第2話

「おと?…みじゃり、おと、おちごと?」

「エリカちゃん、目が覚めたのね。そうよ、お父さんはまだお仕事中よ。絵本読む?」

「みじゃり、おちごと。えい、よむ」

「自分で読むの?すごいねぇ。はい、どうぞ」

「あと」

2歳になったエリカは、今日も大人しくお利口さんで冒険者協会の受付の裏で遊んでいた。

養い親であるボイズがエリカを最初に連れて行ったのは、友人であるマスル宅。しばらくはそこで過ごしたが、今はボイズが借りた借家から毎朝協会に出勤してきている。

働かなければ生きていけないと、ボイズが依頼をこなす間はマスルが会長をしている協会でエリカを預かることとなった。それからは、ほぼ毎日、朝から夕までマスルとミザリーが面倒を見ている。

最初はミザリーの子かと騒いでいた冒険者たちも、だんだんとエリカに慣れて遊んだりかまったりしてくれる。

もちろん、変なことを言ったりやったりすれば、ミザリーとボイズにこっぴどく制裁を食らうことにもなったが。

たまに近所の薬師の爺さんが来て、依頼を出すついでにエリカに薬草学のうんちくを語っていく。ただ話しているだけで、エリカがそっぽ向こうが寝てしまおうが関係なく垂れ流されていた。

他にも、八百屋のおかみさんが娘が着ていた服だとか、肉屋の息子が自分が小さいころ読んでいた絵本だとかをくれたりする。

なんだかんだで、ここに小さいのがウロウロしているのが日常になってきた今日この頃である。


「お、今日も勉強熱心だな。エリカ」

「るしじゃ」

「ルーシリア、な。まだまだだなぁ、お前。早く大きくなれよ~」

「ルーシリア、おかえりなさい。早かったわね。清算するわ」

「よろしく、ミザリー。ところで、ボイズの旦那、苦戦してたぜ?」

「え?ボイズが?」

「あぁ、私が通りかかって手を貸そうとしたんが、断られた。力不足だって」

「ボイズへの依頼は、ヘビーボア5体のはずよ?一体、何と戦っていたの?」

「多分、あれは、グレートヘビーボア。6体相手に手間取ってた。それでも、あの人なら楽勝のはずなんだ。なんかあったのかもな。一応報告しとけって言われたから、報告したぜ。あとは、任せる」

「わかったわ。ありがとう。はい、清算」

「はい、どうも。ま、なんかあったら声かけてよ」

「えぇ、お願いね」

「じゃぁな、エリカ」

「あいあ~い」

「ばいば~い」

「心配ないとは思うけど、心配ね。エリカちゃん、会長の所に行こうか」

「あい」

ミザリーの言葉に素直に絵本を閉じるエリカは、理解力がこの年の子供にしては高い。

ミザリーだけが、密かにこの子には才能があると思っているのだが、まだ誰にもそれを伝えていない。


「会長。入りますよ」

「どうした?」

「ちょっと…」

ミザリーが報告している間、その腕から降ろされたエリカは、よちよちとソファのヘリを支えにマスルの足元まで移動する。

やってきたエリカをちらりと見て頭を撫でると、慣れた手つきで抱き上げて膝に乗せるマスル。

この2年で、随分と子供の相手が上手くなったものだ。

「ましう」

「ん?どうした?エリカ」

「おと、まだ、かてない」

「うん、まだ帰ってこないね。もうすぐだから、いい子にしててな」

「あい」

背中をさすりながら苦笑するマスルの手の温かさに安心したのか、エリカはコテンと頭をマスルの胸に預けて寝てしまった。

「寝ちゃったか。寝る子は大きくなると言うから、まぁ、いいんだけどさ。最近、重たくなったよな…少し心配だし、あと数刻待って帰らなかったら、誰かを派遣してくれ」

「わかりました。エリカちゃん、しばらくお願いしますね」

「はいよ」

結局、ボイズが帰ってきたのはエリカが二度目の昼寝から起きて夕方になってぐずり出す頃だった。

ミザリーがそろそろ誰かに、依頼を出そうかと動き出したときに、協会の入り口が開いたのだ。

「ボイズ!ケガしてるの?」

「お~、帰ったぞ~。つっかれたぁ。大したこたぁねぇよ。それより、マスルいるか?」

「おと!だこ!」

「お~、エリカぁ~。ただいまぁ~。抱っこなぁ」

「ボイズ!遅かったじゃないか」

「おぉ、まぁな。奥でいいか?」

「奥で」

せっかく抱っこしたエリカと離れるのを一瞬ためらってから、エリカをミザリーに託して二人は会長執務室に入っていった。

「おとぉ~」

「ちょっとだけ、我慢してねぇ。大事なお話みたいだから。よしよし」


「お待たせだなぁ、エリカ。お家に、帰るぞぉ。今日は、何を食おうかぁ。じゃ、頼んだぞ」

手当もされて出てきたボイズにエリカを渡し、ミザリーが離れる。

「あい。ましゅう、みじゃり、あいあ~い」

「わかってる。また明日な、エリカ」

「エリカちゃん、ばいば~い」

帰る家は、ボイズが借りている2階建ての借家。マスルを保証人にして、渋る大家から結構な強引さで借りた家だ。

風呂が家の中にある珍しい家で、以前羽振りの良かった商人が建てたものだった。

その商人が落ちぶれ借金のカタに今の大家に買われたものだが、本当は羽振りの良い貴族の別荘にでもしたかったらしい。

なかなか立派な見た目で、中は使いやすい構造。

一階は、エントランスに食堂と台所、大きめの居間、便所と風呂に小さな使用人部屋。

二階に、主寝室と寝室2つの作りだ。

今は通いで家の掃除をしてくれる人間が3日に1度やってくるくらいで、ボイズとエリカ以外の住人は居ない。

風呂に入り、帰り掛けに屋台で買った夕食を食べて、主寝室に特注した大きな寝台に上がると、太く大きな腕を抱き枕にしてエリカが寝転がる。

「よし、寝るか」

「あい」

「明日もおっとぉは忙しいから、マスルと遊んでやってくれな」

「ん、おと、がばる」

「おぉ、おっとぉは頑張るぞ。ありがとうな。さ、おやすみ」

「しみ」

ゆっくりと優しく頭を撫でてエリカを寝かしつけるとそっと腕を引き抜き、ボイズはいつも通りに武器の手入れをしてから寝ることにした。

その夜は、まるで嵐の前の静けさの様に、静かに穏やかに更けていった。

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