不愛想なイケメンに耳かき<上>


「最近、聖女様がよくここに来るな」

「タッキーラはソニア様が嫌いなの?」

「そういう訳じゃないが、好きではないかもしれないな」

「何でよ?」


ソニア様ってば、あんなに素敵な人なのに。美人で優しくて、マジヒロインなのに。それでどうして好きじゃないんだろう。

そうソニア様は素敵な人、ソニア様ハ素敵ナ人、ソニアサマハステキナヒト、ソニアサマハ……ハッ!? あれ? 今、何考えてたっけ??


「あの人は悪人じゃないし、この国に尽くしてくれているのは間違いないと思う。きっと俺などよりも立派な方だ。だが、何となく胡散臭い」

「何よ、それ?」

「うまく言えないが、何となくだ」


何となくって、理論派のタッキーラらしくないな。そういえば先生も以前、妙なことを言ってたな。たしか「ソニアちゃんはちょっとだけ物騒な力を持ってるけど、根が善人だから問題ないよ~」だったけ? 治癒魔法に加えて物騒な力か……禁じられた闇の魔法とか? ヤバいカッコイイかもしれない。


「……何よ」

「いや、急にニヤけだして、不気味なヤツだと思っただけだ」

「う、うるさいわね」


自分自身で心当たりがあるからこそ私も強く出来ない。かつてオタク文化に染まっていた宿痾しゅくあとも言うべきか、ときおり私の心の中では中学二年生が大暴れすることがあるのだ。


「まぁ、俺からするとどうでもいい事だ……そうだな。だが強いて言うなら、百塔亀の件だけは文句を言いたいな」

「ああ、その話」

「そうだ。値段が上がったせいで、なかなか手に入らなくなった」


それはしばらく前の出来事だ。ランドナ王国の東の方の漁村から薬の原料である百塔亀という亀の甲羅を購入していた。現地では亀の肉を食べ、いらない甲羅を薬の材料として購入する。非常にエコでウィンウィンな関係だった。だが今では、その甲羅がなかなか手に入らなくない。

村人からすると肉だけ食べたら別に必要ない甲羅なのだが、その村に甲羅で細工物を作るという変わった村人がいたらしい。ほとんど趣味の手慰みでやっていて、売ったりすることも別になかったらしい。それの一つがソニア様の手に渡ったのだ。見事な鼈甲細工の髪飾りをソニア様が褒めると、あら不思議。研究室に届く甲羅の数が激減した。


「ひなびた漁村に新たな産業が生まれたのは良い事なんでしょうけどね」

「そんなもの知ったことか」


行ったこともな漁村が繁栄しようとタッキーラには興味がないらしい。もっとも私としても、実はどうでも良かったりする。そういえばソニア様が今度、鼈甲の耳かきを作るとか言ってたな。もしもそれがヒットしたら、もっと甲羅が手に入らなくなるんだろうな。そんなことを考えながらちょっと意地悪に言ってみる。


「何だったら、自分で海に潜って捕りに行ってみたら?」

「先生じゃあるまいし、そんなこと出来るか」

「だよね~」


タッキーラも仕事の関係で生産地に行ったり、生産業者と付き合いがあったりもするが全てではない。珍しい材料ならばなおさらだ。超凶暴な魔獣の肝を取るために、自分で魔境におもむいて、超武術で巨獣を圧倒して、材料を入手してくる。最強のAランク冒険者だけに許された暴挙だ。そしてそんな暴挙に助けられた私だったりする。


「あの亀の甲羅は実に美しかったんだがな」


琥珀色の亀の甲を思い出したのか、タッキーラはうっとりとする。イケメンだから割と許されてるけど、コイツはコイツでなかなかの変態だ。


「よく解んない趣味ね」

「それはそうだろう。他人の趣味などそんなものだ。俺もお前がよく奇声を上げているが、未だに何が楽しいのか理解出来ん」

「別に趣味じゃないわよ! っていうか、奇声なんてあげてないでしょうが!!」

「いや……今、上げているのだが?」

「……あっ!?」


言われて思わず口を閉じる。

最近ようやく気付いたのだが、この世界には『ボケとツッコミ』という文化が存在しない。なので、相手の言葉に素早く反応して言い返すと奇声認定されるのだ。難しいな異文化コミュニケーション。


「うむ、何度か聞いたが未だに解らんな、その『ボケ』と『ツッコミ』という概念は」

「そりゃ、そうでしょうね。こういうのは上手く言語化するのが難しいもの」

「そうだな。それに俺はどちらかというと言語よりも、お前のいた世界の動植物に興味がある。例えばお前がいつも耳掘りに使っている道具の素材である『竹』だ」

「え? これ?」


言われて、いつもの耳かきを取り出す。


「そう、それだ。面白い素材だな。繊維が全て綺麗に並んでいて実によくしなる。ぜひ材料になる前の状態を見て見たいものだ」

「そんなに面白いかな?」

「ああ、面白いな」


タッキーラは私から耳かきを受け取ると軽く曲げて耳かきをしならせて見せた。


「そういえば『竹』自体はお前の国ではありふれた素材だと言っていたが、この道具自体は珍しいものなのか?」

「えっとどうだろ。そんなことない……と思うわ」

「思う?」

「うん、もらいものだから。私が通ってた耳かき屋さんのお姉さんからさ。プロ仕様……かもしれないから、ちょっとお値段はするかも?」

「ふむ、高価なものなのか」

「そうとは限らないけどね」


勘違いしそうなタッキーラに私は慌てて訂正し、私はふと思い出す。


「ああでもそう言えば、最初にこれを見たとき先生が変なこと言ってたわね」

「まぁ、先生はたいてい変だからな」

「いや、それはそうなんだけどさ……」


ってか、お前がそれを言うか。

半眼で目の前にいる変態イケメンの顔を眺める。


「何だ?」

「別に」

「そうか?……で、先生は言っていたんだ?」

「ああ、それね。たしか――」


先生にここに連れて来られて、荷物検査を受けたていた時のことだ。教科書やスマホに目を止めずに、この竹の細い棒を見て言ったのだ。


「えっと確か……『これ作った人、ワシより大分強いから、お守り代わりに持ってるといいよ』だったかな?」

「先生よりもさらに強い? お前のいた世界というのも侮れないな」

「いや、科学技術ならともかく、個人であんな怪物みたいに強い人間いないわよ」


あの時は異世界転移したばっかりでバタバタしててそれどころじゃなかったから聞き流してたけど、あれって凄く変な発言だ。ドラゴンも巨人も魔女もいない地球で、あんな強いおじいちゃんよりもさらに強い人間がいるとか意味わかんない。


「まぁ、でも、異世界にやって来ていきなり角の生えたでっかい熊に襲われてた私が都合よくカラッシニ先生に助けられたりとか、その後も耳かきのおかげで気に入ってもらえたりとかしてるわけだからお守り代わりにはしっかりなってるわね」

「ふむ、そうか……」


言われてタッキーラはしげしげと耳かきを眺める。

そうして私に言った。


「興味が湧いたな。俺にも耳掘りをしてくれないか?」

「え!?」

「何だ、駄目なのか?」

「いや、駄目じゃ……ないけど」

「そうか、なら頼む」

「あ、うん……」


思わず頷いてしまう。ソニア様のときにも思ったのだが、この世界の人たちって耳かきを知らないから、これが本来『それなりに親しい人』じゃないとやらない行為だという意識がない。多分、私がほいほいカラッシニ先生に言われるままにやったり、そういうお店が日本にあるという話をしてしまったからだろう。タッキーラは特に悩む素振りもなくいつもの長椅子の上に座る。

私としても先生やソニア様にもしてるんだから今更だし「まぁ、いいか」と思って長椅子に座ったところで――


「そういえば、サユリ。以前から思っていたのだが」

「何よ?」

「お前は耳掘りをするときに隣に座って相手の耳を触っているな」

「それがどうしたの?」

「いや、横になって寝た方が耳を触りやすくないか?」

「!?」


――この男、とんでもないことに気づきやがった。


「どうした?」

「あ、いや……その」

「まぁ、いい」


そう言って、あろうことか長椅子にゴロリと横になる。

横になる。

そう、横になる。

私の膝の上に頭を乗せて横になったのだ。


「ああああああああ、あんた……」

「どうした?」

「あ、いや……」

「?」


それがどうしたとばかりに眉を顰める。

いや、ちょっと待て!

いきなり膝枕とかおかしいだろ!?

異世界だからか? 異世界だからいきなり膝枕とかしても許されるのか?

それともコイツがイケメンだからか!? イケメンだからってこんなことして許されるとでも――


「何だ、耳掘りはしないのか?」

「あ、うん……」


ただ悔しいことにこの男。顔の造形だけは非常に整っていらっしゃるのだ。

うん、きっと異世界では耳かきと同じで「膝枕は親しい人じゃないとしない」とか、そういう感覚がないんだ。そういうことにしておこう。

膝の上で無防備に寝っ転がる横顔に悩んだ末、私はこくんと頷いて耳かきを構えた。


「じゃあ、するけど……」

「うむ、頼む」


これまでカラッシニ先生やソニア様が耳かきしてるところを見ているからだろう。

コイツ、全然緊張する気配がない。むしろ私がちょっと緊張している。


「じゃ、じゃあ……みみ、触るわよ」


私はタッキーラの耳たぶにそっと触れる。

ぬぅ……すべすべして触り心地は悪くない。コイツ、男のくせに美肌だからな。

おっと、いかんな、集中、集中。

指先の感覚を頼りに柔らかな耳たぶをゆっくりと摘まむ。


モニモニ、モニィ~~


最初は緩く。


モミモミィ~、モミモミ~~


徐々に温かくなるのに合わせ少し強く。

耳たぶの外側を這うようにマッサージ。


「どう? 痛くない?」

「悪くないな」


私の膝の上で思うさま耳を触られているのだが、タッキーラは嫌そうな素振りも見せずに身を任せている。そしてちっとも照れた様子がない。いつもの憎らしいくらいのクールで綺麗なお顔のままだ。

よし、耳を引っ張ってやろう。

とは言っても、別に痛くするつもりはない。少し刺激を与えてやる程度だ…………えい!


「んぅ……」


小さく息を漏らすのが聞こえる。

そのとき私の中で変なスイッチが“カチッ”と入った音が聞こえた。


「じゃ……じゃあ、耳の中もやってくわね」

「ああ、やってくれ」


タッキーラの返事に構えた耳かきをそっと耳の穴の縁に沿える。

耳かきの先端の匙の部分。ゆるく曲がったカーブの部分をペタリと当てる。

引っ掻くのではなく、圧し当てる。

マッサージするようにして耳の穴の入り口を揉むのだ…………どうだ?


「…………くっ」


タッキーラは身じろぎする。

おっ、今「くっ」って言った。タッキーラが「くっ」って言った。

ヤバッ、何か楽しくなって来たぞ。

さらに変なスイッチが“ガチッ”と入る。


「ああ、ここ、ちょっと汚れてるわね」


何かわざとらしく言って、耳の穴の縁を匙の先っちょで引っかける。そうして耳の穴の縁を引っ張るようにして刺激を加えた。


「……んぅぅ」


今度は先ほどよりも大きめの声が漏れる。

見れば、いつも仏頂面の綺麗なお顔がちょぴっとだけ緩んでいる。

それを見て“ガチンッ!”と頭の中の変なスイッチが完全にONに切り替わるのを私は確かに感じた。


「……サユリ?」


何か不穏な気配を感じたのかタッキーラが横目で私の顔を見上げる。

だがそれも仕方がない。きっと今の私はとんでもなく邪悪な気配を発しているだろう。何かそんな気がする。

彼の声なんて完全に無視して、私は自らの欲求を確かめるために耳の穴の奥へと侵攻を始めた。

まず狙うのは入口のすぐそばにある窪みの部分。ここはまず自分では触れない。そんな誰も触ったことがないであろう彼の耳の中へ無遠慮に耳かきを差し込む。


――――ツッッ!


差し込んだ場所には垢の塊が堆積していた。見えにくいが指先の感覚で判る。

私はそれを端の部分から少しずつカリカリと削ってやる。


カリカリカリ、カリカリカリ……


古代の遺跡を発掘するように、優しく、丁寧に、少しずつだ。

ほら、ここ、この感じ。

ぬふふ、ゆっくりとカリカリしてやろう。

完全にスイッチの入った私は超集中!

一心不乱にタッキーラの耳の穴の中を責め立てる。


「うぅ……これは!??」


恐らくは初めての衝撃なのだろう。

解る。解るよぉ~。耳かきっていうのは気持ちがいいんだよぉ~。


「ここ、カリカリしてるの聞こえる?」

「ああ、凄い……音が鳴っているな」

「そうでしょ、そうでしょ~♪」


私が耳かきをくいっと動かすと、タッキーラの肩がピクリと震える。

さぁ、カリカリはここまでだ。次は耳垢をべりッと剥がしてやろう。

私は繊細な指使いで耳かきを操ると、引っかかった耳垢を一気に剥がす。

よし、ここだ!


――――ベリリッ!!


引っ掻けた耳垢が剥離される。耳道にへばりついた耳垢が一気に除去されるのだから、その解放感は凄まじいものだ。

その証拠にタッキーラの口から「おおっ!」という驚きの声が漏れている。


「どう?」

「ああ、ああ、これは……驚いたな。先生が執心するわけだ」


普段の冷静な表情はどこへやら。頬を僅かに朱に染めてタッキーラは応える。

ぬふふふふ……いい気分だ。あの、無愛想で、標本マニアの変態で、いつも私に失礼な事ばかり言う、イケメンなだけが取り柄なタッキーラが私の膝の上で身もだえる。それが得も知れぬ興奮を私にもたらしていた。

よし、次はいよいよ、そのお耳の穴の奥の方を……


「ええっと……サユリちゃん、タッキーラと仲が良いのは構わないけど、そういうのはおうちでやろうね」

「――――っっっ!!!!?」


心臓が飛び出しそうなほど驚いた。声をかけたのはカラッシニ先生だ。


「あ、あああ、あの、先生?」

「あ~っと、サユリちゃん。ワシも耳掘りしてもらってるから言うのもアレだけど、お膝にお顔をのせてやるのはちょっと控えたほうがいいかも。ここは職場だからね~」

「いや、その……先生これはですね」


ドギマギしながら答えるも当のタッキーラは私のお膝の上でのんびりとくつろいだままだ。というか、降りろよ、おい!


「ああ、先生。発見です。こうやって横向きになって耳掘りしてもらうと効率がいいですよ」

「いや、遠慮しとくね。そういうことすると、きっとワシ、奥さんに殺されちゃうから」

「そうですか」


残念そうに言うと、タッキーラはむくっと起き上がって何事もなかったかのように仕事に戻っていく。残ったのはアホみたいにポカンとした顔で立ち尽くす私と、苦笑いするカラッシニ先生だ。


「えっと……サユリちゃんってタッキーラとお付き合いしてたの?」

「いえ、付き合ってないです。顔は好みですが」

「正直だね。そういうとこワシ嫌いじゃないよ」

「ありがとうございます」

「誉めてないけどね。まぁ、彼は天然だからストレートに言わないと解んないと思うから」

「そんな予定はないです……たぶん」

「そう? まぁ、いいけどね。じゃあ、これ」

「はい」


手渡された資料には材料が記されている。これは今からすり潰して掻き混ぜろということだ。



ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ、ゴリゴリゴリゴリ、ガリガリガリガリ、ゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリ…………


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