第17棺 はじめて その4

 異教神いぶつ狩り。1000年続くギシア公国という大国が900年ほど前に始めた酔狂。自分たちの信じる神以外の神は全て偽物で、偽の神はこの世の争乱と破滅をもたらす。よってギシア公国が掲げる一神以外の神は全て滅ぼせというなんとも短絡的な迷惑行為ヒーローごっこだ。

 しかしこれを我欲の強い自分主義な、人の痛みを少しも理解しない馬鹿が先導し、その馬鹿を盲信する阿呆どもが増えれば迷惑行為は国に広がり、他国を攻め入る大義名分にまで膨れ上がる。肥大化した忠誠心がよくは他国の文化、歴史にまで偽の神が宿ると認定され、その国の価値や文明まで滅ぼす。

 まさに人間社会に生まれた怪物。自分以外の自分を否定する全てを抹殺するエゴの権化。それがギシア公国の裏側である。


「一度ギシア公国あっちにも行ったことがあるが、ここまでズレ始めているとは」


 修道士の術を一息で吹き消し、燃え盛る炎を散らす。ビバルはガキを抱えて我の後方側から一気に森の奥へと逃げ込む。


「がっかりじゃ」


 目の前の男たちは大層驚いている。それもそのはず。大きさにして一軒家を燃やし尽くす火力を我とビバルにぶつけたのだ。生きている方がおかしい。


「……ロバー。手加減した?」

「私の先の手順、あなたなら見間違うことはないはずですよ、チッキン」


 修道士と術師の冷や汗を視認するより前に、刀剣使と弓矢使は動き始めていた。弓矢使は森の中に身を隠し、刀剣使は我に向かって一直線に飛びこんでくる。腰にぶら下げていた剣はアーミングソードに近い形状をしている。中世ヨーロッパで用いられたアーミングソードの全長は約90cm程度。重量は0.9kgから1.5kgで皆が想像する「一般的な剣」だ。だがあの術師がいるメンバーの一人。それなりの小細工はあるだろう。


刀剣解放リリース


 抜剣と同時に術詞による刀剣の形状変化。抜剣前では宿っていなかった異質な力が刀剣全体に帯び始める。通常時はただの剣として、戦闘の際は本来の姿を現す。こういったタイプの剣はそのどれもが一太刀入れれば確実な勝利が拾える必勝チートの能力がある。


一触即罰ダモクレス


 居合切り。西洋剣での居合はあまり見ないが、刀剣が我の身を裂くことが可能な間合いに入り、我は即座に後方に下がる。一触即罰ダモクレスという剣を始めて見るが故の完璧な回避。相手が下等生物にんげんであることは変わらないが、手に持っている剣との付き合いが長いのなら向こうの先手が我を上回ることもある。神話の時代から神を打ち落とそうとしてきたのは「人」だったからなお警戒せねばならない。

 特にこの世界は様々な神、異形、生物が生息する人外魔境。何があってもおかしくはない。


「なんだよ、逃げんのかよ」

「悪いか?」

「いや、これまでいろんな奴らと剣を交えて来たんだが、最初の一太刀を完全に避けきられたのは初めてでな。ちょっと驚いた」

「何事もはじめては大事だ。よく噛み締めておけ」

「全裸の女にはじめての大切さを教えてもらえるとは光栄だ。ついでにあっちのはじめても教えてほしいところだが‼」


 刀剣使の二度目の突進。剣は納刀状態になっており、再び我を居合で斬りつける腹積もりなのだろう。一度見せた芸をもう一度見せる胆力はなかなかの根性だが、無策で突っ込んでくるほど向こうは馬鹿じゃない。

 予想通り、茂みの中から音よりも早い速度で矢が飛んでくる。数は3。我はその全てをしっかり見てかわす。


「避けるか、さすがだ」


 我の矢への意識が強まったことで、突進していた刀剣使の気を少しだけ薄らげる。先の居合いを見ればどれだけの速さで奴の間合いに入って来るかは予測できる。だからこそ視界の端から飛んできた矢に意識を向けたのだ。

 しかし我が予測した刀剣使の脚力以上の速度が彼を我の間合いに飛び込ませる。


「だがアンタ、俺以外にもう二人仲間がいること、忘れてるぜ?」


 刀剣使の速度が上がったのは術師と修道士の後方支援バックアップがあったから。肉体強化かもしくは脚力のみを上げる部分強化か。とにかく矢に意識を向けさせた一瞬で、しかもこの我に気取られないように術式を起動させたのだ。またあの十字架を使ったのだろうか。

 四人の男たちの術技、タイミング、そして未知の生命体に対する恐れ無き勇気。どれも勇士としては申し分ない。


「じゃあな、刀剣解放」


 それゆえに、少しだけ惜しいと思ってしまった。


「だも」

天羽々斬あめのはばきり


 我は右手の辺りで無理矢理開けた空間から神礼装具しんれいそうぐを引き抜き、引き抜きながら刀剣使の左脇腹から斜め上に切り裂き、右肩から斬り抜いた。刀剣使は最期まで自分が何故斬られのかわからないまま絶命することとなった。


「……へ?」


 術師が呆気にとられ、隣の修道士が怒りに震える弓矢使が何もしてこないところを見ると様子を窺っているのか。どちらにしても刹那の攻防を我が制してしまったことで僅かながら時間ができたので、我は刀剣使が使っていた剣に触れる。


「なるほど。相手との力量に差があればあるほど刀剣自身がその穴を埋めるために異質な力を内包するのか」


 なんでそれを、と顔で表現してくれる術師を、修道士は片手で制する。これ以上の情報の漏洩を恐れたのだろうが我は人の心の機微を見ただけで識る特別な眼がある。知ったところでだが、自分たちに正義があり、自分たちこそが強いと思い込んでいる人を誑かすのはいつも面白い。ゆえに我の嫌がらせに最期まで付き合ってもらう。


「逸話のダモクレスの剣は、古代ギリシャの僭主ディオニュシオス2世が、臣下であるダモクレスに玉座に座ることを許し、疑いもなく玉座に座ったダモクレスが直上にぶら下がった剣に驚いたというものだったか。いついかなる時も少しのきっかけで大事を生むという一連の逸話を刀剣の能力として昇華したわけか。存外に面白い力だ。確かにこれで一太刀浴びせれば神だろうが異形だろうが関係なく屠れるな」


 我は名剣ともされる一触即罰ダモクレスを己の足でへし折る。


「貴様、仲間の武器を」

「お前たちの誰かに拾われて振りかぶられたら困る」


 修道士の憤怒に気を取られたと思った弓矢使が次弾の矢を放つ。数は4。両足に1ずつ、背中に1、最後に我の頭に1か。先の3本の矢も良かったが、仲間を切り殺された後で冷静に我の急所を狙ってくるところも評価できる。


「それと、お前たちは全体的に決定打に欠ける」


 天羽々斬をねじった空間にしまい込み、最初に飛んできた両足への矢を跳躍でかわす。結果以降の2本の矢も空振りに終わる。弓矢使は突然目の前から我が消えたことに思考が停止したのか、追撃の一矢を止めた。

 その隙を見逃すほど、今の我は甘くない。


「お前たちの仲間の形見だ。しっかり受け止めろよ」


 矢が飛んできた方向からの茂みに跳躍前に拾っておいた一触即罰ダモクレスの切先を投げ入れる。弾道を予測しようにも我が本気で投げ入れた一撃だ。同じ神でも防御がやっとだろう。人間には見ることも叶わない。

 弓矢使は頭部に受けた一触即罰の切先が脳に到達しそのまま茂みの中で息絶えた。


「なんだ。受け止めろとは言ったが、頭で受け止める馬鹿がいるか。仲間の剣の切先で死ぬなど後に続く者たちになんて説明する気じゃ、なぁ?」


 気軽に話しかけたが術師は完全に怯えきっている。まさに蛇に睨まれた蛙である。


「ロバー‼ 逃げよう‼ あれは今までの神とは違う‼」


 術師がまともな提案をし始める。立っているのが限界というくらい術師は戦意を削がれているようだ。


「いいぞ」


 我は優しく答える。


「逃げるなら逃げても構わん」


 術師は一瞬、逃走の機会を得られたことで安堵する。


「すぐに捕らえて殺すがな」


 術師は涙した。両の目から溢れんばかりの体液を流しながらわめき散らかす。これでは我が虐めているみたいではないか。


「……チッキン」

「ロバー‼ 今すぐ転移魔術でここから」

「うるさいですよ」

「ロバー⁉ なにい」


 その後の術師の声は遮られた。修道士は音のない足さばきで即座に術師の背後に移動し、なんの躊躇いもなく術師の首をへし折ったのだ。肉体強化の術式の発動がなかったのは相手が術師だったからだろう。術の発動で気取られるのを警戒して己の腕力だけで事を為したのは正解だが、一緒に同行していた仲間の首をこうも簡単に折れるものなのか。


「惨いことをする」

「異教の神の前で狼狽えるような者を、私は仲間とは、そもそも人とは思いません」


 屍となった術師の頭を踏みつけにして修道士は深く溜め息を吐く。


「それにしても困りましたね。うちの刀剣使と弓矢使、そして術師を殺されてしまった」

「いや術師はお前だろう」


 呆れながらツッコむが修道士は変わらぬテンションで続ける。


「このままでは私も」

「あぁ、殺すぞ」


 食い気味に返すと修道士は「何故?」と問う。


「私はまだ危害を加えていない」

「すごい火属性の攻撃してきただろう」

「無傷じゃないですか。なら殺されるいわれはない」

「お前、死んだ3人の頭だろう? ならその責任を取らせ、お前のような馬鹿を送りこんできた国にも二度とこの森に立ち入らせないよう取り計らわなくてはならん。結果の話じゃない。経過の責任の話をしている」

「具体的にはどうされるおつもりで?」

「そうだな、お前の体を5つに割いて、頭を木の棒にでも刺し込み、お前の国の真ん中あたりにさらすのも悪くない」


 修道士に再び憎しみの表情が浮かぶ。


「生き汚い異教の神が……」

「喧嘩を売って来たのはそっちじゃろうが。だから高値で買ったにすぎん。で、どうする? 逃げるなら10秒くらい待ってやるぞ?」

「逃げる? さっきの間抜けと同じようなマネを私がするとでも?」


 指を鳴らすと修道士の背後、深緑色の茂みから百を超える古強者たちが現れた。弓矢使、刀剣使、術師、槍術使ランサー、少ないが猛獣使テイマーの姿も見て取れる。


「彼らは先の大戦で大きな戦果をあげながらも、ここ数年大きな争いがないために暇を弄んだ歴戦の勇士たちです。中には我が公国の騎士にまで任ぜられたものもいる! 貴様がどれだけ凶悪な異教神いぶつであっても百を超える彼らの鉄槌には勝てまい‼」


 下卑た笑みを浮かべながら得物を手に取る元勇士たち。彼らの邪な感情を見た我はそういえばまだ素っ裸だったと思い直し、ビバルが管理する大地のエネルギーを借りて即興の衣服を見繕う。漆黒の闇より黒き反物を生成し、全身を包み込む。


黒死衣こくしごろも。あっちの世界では喪服で通っているが我は人ではないのでな。人の死を悼んだりはしない」

「何を言ってるんで?」

「死に際くらいは綺麗な女に看取られたいじゃろ?」


 できたてほやほやの衣を見せつけると、修道士は「やってください」と百人を超える元勇士たちに指示する。待ってましたと言わんばかりに男たちは我に殺到する。


「まったく、待てもできぬ動物以下の畜生どもめ」


 我は右手をかざし、内に秘めている微量の力を集め、外に出す。


「だが良い、許す。我が秘め、制する八つの蛇の力の一つ。お前たち畜生どもが拝謁できることを心から喜ぶことでお前たちの不遜を流すとしよう」


 それと、と我は謝罪する。


「ビバル、先に謝っておく。少し森を燃やすぞ」


 ビバルの「ちょっと待って」という声が聞こえたが我は気にせず放つ。


炎雷ほのいかづち


 20万㎢以上あるビバルの森の約10分の1を畜生どもごと焼き払った。

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