4話 俺の決意

 俺は境界壁シールドを解除した。俺を取り囲むのは、ズタズタに刻まれたケルベロスの死骸。鼻の先にツンとくるような生臭さが尋常ではない。


鼻を強く押さえながらセシリーに目を向ける。


「随分と盛大に殺ったな‥‥‥」


「ヒロト様が戦えないのが悪いのです」


目を瞑りながらプイとそっぽを向くセシリー。


「そこ俺のせいなの‥‥‥?」


 かく言うが恐らく今のは、俺に自分の実力を見せるためにやったのだろう。"私はあなたよりできる子です"アピール。そんな事しなくたって、セシリーが俺より強いことは分かりきっていたというのに。


 とにもかくにも、俺が戦闘系の獲得技能アッドスキルを会得する可能性がないことは分かってもらえただろう。セシリーがこちらを見てきたので、俺は自慢気に腕を組んだ。


「‥‥‥ええ分かりました。獲得技能アッドスキルの会得は諦めましょう」


 セシリーは呆れ顔だった。


「賢明な判断、どうもありがとう。それに、セシリー程強い従者メイドが二人も居れば、ここは安全みたいだし」


 俺は笑むが、セシリーは首を横に振った。


「私の自然技能ユニークスキルは《狂想曲キリングリズム》。一定範囲を酷く刻む荒業ですが、万能ではありません。これはティアナも同様です」


 俺は首を傾げた。それのどこが万能じゃないと言うのだろうか。攻めてくる相手といえば、勇者を筆頭とする人間が普通だろう。刻まれたら堪ったものじゃない。ティアナだってすごい自然技能ユニークスキル獲得技能アッドスキルを持っているはずだ。


「くれぐれも油断なさらないよう、お願い致します」


ふざけているとは到底思えない真剣な表情のセシリー。


「お、おう‥‥‥」


 俺が油断しようがしまいが、変わることじゃないのだろうけれど、反射的に反応してしまった。


「帰りましょう、お夕食の準備がございますので」


「‥‥‥ああ、そうだな」


 こうして俺たちは、屋敷に戻るのであった。



 *  *  *  *  *



 俺は驚いた。なぜなら――


「お帰りなさいませ」


 ティアナが出発時と全く同じように、玄関に行儀良く立っていたからだ。それも、笑顔を絶やさずに。


「お前、ずっとそこに立っていたのか?」


「まさか。ちょっとした鑑定技能スキルで、ヒロト様のお帰りを認知したまでですわ。私奴わたくしめが仕える幹部様にご不快を与えないよう尽くすのが務めですので、お許しください」


機械なのかってくらい綺麗に頭を下げるティアナ。


「あ、あぁ‥‥‥」


 忠誠心に対するその笑顔が少し怖くも感じたが、その一方で俺は感心した。ティアナの言う鑑定技能スキルというのは、獲得技能アッドスキルのことなのだろう。自らが仕える幹部のためにわざわざ会得したのか? そうならば、自分の身ごと主に捧げていることになる。


 そうでなくとも、会得している獲得技能アッドスキルを日常の中に器用に組み込んでいる。傲っていないのが何よりの証拠だろう。


 こいつら、敵対する人間であり何もできない俺が空白となった幹部の枠に入れられて、相当不満のはずだ。それでもおのが役目を全うしている。行動が完璧だ。


 セシリーは"魔王様の命令だから"と言っていた。魔王が命令すれば、あの従者メイドらは死ぬことも厭わないだろう。忠義が半端ではない。


 魔王軍幹部‥‥‥。俺には想像以上に疲れる役職みたいだ。


「私どもはお夕食の準備に取りかかりますので、ヒロト様はごゆっくりお待ちください」


 ティアナは俺を居間へと促した。俺は頭を掻きながら、それに従った――。



 ――キッチンにて。調理をするティアナとセシリー。


「それでセシリー。ヒロト様のご様子は如何だったの?」


「ええ、本当に守りしかできていませんでした。筋力も低いです。戦闘系の獲得技能アッドスキルを会得するのは困難でしょう」


 セシリーはため息をついた。


「そう落ち込むことはないわ。きっとヒロト様にはすごい力があるのよ」


「あの方のステータスを鑑定してみましたが、本当にあの自然技能ユニークスキルしか持っていなかったのですよ?」


「魔王様が何のお考えもなしに、人間を幹部として務めさせるはずがないでしょう?」


 その言葉にセシリーはしばらく黙った。確かに、これは魔王様のご命令だ。あの日、あのようなことがあって、悪しき人間を幹部に置くことなどあり得ない。何か理由があるのだろうが、ヒロトはあまりに弱すぎる。


「そうですけど‥‥‥、にわかには信じられませんね」





 ――俺はまた、ソファーに寝転がっていた。やはりこれが一番だ。前世の当時は、もうこれほどのんびりする日は来ないだろうと思っていた。だが、今俺は居間でのんびりしている。あ、掛けた訳ではないよ? 素直な気持ちな、これ。


 異世界に来てからの三年間だって、まぁワクワクしてたのは確かだよ? でも、さすがに疲れてしまった。三年間って、修学旅行だって三泊四日ほどなのだから、飽きてもおかしくない。そりゃあ、こういうのんびりを求めるさ。


「ヒロト様、お夕食の準備が整いました」


 ティアナが俺を呼んだ。俺はゆっくりと起き上がって食卓へ向かう。


――すると待っていたのは、あまりに豪華なdinnerだった。


 皿が数えて二十枚くらいありそうだ。サラダにスープに肉にケーキ。あれ? 宴でも始まるんですかねこれ?


「今日って何かの記念日だったっけ?」


「ごく普通のお夕食にございます」


 淡々と答えるセシリー。俺は苦笑。これが日常なのか。やっぱかなり疲れそうだが‥‥‥ダラダラできればそれで良い。


 異世界転生から三年。人間だけど、俺は魔王軍幹部としてダラダラしてやる!!

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