第23話 それからのこと

「その型紙通りに裁断したら、次はこれ」

「はい」

「すみませんモーガンさん、ここの余った部分なんですけど……」

「あぁ、これは……」


 質問に応じてモーガンが工房の中を歩き回る。

 魔法の鞄屋は隣の空いていた物件を借り上げ、丸ごと工房にした。商人ギルドで募った鞄職人たちが集まり、モーガンの指示に従い鞄を作り上げていく。

 あれから店では、人手を増やして営業を続けていた。

 魔力が豊富にあるアルカナとウェイクは割といくらでも魔法を発動できるので、目下ボトルネックとなっていた鞄製作の人員を強化。

 一日の生産量を上げて鞄を作り続ける。これによりモーガン一人にかかる負荷を分散することに成功した。

 新規の受注を停止してひとまず今請け負っている商品製作に注力し、なんとか作って納品する事が出来たので、その後の販売戦略を練り直した。

 まず、貴族令嬢向けの鞄に関しては請け負わない。

 令嬢向けの鞄は〈空間魔法〉付きではないので、他店でも真似がしやすい。新たなデザインのものが他の店から次々と売り出され、令嬢たちの興味はそちらに移っていった。

 反対に、令嬢ではない貴族諸侯たちから〈魔法の鞄〉の注文が入るようになった。

 いっぱい入ってとっても軽い。その名も〈魔法の鞄〉。

 王都から領地に移動する時や旅行に行く時など、魔法の鞄は非常に便利な代物だ。

 今まで冒険者の間でのみ知られていた鞄が貴族たちの間にも広がると、やはり注文数は跳ね上がった。

 しかし無闇に注文を受け付けるとまたとんでもない事態になるので、ここは慎重に予約を受けることにする。

 時折身分をかさに着て無理やり作らせようとする連中がやって来たが、そこは毅然と対応した。

「私の命に逆らえば王都で生きていけないぞ」などと言うような人物には、黙って店の目立つ場所に箔押しされている紋章を指し示した。


ーーベリントン王国王家の家紋。すなわち、「王家御用達の店」の証である。


 店の希少性に気がついた王家が店を守るために贈ってくれたもので、紋章の効果は抜群だった。

 後ろ盾に王家がついているとあれば、冒険者だろうと貴族だろうと迂闊に手出しはできない。

 店は忙しくも平和に営業を続けている。

 そしてもう一つ。


「……以前ダンジョンに探索に行った時、すっごい凶暴なクラーケンがいたんですけど、魔物が守っていた真珠貝がもうとっても綺麗で。貝自体が虹色に輝くんですよ。だから今回はその魔物と貝をイメージしてデザインしてみました」

「なるほどのう。これはまた斬新じゃ」


 アルカナとベアトリーチェ王女が店のカウンターで向かい合って一つの紙を挟み、話し合っている。

 紙に書いてあるのは貝殻の形を模した鞄。


「留め具に大粒の真珠を一つあしらって、持ち手にはクラーケンの触手をイメージした白い紐を用いるのはどうでしょう」

「いいのう、いいのう」

「早速ル・ベルメテューユ商会に見せに行きましょう」

「うむ、それが良い」


 アルカナと王女は立ち上がり、店の前に停めてあった馬車に乗り込んだ。

 王女はアルカナの生み出す独特なデザインの鞄を気に入ってくれ、よく店を訪れてはこうしてデザインの相談に乗ってくれていた。

 アルカナの買い物に付き添ってくれたのがお忍びで王都を散策していた王女だと知った時は驚いたが、今では良き相談相手である。何よりアルカナ自身がとても楽しい。

 モーガンが鞄製作している間時間を持て余していたアルカナは、こうして鞄のデザインを描き起こしてはル・ベルメテューユ商会に王女と共にデザインを持ち込んだ。

 アルカナが生み出す鞄のデザインはどちらかというと服飾の部類に近いため、忙しいモーガンが作るより他の職人に依頼した方がいいという判断だった。


「鞄ができたら揃いで持とうのう。それで、また買い物に行くんじゃ」

「光栄です」


 アルカナは馬車の中で王女に向かって頭を下げる。


「着飾ったそなたを見るのが楽しいのでの」

「私も、王女様とのお買い物、楽しいです」


 王女は今まで足を運んだことのない店に連れていってくれるので、いつでも新鮮な発見に満ちている。



 かくしてアルカナは、モーガンとウェイクと共に「魔法の鞄屋」を続けつつも鞄のデザイナーとしての才能を開花させ、王都でも一、二を争う人気者となっていた。

「存在価値を低めたい」という願いで始めた魔法の鞄作りだったが、思わぬ形で自身の希少性をより高めてしまっている。


(……でも、楽しいからいいか)


 少なくとも無理やりダンジョンに連れて行かれていたあの時とは違い、全て自分で決めてやっている事だ。

 自分で選択して自分の人生を歩むと言うのは、忙しくても充実していてとても楽しい事なのだなと、アルカナは馬車の中で王女と話しながら思ったのだった。



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