第21話 一夜と美琴 前編

「私が巫女と出会ったのは、平安の都でした」


一夜は静かに話し始める。










「私はこの都を守る為の盾なのだそうだ。悪き人間も、霊も、私が居れば寄り付かんのだそうだ」


「ふーん。ワレは別なのか?」


「一夜よ。お前はきっと、運命を変える為に、我が神が使わせた者なのだろう」




 美琴は、一夜に自分の身の上を話す様になっていた。


 定めの巫女として強い力を持ちながらも、美琴は神殿の屋根裏に閉じ込められていたのだ。


 美琴は普段、自らが生み出した式神に身の回りの世話をさせ、星詠みを側に置いていた。

 星詠みは何も言わず、ただ、巫女の側に仕え、運命を占う者だった。

 そいつが、一夜が現れる事も予言していたと言うのだ。



「強いチカラを持つのならば、こんな所からは逃げればヨイ。お前の力を使えば容易いダロ?」 


「そうだなぁ。お前と一緒ならば何処へ行っても楽しかろう」




 美琴は、優しい微笑みを浮かべながら一夜を見る。


 その笑みに、一夜は自分の気持ちが高揚するのを感じた。




「私も、この足が動くのであれば、そうしたかったが…」




 美琴は、自分の足を悲しそうに撫でる。


 まだ小さい子供のうちに、美琴は足の腱を切られ、自力で歩けないようにされていた。


 私利私欲に走った貴族達は、自分達の繁栄を求め、巫女に手を出したのだ。


 その時の怒りと苦しみが、拒絶の結界を生み出した。




「忌まわしきこの結界よ。これさえなければ、お前にここから連れ出してもらえたのに…」




 美琴は、この結界を自分では制御出来なかった。


 最初に出会った時に、美琴は言っていた。




『お前が私を喰おうとしているならそれでも良い』




 それは、自分の力ではどうにも出来ない、その状況を変えてくれる者を探していたのかも知れない。


 そして、悪き者を寄せつけない都に一夜が入り込めたのは、彼女の運命を変えられる力を自分が持っているのかも知れない。


 一夜は、自分が美琴の運命を変えられる可能性に、嬉しくなった。


 


「お前を苦しめる人間どもを皆コロしにしてやってもヨイ」




 一夜がそんな提案をしたのだが、美琴が首を縦に振る事は無かった。




「争いは新たな憎しみを生み出す。巫女である私が、憎しみを生み出す事などあってはならぬ。苦しむのはいつも立場の弱いもの達なのだ。お前が、毎夜来てくれるようになっただけで、私の事を想ってくれるだけで、もう十分じゃ」




 そんな訳ない。


 そんな事、一夜にさえ分かっている。


 理解に苦しむ。


 そんな顔をしていたのだろう。


 


「そうだな。一夜が人間らしくなれば、私と分かり合えるようになるのかもな」




 美琴を苦しめる者を許す気持ちなど、一夜は分かりたくも無かった。


 しかし、美琴とはもっと分かり合えるようになりたかった。


 その日から一夜は、美琴の周りの人間を真似るような振る舞いをする事にした。


  








 一夜が美琴に会いに行くのは夜が多かった。


 昼間、美琴の周りは騒がしく、力を求めに貴族達が押しかけるのだ。


 美琴は貴族達に恨みを持ちながらも、神聖で清らかな力は、助けを求める者を拒むことは無かった。




「おーい、色男。会いにきたよ〜」


「一夜でございます」




 炎華は十二天将の朱雀の化身にも関わらず、とても自由なやつだった。


 たまたま出会った炎華は、一夜の顔がとても好みだったらしく、ずっと一夜の後をついてくるようになっていた。


 この顔も、一夜を倒そうなどと、大それた事を考えた祓い屋の顔を奪っただけなのだが…。


 別に相手をしてやる義理もないが、美琴に会いに行けない昼間はどうでも良かったのだ。




「また巫女の所に行っていたのか? 動けもしない、近づけもしない奴よりも、私と遊んだ方が楽しいよ?」


「いいえ。私はやらねばならない事がございます。付いてくるのは勝手ですが、口出しは無用でございます」


「なんか口調変わってない?」




 人間らしい口調を真似てみたのだが、違和感があるようだった。


 しかし、『美琴に言われたから人間を真似た』など、知られるのは恥ずかしかったのでとりあえず無視を決め込む。




(もっと人間を観察しないとな)




 一夜は少し美琴に近づけたような気がして、浮かれていた。




 昼間に一夜がやる事は一つ。


 美琴の足を治す方法を探す。 


 もしくは、拒絶の結界をなんとかする方法を探すのだ。


 


 平安の世では医療の知識など皆無に等しく、病気も悪霊の仕業だと考えられていた。


 そんな世の中で美琴の足を治す事など、絶望的であった。




 代わりに、強い力を持つ人間達の文献は簡単に見つける事ができた。


 


(美琴は、3代目の巫女なのか…)




 美琴の祖先に、名のある陰陽師がおり、そいつは結界術を使いこなしていたらしい。


 


(そいつの事を調べれば何か分かるかもしれないな)


 


 しかし、もうすぐまた夜が来る。


 美琴に会いに行く事は、一夜にとっては何よりも優先させるべき事なのだ。




「またあいつの所に行くの?」


「邪魔したら二度と口を聞いてあげませんよ」




 炎華に釘を刺し、浮き立つ気持ちを抑えながら、今日もまた美琴に会いに行くのだった。










「私はそのうち、どこの誰とも知らぬ奴と交わり、子を産まねばならんそうだ」




 唐突に美琴はそう話し始めた。


 ある程度、霊力の高い男を美琴に当てがい、新たな巫女を作り出す。


 貴族達は自分達の繁栄の為、美琴を利用しようとしているのだ。




(嫌だ。気持ちが悪い)




 一夜は吐き気がした。


 自分の大切な美琴が、どこの誰かも分からないものに汚される…。




(ああ、そんな奴、殺して仕舞えばいい…)




「一夜、そんな事は考えてはいけない」




 顔に出ていたらしい。


 何も言わずとも、一夜の考えている事に気がついてくれて、少し嬉しくなった。




「笑っているのか?」


「まさか。あなたが、誰だかわからない奴に汚されてしまう。そんな事…嬉しいはずがありません」


「そうか。しかし、人間はそうやって命を育んでいくのだ。…とは言え、私の子にも、同じ運命を辿らせるのは気に入らんな」




 美琴は、悲しそうに夜空を見上げる。


 ふと、何かを思いついたように、変な事を言い出した。




「そうだ、一夜。次の定めの巫女をお前が守ってやってはくれぬか?」


「ご冗談を…私はあなた以外に興味はございません」


「そう言うな。私の願いだ。私が子を産んだら、貴族達に渡す前に、お前が強く育ててやってくれ」


「私をそんなに信頼してもよろしいのですか? 私は憎まれ、恨まれながら生まれた、呪いのような存在ですよ?」


「お前以上に信頼できる者などおらぬ。私は、お前を…いや、何でもない。とにかく、頼んだぞ」




『私は、お前を…』




 一夜はその続きを聞きたかった。


 聞きたかったが、聞けなかった。




 美琴は、この世で一番清らかな人間。


 自分は、この世で一番醜い、憎しまれる存在。


 蠱毒の壺の中で作り上げられた呪い。


 いくら人間の真似をし、人間らしい容姿を取り繕ったところで、それは変わらぬ事実なのだ。




 そして、美琴が拒絶の結界で守られている以上、一夜は近づけもしないのだから。


 続きを聞いてしまえば、どうにも出来ない状況に苛立ちを覚え、気が狂いそうになる。


 美琴もきっと、同じ気持ちで言葉を飲み込んだのだろう。


 


「分かりました。この命に変えても」


「ああ。ありがとう」




 微笑んだはずの美琴の笑顔は、何故かとても悲しそうに見えた。


 美しさの中に、憂いを帯びた顔。


 一夜は生涯、一度もその顔を忘れる事は出来なかった。


 

 その日から一夜は、叶わぬ自分の想いを奥深くにしまい込み、自分の主人として、付き従うことを決めたのだった。

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