【偲愛】第七話「いただきます」

 小僧が完全にこちらへ引っ越してきて数日が経った。


 本人は気にしないようにしているようじゃったが、どうしてもユキナとかいう小娘の事が気になっているようじゃった。


 まぁ、まだ別れてほんの数日じゃ、気にするなという方が無理という話かもしれん。


 ワシはワシで、ルーラシードの痕跡が全く追えずに少し焦っておった。


 普段ならここまで範囲が絞れていれば、少しずつ範囲が絞れていくものなのじゃが……。


 先日の反応が一時的なもの――つまり、旅行や仕事などでたまたま日本に滞在していたか、あるいは逆に今は日本から海外へ出ていってしまったか。もっと最悪なものとしてルーラシードが死亡してしまった可能性もあるが……。


 そうなってしまえば、事実上スタート地点に戻ったのと等しい状況となる。調査自体は順調すぎるくらいの進捗速度ではあるが、やはりスタート地点に戻るというのはいつだって落胆してしまう。


「ヨーコ、ご飯ができたよ」


「あぁ、すまんな……」


 今まで自炊など最低限しか出来なかった小僧が、いつの間にかそれなりに料理が出来るようになっていた。


 まぁ、千年もの間二人旅をしていたのに、お互いに料理が出来なかったのもどうなんだという感じではあるが、お互いに不老で食事も少なくて済むし、病気をすることも基本的になかったが故、あまり気にすることもなかった。


「やっぱり、お主は変わったのう」


 ワシは食卓に並ぶ料理を見ながら、椅子に座った。


「ユキナちゃんとはキッパリと別れてきたし、これでこの並行世界を離れることができる。彼女もきっといつかは僕のことを忘れて生きていくことになるだろう。ただ、彼女から貰った料理の技術とか思い出とか、そういったものは例えこの並行世界を離れても僕の中でずっと生き続けていくんだ」


「相変わらず詩人よのう。じゃが、ちゃんと良い別れ方をしたな」


 ワシは微笑みながらそう言い、エビフライをフォークに刺して食べようとする。


「小僧、このエビフライ、タルタルソースがついとらんぞ!」


「それくらい自分で冷蔵庫から出して付けてよ」


「気が効かん男よのう……」


 ワシは椅子から降りてテクテクと冷蔵庫へ向かい、冷蔵庫からタルタルソースを取り出して再び自席へ戻った。


「レイラフォードの子と会うのは明日で良かったんだよね?」


 キッチンから料理を運びながら小僧が尋ねてきた。


「うむ、そうじゃ。約束の取り付けはしておいたからのう、明日はよろしく頼んだぞ」


 料理を全て運び終わった小僧も、席へ着いて食事を摂り始めた。


「いただきます」


 小僧が手を合わせて呟く。


「料理もそうじゃが、随分と日本の様式に染まっておるのう」


「最初にユキナちゃんに食事を御馳走ごちそうになったときから、何度も『いただきます』って言わずに食べてたら結構注意されてね。おかげで習慣づいてしまったよ」


「習慣づけるのは別に良いが、次の世界へ行くまでには忘れておくんじゃぞ。次の世界の日本でも『いただきます』が食前の挨拶とは限らんからな。そもそも同じ世界でも国が違えば文化も違う、ごうりてはごうしたがえじゃ」


「魔女狩りしてる国で魔法使っておいてよく言うよ」


「黙れ」


 ワシは小僧が作った料理を次々とたいらげていった。本当に少し前まで大して料理が出来なかった男とは思えない出来映えじゃった。


 今では大学での昼食の弁当も小僧に作ってもらっておる。なかなか憎いもので、小僧の作る弁当がまた可愛らしいのなんの。


「ところで、明日の駅で待ち合わせにしておるが、お主はワシと共にいくか?」


「うーん、まぁ事前に合流したって設定にしておけば同居しているとはわからないとは思うけど……。ただ、ヨーコはどうせあの車庫にある車で行くんだろ……?」


「なんじゃ、いかんのか」


 ワシのお気に入りのスーパーカーじゃぞ。最高時速三百五十キロメートル、燃費効率を重視した流線型りゅうせんけいではなくデザインを重視した直線美、V型十二気筒きとうの美しいエンジンは少年だけでなく大人だって心躍こころおどるではないか。何が問題だと言うのじゃ。


「目立ちたくないというのが一番だけど、一応ヨーコは大学生という設定なんだから、その年齢の子がそんな高額な車乗ってたらおかしいだろ。そもそも今のヨーコの見た目と似合わないっていうのもあるし」


 むむむ……。言わんとすることはわからんでもない……。自分で作った設定に合わぬことするわけにはいかんからな。次からはもっとセクシーなレディに化けて乗り回すことにするかのう。


「わかったわい、じゃあ明日は歩くなり何なりでワシが先に待ち合わせ場所に行き、その後にお主が来い。お主が先に着いてもレイラはお主のことを知らんからのう」


「うん、それが良さそうだね」


 ワシは出された料理をパクパクと素早く全て平らげた。


「うむ、美味かったぞ! よし、ワシはもう風呂に入って寝るからな、食器の片付けは頼んだぞ!」


 ワシは椅子から飛び降りていそいそとシャワールームへと向かう。


「はいはい、わかったよ、女王様」


 小僧のあきれた声が聞こえる。

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