エピローグ 定めの巫女

 ミコはいまいちスッキリしないまま、いつもの日常に戻っていた。




 あの後、一夜が気になる事を言っていた。


 


「あの女、清花は火を使う能力を持っていた事で間違いは無いでしょう。しかし、人形を操ったり、悪霊を使って二葉に取り憑いたり、そんな能力がある様には見えませんでしたね」




 つまりはーー、




「何者かが清花に力を与えていた、と? 」




 ミコの言葉に頷く一夜。




「女の嫉妬など、いつの世でもありふれたようにある事です。しかし、あの狭い範囲で、タイミング良く二人の女に悪霊が取り憑く…少し出来すぎた話の様な気がしませんか? 」




 一夜は、同じタイミングで取り憑かれてしまった、清花と柚葉の事が気になるようだ。


 実はミコも、清花の中から、彼女のものとは違う気配のような物は感じていたのだが…。




「無くはないんじゃないの? 」


「無くはない。しかし、確率は低いでしょう。断言は出来ませんが、何者かが裏で手を引いている可能性も…」




 霊や妖怪、そんな物が安定せず溢れていた昔の世と違い、今は安定した世界を作り出している。


 悪霊が清花達に取り憑いたのは、遠い昔の話なのだ。


 今は関係無い。そう思いたいのだけれど、胸騒ぎは止まらない。




「なんとも言えないなぁ」


「そうですねぇ。今のところ、私の想像でしかありません」




 出来ればそんな不吉な事は、一夜の想像だけで終わらせて欲しい…。


 清花の様な可哀想な霊を作り出すなど、決して許してはいけない。




(清花の心残りは無くなっただろうか? )




 そして、ミコは確かに聞いたあの声のことを思い出す。




『定めの巫女を殺せ…』




 その声が裏で手を引いて居るやつなのだろうか。


 そして…




(定めの巫女とは、私の事なのだろうか)




 ミコは確かに神社の娘ではあるが、神道を学んだ事もなく、巫女と言うには気構えも能力も足りない。


 しかしあの時、清花は確かにミコに向かってきていた。




 ミコは、自分の知らない所で、何かが起ころうとしている事に怖くなっていた。










 もやもやしながら歩いていると、誰かに後ろから肩を叩かれた。




「おっす、ミコ! シケた顔して歩いてんな! 」


「カズマは悩みがなさそうで何よりだ」


「馬鹿にするなよ! 悩み位はあるんだ」




 いつも能天気だと思っていたカズマにも悩み事があるとは。


 


「悩んでるんなら聞いてあげようか? 」




 前回、悩んでいるミコを励ましてくれたのだ。


 悩み事位は聞いてあげる心の広さは持っている。




「ミコには言わねーよ! 」


「えーっ!? なんでよ? 」


「秘密を抱えた男の方が、ミステリアスで良いだろ? 」




 カズマは、手を顎の下に当て、格好をつけながら言った。


 ミステリアス…そう言われて思い出すのは一夜の顔だった。


 カズマには似つかわしくも無い言葉だ。




 クスクスっ。




 そう考えたら思わず笑ってしまった。


 カズマは、楽しそうに笑うミコの頭に手をのせ、




「たまには空手の稽古に来て、ストレス発散すればいいんじゃないか? 」




 そう言われて気が付いた。


 そういえば、最近は稽古にもいっていなかった。


 悩んでいても、問題が解決する訳じゃない。


 とりえず問題の方がやって来るのを待つしかなさそうだ。




 そしてミコは、カズマに歩調を合わせて学校に向かうのだった。










 一夜は珍しくため息を吐く。




(めんどくさい事にならなければいいのですが…)




 一夜は神社の掃除をしながらミコの事を想う。




『定めの巫女…』




 確かにそう言っていた。


 あの時に感じた邪気には覚えがあった。


 一夜には思い出したくも無い記憶が蘇る。




 一夜が少し目を離した時に、前の主は殺されてしまった。


 その後、我を忘れて暴れ回ったが、『定めの巫女』の魂は転生するという話を聞き、長い時を待つことにしたのだ。




 一夜はただミコと一緒に居たいだけなのに、何故周りはそれを許してくれないのだろうか。


 ふと、昔のことを思い出していた。




 






 一夜が『一夜』としての存在を獲得する前、暗い闇の中で、ひたすら殺し合い、殺した相手を喰う事を繰り返していた。


 自分が不祥の存在だとも気がつく事はなく、沢山の魂に憎まれ、恨まれながら生まれた存在。


 次は自分も殺されるかも知れない。そんな恐怖を持ちながらも、ひたすら戦っていたのだ。


 


 暗闇から出た後は、操られるがまま、殺戮を繰り返し、殺して喰うことであらたな力を得た。


 そして自分の意思を持った時、自分の生みの親とも言うべき存在を殺した。


 悲むことなど無いのだ。そいつは自分の糧となるのだから。


 そして、気が付いた。自分以外は取るに足りぬ生物ばかりなのだと。




 色々な者を喰っていくうちに、殺した相手の顔も手に入れた。


 人間に興味があった自分には、この外見はとても便利に使えた。


 この顔で微笑んでいれば、誰もが魅了されるのだ。


 人間が勝手に寄って来るものだから、喰うにも困らなかった。




 ある時、人間の間で強い力を持つ者がいると聞いた。


 そいつを喰って、新たな力を手に入れてやろうと考えた。


 しかし、そいつの強い結界を前に、近づくことさえ出来なかった。




 来る日も来る日も結界を破壊しようと試みた。


 だが、そいつはこちらを見る事さえなかった。


 気付かれてさえいないのかと思うと、腹立たしくなった。




 何度目の時だろうか? そいつはやはりこちらを見る事もなく、唐突に話しかけてきた。




「お前は、人間の言葉が分かるのか? 」




 驚いた。


 毎夜、そいつを襲うために来ている自分に普通に話しかけてきたのだ。




「もし、お前が私を喰おうとしているならそれでも良い。話し相手になってくれぬだろうか? 私はここから動けぬのだ」




 不思議だった。こんなに強い力を持つ者が、話し相手を望むのだろうか。




「お前名は有るのか? 」


「…」


「名がなければ不便であろう。そうだなぁ…」




 そいつは夜空を眺め、初めて自分の方を振り返る。




「一夜というのはどうじゃ? 毎夜一番に私の所にやってくるお前に、ピッタリの名であろう? 」




 月夜に照らされて微笑むその顔は、自分が今まで見た中で一番美しい物だった。


 自分に欠けた全てを満たす清らかな力。


 そこに居るだけで、今までの自分が洗われるように感じた。


 なぜ自分はそう感じるのか、もっと知りたかった。


 一緒に居れば分かる気がした。




 勝手に付けられた名前だが、その日から『一夜』と名乗る事にした。


 ただそいつの事が気になり、喰おうとしていた事など忘れて、毎夜話をしに行くようになったのだ。




 それが『定めの巫女』との出会いだった。


 








「『定めの巫女を…殺せ 』か…」




 ククククっ




「戦わなければ守れないならば…戦ってあげましょう。ねぇ? 」


 


 大切な物を二度と失わない為に、誰に話しかけるだけでも呟く。


 邪悪な笑顔を見せながら…。

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