第42話 蛍、真剣な説得をして衝撃を与える

 食堂へ戻ると蛍の分のデザートだけ残してあり、席に着いたらコーヒーを入れてくれた。


「蛍、電話長かったね。って、どうしたの?! 泣いてるの?!」


「い、今よぉ、先生にやっと認めさせたが、石や花のプレゼントはためらっているんだ。『正常な判断できない時に近づいていいのか』って煮えきらなくて。皆で説得してるけど、ずっと平行線で」


「だって、そういう時は優しくしてくれた人になびきやすいというし、それは先生はアンフェアだと思う。彼女も立ち直ってきたら変な言い方だが、正常な判断をして自分は捨てられるかもしれない。良く聞く話さ」


 花音が蛍の様子に驚き、金町が空気を変えようと今までのことを話す。そして先生は酔った勢いもあるのか、自嘲気味に自分の意見を繰り返していた。

正しい部分もあるが、先ほどの伊藤さんや彼のお兄さん達のように失うこと、傷つくことを恐れているのだ。大人になっても、大事な人を失うのが怖いのだ。今までの関係が崩れるのが怖いのだ。蛍は再び泣きながら席に座った。


「ほ、蛍先輩、何があったか知りませんがデザート食べて元気出してください。イチゴが大きくて美味しいケーキですよ」


「七海、良ければ食べて。私はコーヒーだけもらう」


 更に一同は衝撃を受けた。常に人のデザートを狙う食欲魔人の蛍がケーキを要らないという。普段なら病気かと誰かしら冷やかすのだが、今まで観たことのない勢いで泣いている蛍の前では何も言えなかった。


「み、三田先生、ためらってはダメです、グスッ。き、気を使うなら『あなたが誰を想っていても構わない。とにかくあなたを心配して想っている人がここにいる』だけでも、だけでも。つ、伝えてください。そ、それだけで救われる人がたくさんいます、本当です」


 しゃくり上げながらも蛍は先ほどのアドバイスを思い出しながら言った。


「い、石川。何があったのだ?」


「た、たった今、と、とても悲しい話を聞いたのです。相手を想う故の悲劇を。い、今はそれ以上は言えません」


 涙が止まらない蛍はペーパーナプキンを次から次へと使って涙を拭う。


「せ、先生、彼女のことが本当に好きならばプレゼントしてください。

 直接伝えられないだろうシャイな先生のために皆で日本で採れる宝石の石言葉を調べて、採取の候補地を決め、先生のために川を浚い、一緒に贈る花束も重たくならないように花言葉を必死で調べているのです。

それもこれも二人のためなのです。変に彼女に気を遣うと思わぬことで取り返しが付かなくなって手遅れになるから。

 彼女を、いえ、モネ先生だけではなく三田先生や周りを悲しませないためにもプレゼントしてください。私、いえ私達はモネ先生を守れるのは三田先生しかいないと信じています」


 いつもは先導しておちょくる蛍が涙声で真剣に訴える様子に皆、ぼう然としてしまった。


「わかった、わかったから石川。皆が私のことを思ってわざわざここまでしてくれたのだ、約束するよ。だから泣くな」


「本当ですよ、先生。絶対ですよ。わ、私たち、最大限のサポートしますから。だ、黙っていては、な、何も伝わりません」


 少し落ち着いた蛍がコーヒーを飲もうとしたとき、宿の人がホットココアに差し替えてくれた。他の皆の分もある。


「え? コーヒーって頼んだから合ってます。それとも誰か追加したの?」


「コーヒーだと興奮してしまうから、落ち着けるココアがいいかと思ってね、皆さんにもどうぞ。差額は要らないから。優しい生徒さん達で先生も幸せ者だね。その彼女さんに思いが伝わるといいわね」


「ありがとうございます、いただきます」


 ロビーで長話して少し冷えた身体にはホットココアの優しい甘みがすっと身体に沁み入るのがわかる。


「あの石川があんなに泣いて真剣に訴えるなんて初めて見た。どんな哀しい話だったのだろう?」


「金町先輩、今は副部長も落ち着いてないから詮索は止しましょう」


(自分でもこんな感情持っているなんて。あの伊藤さんも悲しみが癒えて穏やかに過ごせるといいな)


(蛍、成長しているのう、こっちではワシの出番は無さそうじゃな)

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