第2棺 しごと

 葬儀屋の仕事は大まかに亡くなった方の遺体を管理し、葬儀を始めから終わりまで取り仕切ることを指す。 葬儀の依頼を受けるとまず亡くなられた方の家族と一緒に葬儀の手配をする。 葬儀当日は会場準備や司会進行、そして葬儀終了後は場内の片付けといったように残された家族の気持ちに寄り添いながら葬儀を執り行う。これが主な仕事内容だが、実際の流れは葬儀の規模や地域のしきたりによって多少異なる。信仰している宗派、土地柄など様々な要因が絡むことで依頼者の要望も人の数だけ枝分かれするのだ。

 特に国どころか世界すら変わってしまった僕にとってすれば、葬儀一つ執り行うのにも細心の注意を払わなければならなかった。


「……熱心じゃな」


 帝歴2022齢(2022年と同意)4の月1の日。僕の住む異世界にも暦の概念と四季の存在があり、今日は麗らかな春の温かさが僕だけでなく多くの人たちに安らぎを与えている。日が頂点に上る頃、焦げ茶色の二人掛け用ソファに寝そべるイザナは退屈そうに僕を眺める。

 僕こと、勇美凪(いさみなぎ)はこの異世界にやってきて早1年が経とうとしており、イザナともそれだけの時間をともに過ごしていた。


「何が楽しゅうて仕事なんぞするのか、我にはさっぱりわからん。せっかく日も出ているのだ。外に楽しみを求めたいのじゃが?」


 僕とイザナが寝床にしている葬儀屋『ヒノモト』は小国オノゴロに建つレンガ作りの一軒家である。二階建てで一階部分が葬儀屋としての作業用スペースとして使っており、二階部分は僕とイザナのプライベート空間となっている。広さは1LDKで二人で使うにはちょうど良い広さだ。

 イザナは来賓用のソファに横たわり、僕は一階来賓用の出入り口から対角線上の位置にある作業用ウッドデスクで前回執り行ったミラさんの旦那さんの葬儀の資料をまとめていた。


「この国には葬儀屋という仕事そのものがないんだ。前例がないとなると僕がこれから執り行う葬儀全部が下敷きになる。さすがに手は抜けないよ。外出なら後で行くつもりだからもう少し待って」


 僕がいた世界から今の異世界にやってきた後、本当に苦労の連続だった。僕を導いた『誰か』は僕に一方的な条件と情報を伝え終えると、異世界の言語と通貨の概念以外は右も左もわからない状態だった。しかも目覚めた場所が名も知らない森の中。お腹は減るわでもどこに行けばいいのかさえわからないで何度泣いたか。


「仕事熱心なのは結構じゃがナギ、お主の目的はそれではないはずじゃろう?」


 イザナは僕に「忘れるな」とでも言いたげな表情で僕に問う。


「わかってるよ。僕が葬儀屋をやってるのはあくまで通過点だ」


 この世界にやってきた原因。それは目が覚めたら突然異世界だったとか、どこかの王国の王様に認められて召喚されたとか夢のある話ではない。

 僕はそれまで暮らしていた世界で、誰かに殺された結果、異世界にやってきた。

 勇美凪はもと居た世界で葬儀屋の息子として生を受けた。小さい頃から人の死に触れ、葬儀屋である両親の仕事を手伝っていくうちに、将来自分も葬儀屋を継ぎ、多くの人の死に立ち会い多くの人を見送りたいと思うようになった。もちろん辛いことも大変なこともあると知ってるし、むしろそういったことしかないと言い切ってもいいくらいに重労働な環境だ。それでも誰も抗えない死という事実をその身と心で受け止め、誰かの悲しみに向き合う手伝いをする仕事に僕は憧れた。

 もと居た世界で高校生になり、勉学と家の手伝いに奔走する中、それでも両親の手伝いにも本格的な参入に漕ぎつけそうになった矢先にそれは起こった。


「あの時の痛みは、まだ残ってる。忘れることの方が難しいくらいだよ」


 思い出すたびにうずく背中の痛みに僕は少しだけ顔を歪ませる。高校生になり春から夏に変わろうとする5月半ば。僕は下校中何者かに刃物のようなもので背中を刺された。帰り道が僕一人だったこと、早く家に帰るために人通りの少ない道を選んだことが仇になった。誰かに呼び止められ振り返ろうと立ち止まった瞬間、背中に激痛が走った。直後僕は背中を刺されたことを自覚し、抵抗空しくそのまま絶命した。


「初めて出会った時に話した通り、僕は僕を殺した相手に会うためにここにいる。だから自分のやるべきことは忘れてないよ。そのためにイザナとも契約したんだから。でもお金がないと生きていけないのも事実だからこれも大切なことなんだ」


 だが僕をこの世界に呼び込んだ『誰か』が語ったのだ。僕を殺した相手はどういうわけか僕と同じ異世界にやってくると。それならどこかでその人物とも会えるかもしれない。

 会って聞かなければならない。何故僕を刺したのか。僕が何をしたというのか。何故僕と同じ異世界に迷い込んだのか。


「済まない。ナギを苦しめるつもりはなかった」

「知ってる。忘れるなって言いたいんでしょ?」

「それもあるが、仕事にかまけるお主が面白くなかったのじゃ」

「……それなら、素直にイザナの謝罪を受け取っておこうかな」


 苦笑しながらイザナの謝罪を受け入れると彼女は安堵の笑みで返す。イザナは時たま意地悪をするが、その根幹にあるのは僕への思いやりだ。名も知らぬ森で彼女と出会い、命を取られかけたが互いの尊厳と信念を見せ合って和解してからはこうして僕の手助けをしてくれている。そんな彼女の献身がわかるから僕も注意するのが疎かになったりするのは自業自得なのかもしれない。


「そもそも我がこのような無防備な格好になっているのに欲情一つせぬというのはどういう了見だ。我が玉体を見つめ続けることなど通常の生物にはあり得ぬことなのだぞ」


 今のイザナの姿は真っ黒な着物に純白の帯のみ。この異世界にも下着の概念は存在しているがイザナ曰く「煩わしい」とのことで普段から彼女は下着を未装着である。しかもソファに寝転がっていたために着物自体も帯も崩されてしまって彼女の玉体が僅かだが見え隠れしてる。本当に目に毒だ。


「お主の目的が忘却されていないことはよくわかった。だが我のことを疎かにしていい理由にはならない。ゆえに構え」

「も、もしかしてさっきまでのやり取りってそれ言いたいだけだったの? もう少しだけ待ってよ。この前の葬儀のまとめがもう終わるから」

「ならはやく終えよ! そして我に尽くせ!」


 ようやくイザナの機嫌が良くなった矢先、お店の出入り口のベルが鳴る。それは僕にとっては喜ばしく、イザナにとっては災厄を告げる音だった。

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