スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜

藤花スイ

第一章:スキル獲得編

第1話:約束

 草木の間を縫うように走る幼子がいた。

 彼女はセネカだ。


 セネカはコルドバ村で生まれた。

 冒険者の両親に育てられ、お転婆になった。


 父は剣士、母は魔法使いだった。

 五歳の時、父は護身用に剣術を教えた。セネカは剣術にのめり込み、一人で近くの森に入るようになった。

 自分で削った木の棒を振り回していたから、ついたあだ名は「棒振りセネカ」。村では白い目を向けられていた。


 やっていたのは剣の真似事に過ぎなかった。

 魔物のいない森で、小ネズミや野うさぎを相手に冒険者の振りをしていただけだ。

 だが、セネカにとってはそれが何より楽しかった。


 母は言っていた。

「あなたはその歳に見合わないほどたくさんの魔力を持っているわ。十歳になったらきっと魔法のスキルが発現すると思うの。今はお父さんに剣を習っているけれど、スキルを得たら、お母さんがみっちり鍛えてあげるからね!」

 母はいつも笑顔で、楽しそうに将来の話をした。


 村の女の子はみんな、森の入り口でおままごとをしたり、木の実を拾ったりと、お嫁さんになる準備をしていた。

 親友のキトは村で浮いていたセネカにいつも良くしてくれた。

「セネちゃんの髪はきれいだね。薄い茶色に見えるけれど、光に当たると銀に輝くの。顔立ちも整っているし、大人になったら美人さんになるよ」

 キトは同い年なのに、お姉さんのような存在だった。


 村の男の子たちは、みんなで森に入ってケンカごっこや剣の練習をしていた。

 一時はセネカもそこにいたが、ただのお遊びだと感じてからは距離を置くようになった。

「女のくせに棒ばっかり振りやがって。泥んこセネカ!」

 そう言われたのも離れたきっかけだった。

 

 セネカはいつも一人で森の少し奥に入って、小さい動物たちを相手に冒険者の訓練をしていた。

 セネカは真剣だった。





 六歳の時、いつものように森に入ると見知らぬ男の子がいた。黒髪で小柄な男の子だった。

 丁寧に作られた木刀を懸命に振っていて、セネカは好感を抱いた。


「ねぇ、君だれ?」

 セネカが声をかけると黒髪の少年が振り向いた。

 セネカを見る瞳は青みがかった翡翠色で、見るものを引き込む美しさがあった。


「僕はルキウス。君こそ、だれ?」

「私はセネカ。棒振りとか泥んこって呼ばれているの。知らない?」

「知らない」


 そう言って、ルキウスはまた素振りを始めた。

 セネカもルキウスから少しだけ離れて棒を振り始めた。

 黙々と二人で剣を振る時間がセネカにはとても心地が良かった。


 それから森で見かけるたびに二人は剣を振って、合間に話すようになった。

 情報通のキトによると、ルキウスは最近この村に越してきた冒険者の息子らしい。

 ちょっとだけオドオドした様子だが目鼻立ちのはっきりした美少年であるので、村の女の子の間で話題なのだと言う。

 だけど遊びに誘ってもつれない様子だからセネカとは違う意味で浮いた存在になっているらしい。


 同じ冒険者ということで、セネカとルキウスの両親はいつの間にか知り合いになっていた。

 セネカの話を聞いたルキウスの父親は、セネカの剣も見てくれるようになった。

 ついでだからと言ってルキウスと同じ木刀をセネカに渡したので、セネカはさらに剣にのめり込むようになった。

 その様子を見たセネカの両親はついに観念して、セネカに本格的に剣を教えることにした。


 セネカの父は剛の剣士、ルキウスの父は柔の剣士。

 違う種類の剣士を手本にして、セネカとルキウスはメキメキと剣の腕を上げていった。





 七歳になる頃、森に魔物が出現するようになった。そのおかげでセネカは村の中で剣の練習をせざるを得なくなった。


 セネカはいつもルキウスと一緒に剣の練習をしていた。

 ルキウスを誘ってもつれない返事ばかりされていた女の子たちはセネカにやっかみを言うようになった。

 男の子たちは自分よりもはるかに強いセネカに対して、以前よりも揶揄いの言葉を多くぶつけるようになった。

 

 色々言われるのはセネカが一人の時だった。

 セネカは全く気にしていない振りをしていたけれど、本当はちょっとずつ傷ついていた。

 父も母も、そんなセネカをいつもじっと抱きしめて、ゆっくりと頭を撫でてくれた。

 だからセネカはなんとか耐えられた。


 それに、キトとルキウスだけはいつも味方でいてくれた。それがセネカはとても嬉しくて、二人に心から感謝した。

 そういうときにセネカは幸せを感じた。





 ある日、セネカの家に村長が飛び込んできた。隣の村にオークキングという魔物が出現したらしい。

 この村にやってくる可能性もあるので調査に行かねばならないという。そこでセネカとルキウスの両親が四人で隣村に行くことになった。

 ルキウスの母親は【回復魔法】のスキルを持つ神官で、この四人が集まればどんな魔物だって倒せるとセネカは信じていた。

 ルキウスもそう思っていた。


 旅立ちの前、四人の大人たちは二人の子供をしっかりと抱きしめた。

 

 父は娘に言った。

「セネカ、俺たちがいない間も前向きに過ごすんだぞ。そうすれば道はひらく」


 そして、母も言った。

「セネカ、あなたは素晴らしい大人になって将来何かを成すわ。だから自分を大事にして信じる道を進みなさい」


 セネカは両親の言っている言葉の意味を半分くらいしか理解できなかった。けれど、その言葉は脳に深く刻み込まれた。

 いつもより抱擁は強く、両親の愛情を心の奥まで感じることができた。


 セネカとルキウスは、両親が帰ってくるまで村長の家でお世話になることになった。村長も奥さんもとても良い人で、二人に美味しいご飯をたくさん食べさせてくれた。


 そして六日後、セネカとルキウスは孤児になった。





 八歳の時、セネカとルキウスはバエティカという街の孤児院にいた。


 セネカとルキウスの両親は命と引き換えにオークキングを討伐した。

 近隣の村々の英雄であった。

 四人は愛する子供たちのために犠牲になることを選んだのだ。


 セネカとルキウスはしばらく村長の家で暮らしていた。

 だがある時、冒険者のいなくなった村にオークの残党が攻めてきて、村は崩壊してしまった。

 村長はセネカとルキウスを手放したくなかったが、他にも孤児になった子供たちが多くいたので、その子達と差をつけてしまうことに戸惑った。

 二人を早く養子にしてしまえばよかったのだが、そう簡単に決断できるようなことではなかった。


 村長の妻はバエティカの孤児院に二人を送り届ける時、こっそりと二人を連れ出して冒険者ギルドの銀行に行った。

「オークキング討伐の報酬が国から出ているの。これはあなたたちの取り分よ。冒険者ギルドの銀行は魔力波で識別を行うから誰かに取られることはないわ。大人になったら取りに来なさい。田舎であればずっと暮らしていけるほどの大金が入っているから」


 そして、二人を強く抱きしめて涙を流した。

「セネカ、ルキウス。私は二人を自分の本当の子供のように思っていたのよ。それなのに無力でごめんなさい。もし孤児院での生活がどうしても耐えられなかったらルシタニアに来なさい。私たちはそこに移住することになったから」


 セネカとルキウスも涙を流していた。

 居場所を失った二人にとって、村長の家だけが拠り所だったが、その場所はまたもや魔物によって失われてしまった。





 両親が亡くなってから、セネカとルキウスは縋り付くように剣の稽古に励んだ。

 

 両親の訃報が飛び込んできた後、帰ってきたのは二本の武器だけだった。

 

 ルキウスはセネカの父の両手剣を手に取った。ずいぶん重く感じたが、それがルキウスの心を落ち着けた。

 セネカはルキウスの父の刀を手に取った。柄が太くて握りづらかったが、それが却って強さを与えてくれるように思えた。


 初めの頃、セネカは落ち込んだ。

 ルキウスも落ち込んでいた。だが、塞ぎ込むセネカを見て立ち上がったのだ。

 そんなルキウスを見て、セネカも起きようとした。だが、力が入らなかった。

 そんな時、ルキウスが言った。


「セネカ、強くなるんだ。僕が剣士でセネカが魔法使い。最高の冒険者になろう。だって僕たちは英雄の子供なんだから」


 ルキウスはセネカに手を差し伸べた。

 オドオドした様子はどこにもなかった。

 二人が偉大な冒険者になることを微塵も疑っていないような、そんな様子だった。


 セネカは手を取った。


「私が剣士でルキウスが回復士かもしれないよ?」

「それでも良い。父さんたちみたいになって色んな人を救うんだ。その時、僕のパートナーはセネカしかいない」


 その時のルキウスの笑顔はあまりにも華やかで、セネカはずっと忘れることがなかった。

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