第41話 楠山の剣士

 ミコ達は、山の斜面を勢いよく駆け上る。

 と言っても、一夜も二葉も飛べるので、走っているのはミコだけなのだが。

 

 先程から、多数の弱い霊体がミコ達の横を通り過ぎている。

 邪気のない弱い霊体も、楠木山が溜め込んでいた霊力に集まって来ているようだ。

 害のない霊達も、集まってきた悪霊によって、邪気に当てられてしまうかもしれない。

 そうなれば、この辺一帯に陰の気が充満し、人間やその他の生き物達も病にかかってしまう。


 そんな事を考えながら走っていると、山道の脇、木々の間から嫌な気配を感じる。

 ミコは、考える間もなく後ろに大きく飛ぶ。

 しかし、当たっていないはずなのに、ミコの髪と服がバッサリと切り裂かれていた。

 嫌な汗が吹き出し、ミコの背中に流れる。

 姿は見えないが、明らかに大きな気配がこちらに向かって歩いてくる。

 一夜と二葉は、ミコを守るように立つと、次の攻撃に備えていた。


「何故、巫女がそのような邪悪な者を伴っている。それともお前は巫女ではなく、呪い師まじないしなのか? 」


 その声はとても若く、感情も無い、落ち着いた声色だった。

 姿を現したのは、ミコと同じくらいの年齢の少年だった。

 肩までの白髪に、ミコと変わらない位の身長。

 怪しげな光りを放つ目は、感情を見せず、彼の行動を読むことが出来ない。

 着物に袴を着たその姿は、隙が無く、熟練した剣士のようだった。


(強い!! )


 二葉は最近強くなって来たとはいえ、この少年の放つ気配は桁違いで、相手にもならないだろう。

 ミコとて、この少年と戦えば無事では済まない。

 どうするべきかと悩んでいると、一夜が一歩、ミコ達の前に出る。


「呪い師とは、まさかミコ様の事をおっしゃってるんでは無いでしょうね? 」


 その言葉には、静かな一夜の怒りのような者を感じる。


「たかが侍風情が、巫女を傷つけても良いとお思いですか? 」


 言われて額を触ると、ミコの手には血が滲んでいる。

 どうやら、避けたつもりだった最初の一撃で、額を傷つけたらしい。

 極度の緊張状態のせいか、斬られた傷は全く痛みを感じなかった。

 

「お前のような邪悪な者を連れた巫女など、傷付けて何が悪い。しかし、勘だけは鋭いようだな。本来ならば最初の一撃で始末出来ていたものを」


 確かに、山籠りの修行の成果なのか、大きな殺意をハッキリと感じ、おおきく後ろに飛んだのだ。

 実際は、それでも足りなかったのだが…。


「ミコ様、ここは私がお引き受けいたしましょう。二葉、ミコ様と一緒に山頂へ。必ずお守りしなさい」

「はい、一夜様」

「ダメだ、一夜! こいつは強い、私も一緒に戦う! 」

「ミコ様、あなたの役目はコイツ相手をする事ではありません。あなたは、あなたのお役目を果たすのです」


 いつもなら、ミコと絶対に離れたがらない一夜が、二葉にミコを任せると言う。

 一夜も、この少年の強さを感じているのだろう。


「でも…」

「ミコ様、あなたの式神の強さ、知っているでしょう? 私を信じて下さい」

「…。分かった。必ず、追い付いて来て」

「お約束しましょう」


 ミコは、後ろ髪を引かれる思いで、二葉と一緒に山頂へと急ぐ。

 少年は、ミコを追って来るかと思ったが、一夜と対峙している。


 一夜と別れた後、山頂へはなんなく辿り着くことができた。

 山頂のお社には、日本の大きなクスノキが、まるでお社を守るように立っていた。

 樹齢何百年かというその木には、霊的な強い力と、お社を守るように強い結界が張られているようだった。


「ミコ様、さあ、中へ入りましょ…わっ! 」


 バチっと、電気が流れるような音がして、二葉が結界に弾かれてしまう。

 ミコは、そっと結界に手を伸ばすと、その手は結界の中に吸い込まれていく。

 どうやら、入って良いのはミコだけのようだ。


「二葉は、外からこのお社を守っていてくれる? どうやら入れるのは私だけみたいだ」

「わかりました。お気をつけて」


 ミコは二葉に微笑むと、結界の中に吸い込まれるように入っていき、お社の扉にそっと手をかける。

 その瞬間、ミコの意識は途切れた。

 次に気がついた時には、今までいた場所とは全く違う場所に居た。

 ミコは、お社の中に入ったはずなのだが、その空間も外だった。

 どこまでも続くかのような野原と、雲一つ無い青空が広がっている。

 お社の外は夕方だというのに、この空間には陽の光が差し込んでいた。

 

「誰かの潜在意識の中なのか? 」

「まあ、そんな感じじゃな」


 ミコの独り言は空を切るかと思いきや、意外にも女性の声が答えてくれた。

 声の方を見ると、巫女服を着た女性が立っていた。

 その姿には見覚えがあった。


「美琴…さん? 」


 言った後で、少し雰囲気が違うような気がした。


「惜しいのぉ。私は美琴の母じゃ」

「お…母さん? 」


 言われてみれば、美琴が年齢を重ねたような風貌をしている。

 しかし、その姿はやはり美しく、凛とした立ち姿は年齢など感じさせぬ魅力的な女性だった。


「何故ここにお母さんが? 」

「そうか、お主は知らぬようじゃのう。私は、お主の父親の神社、上赤坂神社の巫女をしていた。そして、何を隠そう、二代目の定めの巫女なのじゃ!! おーっほっほっほっほ!! 」

「…」


(あ、あれ? 何だか思っていたキャラと違うぞ…)


 そんな事を考えながら、呆気に取られた顔をして、二代目の定めの巫女こと、美琴の母を見る。


「おい、どうした? もっと驚かんか? 」

「あ、いや、凄く驚いています…」


(あなたのキャラに…)


 美琴の顔でそんな笑い方をされるとは思っていなかった。

 もちろん、親子二代で定めの巫女をやっていた事も、うちの神社のルーツに当たる方というのも驚きなのだが。


「お主も、我が娘と一緒で、カマトトぶっているのかのぉ。まあ良い。お主、どうやら美琴の魂の転生先に選ばれたらしいのぉ。お主を見た時から、娘のような感覚になっていたぞ」

「え、そうですか? あまり顔も、性格も似ているような気はしませんが」


 美琴の母は、フっと微笑む。

 そのまま、ミコの方に近づいて来ると、ミコの頬を右手でそっと撫でる。

 

「気高く、美しい心。お主の体からは、収まりきれなんだ清らかな力が溢れておる。美琴と一緒じゃ」


 美琴の母はそう言うと、ミコの体を抱き寄せる。

 その感覚はとても不思議で、穏やかで安らかな、懐かしいような気持ちになっていた。


(お母さんって、こんな感じなのかなぁ…)


 ミコは、そっと目を瞑ると、その不思議な感覚に身を委ねるのだった。

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