第一話 不穏な予感

 「戻りました」


 組織のセーフハウスに戻ると、雇用主が待っていた。


 「そう固くならなくてもいいぞ?」


 眼光炯炯、たっぷりと髭を貯えた老練の男が俺達の雇い主であり組織の長である当代のグレンオード公の弟であるデュワーズ・グレンオードその人だ。


 「傭兵崩れ五十余名の殺害と貴族の捕縛及び貴族子女の解放は見事という他無い。回収班に回収させに向かわせたから心配もないだろうよ」


 俺が急ぎで書いた報告書に目を通しながらデュワーズは満足そうに言った。

 事前に回収班からの魔導通信で身柄の確認はしていただろうから、俺の報告に虚偽がないかの確認なのだろう。

 互いに互いを疑うのは裏の社会の常、別段不満はない。


 「さて、本題に移るが今から話すのは君の今後の任務についての話だ」

 

 デュワーズは革製の手提げ鞄から一枚の書類を取り出して寄越した。

 

 「これは?」


 普段ならあるはずの口頭での説明が無いのはどういうことなのか……。


 「まぁ読め」


 デュワーズは俺の疑問に答えることはなく、言われるがままに書類へと目を通すことになった。

 なんだこれ……というのが読み終わった後の所感。


 「俺の専門は殺しだぞ?」


 書類に書かれていたのはアバフェルディ公の長女、メイベル・アバフェルディの身辺警護とある。

 そのためには春先から彼女が通う王立ロイヤルブラックラー魔法学校に教師として赴任することが必要になるんだとか。


 「絶対これ俺以外に適任がいるんじゃないのか?」


 デュワーズの作りあげた組織、『暗剣殺』の人員の中には身辺警護を得意とするものもいるはずだ。

 そんな俺の考えを知ってか知らずかデュワーズはかぶりを横に振った。


 「あちらさんからの要望だよ。身辺警護の人間は指名したいとな」


 話を聞いただけでいくつか不可解な点が浮かび上がってきた。

 それは何故、男性跡取り候補ではなくメイベル嬢の身辺警護をしたがるのか。

 そして、何故俺を指名するのか。

 貴族との面識は限りで絶ったはずなのだから今の俺は貴族との関わりなど持っちゃいない。


 「親父、俺の素性はバレてないんだよな?」


 俺は今でこそ平民という扱いになってはいるが、現国王エルギン・ベンリアックの第七子というのが俺の隠している素性だった。


 「宮中の一部の人間を除いてはな?」


 知っている人間は、国王、王女、一部の兄妹、宰相、そしてデュワーズといったところか……。

 この国では忌み嫌われる滅紫の瞳を持ってしまった王族の末路がこれだった。

 かつて背理の魔王が大陸を支配した時代、闇に閉ざされた大陸の覇者たる魔王の瞳の色が滅紫だったことに由来する。

 滅紫の瞳を持つ者は『背理の使徒』と呼ばれ忌み嫌われ、定職に就くことはかなわず奴隷に身を沈めるか死を選ぶ者が大半だった。


 「任務のために貴族特権を使えるのは有難いが、素性を知られるのはなるべく避けたいところだな」


 任務において貴族の宴席や舞踏会、その他行事に参加する必要がある際は王家に連なる者、或いは王家公認の者として双頭のドラゴン、即ちアンフィスバエナの紋章を身につけることができる。

 俺という存在を王家から消したその埋め合わせが国内における様々な特権及び便宜だった。


 「その幻覚魔法が使えるのなら問題はあるまいて」


 幻覚魔法により俺の瞳は余人が見れば、アイスブルーに見えているはずだ。


 「看破されたら口封じに殺せばいい……か」


 俺の呟きにデュワーズは苦笑いを浮かべるとロックグラスに注いだスコッチを口内で転がした。


 「さて、話は戻るがこの依頼はグレンオードとアバフェルディ公爵家の付き合いを考えれば断れないものだ。受けてくれるな?」


 改革派のアバフェルディが何がなんでも守りたいメイベルという少女、不穏な予感を孕んだ話だったがデュワーズがやれと言うなら断ることなど出来ようはずが無い。


 「初めから答えは一つしかないのに訊くんだな」


 皮肉を込めて言ったがデュワーズは、ニッと口角を吊り上げるだけだった。

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