【最愛】第二話「素敵なお名前ですね」

 翌週の日曜日。私は普段よりも少しだけオシャレをしていた。


 普段は着飾きかざっていない……というわけではなく、可愛い後輩の知人の男性に会うのだ、少しくらい気合を入れなければ、ヨーコに恥をかかせるわけにはいかない。


 それに、もしかしたらその男性が『運命の相手』という可能性もゼロではないのだから、いつだって私は初対面の相手に対しては全力でぶつかるようにしている。

 

 今日は白いセーター、紺のコートにスキニーデニムと、服装自体はカワイイ系というよりはクール系と言えばいいのだろうか。

 スカートよりもパンツの方が好きだし、可愛いよりもカッコいい服装の方が私の好みだ。


 初対面の相手には全力でぶつかるとは言ったが、別に相手にびた格好をするという意味ではない。

 あくまで私はこの格好が好きというだけで、着たい服を着ているにすぎない。もちろん猫をかぶって会うわけでもなく、あくまで私という人間をありのまま出すだけだ。


 まだ漠然ばくぜんとしているが、きっと大学を卒業してどこかに就職したら、スーツもスカートではなく、こういったパンツスタイルで仕事をする職にきたいという希望はある。



◇ ◇ ◇



 ヨーコとは駅の構内こうないにある大きな時計の下で待ち合わせる事となっている。


 日曜の昼の駅は人でごった返しており、人を一人を見つけるだけでも一苦労である。そのため、待ち合わせ時間の少し前に到着してヨーコを探そうと思っていた。


「レイラさーん!」


 そこにいたヨーコは、ひらひらしたカワイイ系の薄いピンクの服で統一しつつ、白のショートパンツをくという、あざといコーディネートをしていた。


 しかし、それが気にならないというか、ごく自然に見えてしまうのはヨーコという素材がす技なのだろう。私とは全く逆の服装が着こなせるというのは、ある種のうらやましさと尊敬の念をいだいてしまう。


 それでいてブンブンと小動物のように手を振って自分の場所を教えている。性格もいい子だから、大学でもきっと彼女とお近づきになりたい男子は多いのだろう。


「レイラさん、今日はありがとうございます! それにしても結構早いですねぇ、多分彼が来るまでしばらくかかっちゃうと思いますよ?」


「ちょっと早すぎたかしら……。そうね、飲み物でも買ってこようかしら」


 まだ時間はあるようだし、私は一度引き返して売店で飲み物でも買うことにした。



◇ ◇ ◇



 歩きながら辺りを見回す。


 駅の構内こうないを歩く人は多い。


 何十人、何百人と擦れ違っている。


 きっとこのすれ違う人達もみんな恋をして、時には失恋することもあるだろう。


 でも、私にはきっと一生わからないまま、終わるのかもしれない。



 ――そう思ったとき、たまたますれ違った男性の小指と、私の小指が少しだけ触れ合った。



 瞬間、私は胸の奥からマグマのように熱い気持ちがき上がり、顔まで真っ

赤に染まった。


 私は振り返ってその男性を探した。


 すると、その男性もまた振り返り、紅潮こうちょうした顔で私のことを見ていた。


「あ、あの! わたし! レイラ=フォードと言います!!」


 気がつくと私は胸に手を当て、あせったような声で名乗っていた。


「僕の名前は【ルーラシード】。レイラさんか、素敵な名前だ」


「そ、そんな……【ルーラシード】さんこそ、素敵なお名前ですね」


 私は本能的に理解した。これが赤い糸で結ばれた『運命の恋』であると……。


 アジアにはそでうも多生たしょうえんということわざがあるらしい。道をすれ違う際にそでが触れてしまうのですら前世からの『えん』があるという意味らしい。


 まさにその通り、指が少し触れただけで恋に落ちてしまうなんて、運命的な何かを感じてしまう。


「あ、あの! もし良かったら……! 今からお茶でもしませんか……!?」


 自分でも声がふるえているのがわかる。


 あまりの緊張で今にも目眩めまいで倒れてしまいそうなくらいだった。これが恋、これが運命の出会い、私の目の前にはいま最愛サイアイの人がいる……! なんて素敵なものなのだろう……!


「うん、もちろん。僕はここに来るのが初めてでね、どこか良いお店があったら紹介して欲しいな」


 彼はニコッと笑顔で微笑ほほえみかけてくれた。その笑顔はまぶしく、まるで大地をらす太陽のように感じた。


 今、自分の顔を見ることは出来ないが、恐らく人生で一番赤面し、そして笑顔になった瞬間だったのかもしれない。それくらい私は舞い上がっていた。



――それこそ、ヨーコとの約束なんて吹き飛んでしまうくらいに……。

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