第12話

洞窟の中は、じめっと感じる。

湿気なのか、まとわりついてくる魔力なのか、エリカにはわからない。

それでも、長く居たいとは思えないのは確かだ。

横に5人並んで行軍する中、正面と左右からの出会いがしらの攻撃を警戒して左右の端と真ん中に盾を持った騎士がボイズともう一人の前衛に並んで歩いていた。

一撃目を踏ん張れれば、後ろからも隣からも攻撃が届き死ぬという確率はグンと減る。

大事な初撃に備える騎士たちは、極度に緊張していた。

中でも正面を守る一際ガタイのいい男は、尋常でなく緊張している。

正式に入隊してまだ3年目の若い騎士は、ガタイに反して肝の小さな男だった。

ペレスと言う優し気な響きの名前に似合った、肝の小ささだ。

平民出のペレスは、パン屋の次男で下に10歳になる小さな妹がいる。

ペレスの兄は、既に嫁を貰ってパン屋を継いでいる。

自分の居場所は自分で作らねばと大きな体を生かして騎士に成れたはいいが、与えられた大盾でみんなを守ると言う重圧に耐えられないのではないかと、自分で思っていた。

何度目かの襲撃を退けて尚、やはりびくびくとしている様だった。

「おい、あんまりガチガチになるな。衝撃で腕が折れちまうぞ?」

「はい!すいません!」

「謝る必要はないさ、ただもう少しだけ腕と心の力を抜けよ」

「はい!すいません!」

ボイズとの、そんな会話も洞窟に入ってから既に3回目だった。

「よし、開けたな。周囲警戒。一度休憩だ。交代で休め」

「「「おう」」」

さすがは冒険者と言うべきか、冒険者組の動きはまだまだ鈍ってはいない。

経験不足の年若いものが多い騎士たちを気遣っての、休憩だった。

「お前も休め。盾を置いていい。周りは、俺らが警戒する」

「はい。すいません」

「お前たちは、随分若いのが多いが、選抜は立候補だったのか?」

「いえ、立候補者は少なく、中隊長殿から声を掛けられた者の方が多いです」

「そうか。お前は、ペレスだったよな?なんで、選ばれたんだと思う?」

「…体が大きいですから、大きな盾を持って前に立てば役に立つからでしょうか?」

「そうだな。だが、お前は小心者だろう?」

「…はい。すいません…」

「怒ってるわけじゃないさ。怖いのに、皆の為に踏ん張ってるんだ、勇気があるなと思ったのさ」

「勇気…あるのでしょうか?わかりません。ただ、命令だから」

「命令だとしても、頑張ってるさ。ただ、そんなに思い詰めることは無い。今は、俺たちが居る。もう少し、頼ってくれ」

「ありがとうございます」

俯いてしまったペレスに、頭を掻くボイズ。

そんな中に、救いの女神は舞い降りた。

と、ボイズは思ったとかなんとか…

「おっとぉ?いぢめてるの?はい、お茶」

「いぢめてない。ありがとう」

「はい、あなたもどうぞ。温かいから、少しは力が抜けると思うわ」

「はい、あなた達も」

「ありがとう」

「助かります」

「すいません。いただきます」

「謝るの、癖なの?謝る必要ないのに。今は、ありがとうの方が嬉しいわ」

「すいま…、ありがとう」

「よくできました。いい子には、飴をあげるわ。どうぞ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

にっこりと微笑んでから走り去っていくエリカの後ろ姿を見ながら、貰った飴を何気なく口に入れてお茶を飲んだペレスは何か憑き物が落ちたような顔になっていた。

そんな小さな成長がありながら、休憩後も行軍は続いた。

何度か正面から襲いかかってくる大き目の魔物を押し返し、小さな魔物たちの食い荒らされたような死体を脇にどけながら、横道のないクネクネと蛇行する一本道を進んでいった。

既に生きている小さな魔物は淘汰されているのか、遭遇するのはボイズよりも大きな魔物たちだけだった。

進むにつれて、むせ返るような魔力の濃さにみんなが顔を顰める。

「近いぞ」

そんなボイズの言葉に、誰もが無言でごくりと喉を鳴らした。

「おいでなすった」

そうボイズの声が聞こえるや否や、曲がった道の先から洞窟が揺れるかと思うほどの咆哮と共に姿を現したのは、トカゲに似た下位の地竜の一種。

赤黒い鱗を嫌らしく艶めかせながら、太く大きな牙を生やす口から涎を垂らし、大きな金色の瞳をギラギラさせて大きな体をくねらせながら向かってくる。

竜種は強くなるほどに目撃例がなく、人間が倒せる限界は上位の属性竜が限界と言われている。

下位の属性竜と言えど、人間にしてみたら逃げ出したくなるほどの強敵である。

その竜種の最上位と言われる6種の彩龍たちに至っては、人知を超えた存在とか創造神の御使いとか、世界の終りを告げる者とか言われている。

因みに、上位属性竜の一番最近の目撃例が300年ほど前になる。そして、彩龍の目撃例は伝説と言われるほどに無い。

「まだ若い土竜の亜種だ。倒せりゃ素材の宝庫。狩るぞ!」

人を五人でも楽に飲み込めそうな体を持ち上げて、エリカの胴体よりも太そうな爪を持つ腕を振りかぶり、土竜が襲い掛かってくる。

その一撃に耐え切れず、盾持ち騎士三人が吹き飛ばされる。

その三人を目隠しにして強化魔法を掛けられたボイズが飛び上がり、竜の頭上から眉間に一撃を叩き込んだ。

衝撃に怯んで頭を振る土竜と、空中で器用に横薙ぎの追撃を掛けたボイズ。

土竜が頭を振ったことで丁度よくボイズの横薙ぎは、金色の大きな目に直撃し片目を潰した。

痛みと衝撃にのた打ち回る土竜が起こす振動に、立っているのがつらくなるほど。

落ちてくる瓦礫を最小限の防御結界と自前の回避力で避けながら、全員が魔法や矢を放つ。

集中砲火を受けた土竜は堪らず腕を振り回し、体を回転させて太い尻尾を鞭の様に打ち付けてくる。

全員が最大限の集中力で、攻撃を避けていた。

冒険者たちは、感覚が無くなるほどの時間を掛けて、攻撃と回避を繰り返した。

何度も回復魔法を掛けて、幾度も回復薬を飲み、手持ちの薬が尽きて尚、土竜は死んでいなかった。

「まだまだぁ!」

威勢の良いボイズの声だけが、皆の士気を保っている。

全員が限界を感じて暫く、根性と死になくないという思いだけで瓦礫や土竜の攻撃を避けていた。

土竜の前に元気に立っているのは、ボイズ、ハインケル、エリカ、騎士ペレスの四人だけ。

盾を持ち上げて土竜の前に立ちふさがっているペレスが土竜の気を引くと、ハインケルが強化魔法をボイズとペレスに掛ける。

ボイズが飛び上がって一撃を入れると同時に、エリカが風魔法でボイズが付けたばかりの傷を抉る。

双方満身創痍の状態で、暫しの睨み合いとなった。

「エリカ、風で俺を打て。加速して重撃を放つ。多分、次がお互いに最後だ。ハインケル、ペレス、下がれよ」

「おっとぉ、息を合わせてよね。最大で行く」

「あぁ、頼んだ」

短い助走で飛び上がったボイズに合わせて、エリカの全魔力を乗せた風魔法がその背中を押す。

同時に後ろに下がった二人は、大盾で衝撃に備えた。

「そぉぉ、りゃっ!!!」

エリカの風魔法で加速したボイズから放たれた何の変哲もない力任せの一撃は、若い土竜の頭をかち割り、金色の片目から光は失われた。

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