驚きました」

「あぁ、確かに間違っているとは思っていたよ。誰が書いたか知らないが、私が書いたものじゃないからね。どうせ、どこかで語られる事実が違ってきたのだろう。何せ、口伝が主だからね。わしは研究する方が好きだから、まだ教団ついての歴史書なんてものは書いておらんしな」

「聞かせて頂けて、嬉しいです。ありがとうございました」

「そう言ってくれるのは君だけで、ボイズ君以外はわしの声を子守歌にした様だね」

エリカが周りを見渡すと、アントンとカイヤは居らず、他は皆こっくりこっくりと舟を漕いでいた。

苦笑いでカイヴァンを振り返ると、話し切ったことで満足したのかメイマルを叩き起こして天蓋を出ていく所だった。

「わしは、記録作業に入る。昼にはメイマルは一度戻ると思うが、わしは未定だ」

振り返らぬまま言葉だけを置いて、カイヴァンは遺跡に向かっていった。

慌てて船を漕ぐ騎士兄弟を起こして、送り出したエリカだった。

そのあと、寝ぼけた顔の冒険者たちを天幕から追い出す様に仕事に向かわせると、ボイズと共に、保護のための人員の手配やら何やらを始めたドルイドに一礼して外に出た。


「なんか、結構悲しい運命だね。この施設は、戦争に使われるためのものだよね…他にもあるんだよね。どこかに、まだ見つかってない物もあるのかな?なんか、すごく大変なことになってる気がする…」

「あぁ、この行き着く先が戦争なって事にはなって欲しくないが、気に留めておかないといけないだろうな」

「もう一つの施設は、どうなってるんだろう?ここと同じなのかな?」

「あっちは、軍が封鎖してるぜ。中身は、俺がこれから見に行ってくるつもりだから、まだわかんないな」

「シュレインさん!」

「娘に寄るな!」

「ひでぇ…」

ボイズにエリカの肩に置いた手を叩き落とされて、苦笑いのシュレインは真剣な顔つきなってエリカを見つめた。

「俺さ、しばらくエリカの近くには居られないからさ、これを持っててくれないかな?ちゃんと返してもらいに来るからさ」

そう言ってエリカの手にそっと、小さな一片の花弁が大輪の花から零れ落ちるような意匠の胸飾りを置いた。

「可愛い…」

「だろ?いつか、大切な人に渡そうと思って大事にしてんだ。今は、エリカに預けておきたい。いいかい?」

「いいですよ。大切に持っておきます。だから、早く無事に取りに来てくださいね?」

「ありがとう!バッと行ってサッと仕事してビュンって帰ってくるよ」

満面の笑顔を見せて、シュレインは走り去っていった。

「シュレインさんって、強いの?1人で大丈夫なのかな?」

「逃げ足だけは早そうだから、大丈夫だろ…多分…」

「ははは。早く帰ってくるといいね」

「俺的には、帰って来んでもいいがな」

エリカは、ボイズの言葉に苦笑いで返してから、渡された胸飾りを大切に腰に付けている袋に仕舞って魔物の探索を始めた。

「あっちに熊さんが居そうだよ、結構近い。夕飯になるかな?」

「そうだな、がっつり肉が食いてえな。行くぞ」

「うん!」

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