EPISODE 20:斬撃


「にひひっ、おっぱいガン見とか、マジで興味津々じゃーん。やっばぁ、エッチすぎぃ。それってさぁ、あーしに食べられてもいいってこと? がおーって」


 ギャル風の少女は金色の爪を立て、八重歯をき出しに大口で笑う。が、相対する遊は、胸から目を離さないままに後ずさり。

 別に、ぐいぐい来るギャルに怖じ気づいた訳ではない。確かに陽気とノリと勢いの女性は苦手だ。しかし、押しの強さでは勝るとも劣らない女性二人を従えているのだ、今更だしもう慣れた。

 それより問題なのは、意地悪くいじってくる彼女の胸だ。いや、巨乳とか爆乳とかおっぱい周りの話ではなく。胸元におおかみを模した入れ墨――怪人特有の紋章があるのが問題なのだ。危機感を覚えない方がどうかしている。


「お姉さんも、怪人なんだね」

「あり? あちゃあ、もうバレちゃったかぁ~」

「だって丸見えなんだもん」


 ピットやセルピアと違い、彼女の場合露出度の高い服装のおかげで隠れてすらいない。もし見逃していたら目が節穴認定待ったなし、早急な眼科受診をお勧めされるだろう。


「そ、あーしはウルフメイデンのハウリ。四○二九エリアのぉ、この辺一帯の管理を任されているんだよねー」

「じゃあ、僕達の敵ってことだよね」

「敵とか味方とか、そんな難しい話どーでもいーじゃん。ゲーセンも動いてなくて退屈だったしぃ、あーしと一緒に遊ぼうよ、ね?」

「いけない遊び、ママは許しませんよぉぉぉぉぉぉっ!」


 迫るギャル――ハウリを妨害するように、ピットが前方宙返りからのスーパーヒーロー着地で割り込んできた。異常を察知して家具コーナーから駆けつけてくれたのだ。いつもの変態具合と違う頼り甲斐がいありそうな登場に、心なしかキュンとときめいた。悔しい、でも感動しちゃう。


「遊ちゃんの初めては私がもらうんだから!」


 前言撤回。ただの変態だ。

 遊は更に後ずさり、ピットからもほどほどの距離をとった。


「お楽しみを邪魔する訳? ってか、何しれっと人間側についてンのさ」

「遊ちゃんとイチャイチャするために決まってるじゃない!」

「コイツ何言ってるラン」


 グランの冷静なツッコミに応える者はいない、そんな余裕はない。ピットとハウリの紋章が同時に発光し、衝撃波を伴って怪人態に変身したからだ。

 赤い光を纏うのは蛇女、緑の光を纏うのは狼女。両者は寸分も目を逸らさずバチバチにらみ合っている。


「あれが、ハウリさんの……怪人態」


 顕現けんげんした姿に、遊は思わず驚嘆きょうたんを漏らす。

 ハウリの姿は全身もふもふの金と緑の毛皮姿、狼らしくつんと立った耳と尻尾が目を引く。着ていた服に対応してか、ブラウスとホットパンツは鉄板を貼り合わせた継ぎ接ぎの装甲に変化。マニキュアとペディキュアで彩られていた爪は、黄金カラーそのままにナイフの如く鋭く伸びている。そして顔は緑の仮面に覆われており、ギャルの微笑みはうかがえなくなっていた。

 ザ・獣人の様相で格好いい。それ以上に毛皮が気持ちよさそうだ。もふもふの手触りを確かめてみたい衝動に駆られてしまう。

 などと悠長で場違いなことを考えている場合ではない。相手は男児の貞操を狙う獰猛どうもうな狩人、気を抜いて近づけば哀れな羊はサクランボ狩りの餌食となるだけだ。


「“魔破数羅終マッハスラッシュ”!」


 技名を叫ぶや否や、ハウリの姿が瞬時に消える。と、気付いた時にはもう遅い。ピットの肩口、脇腹、太腿ふとももに裂傷が刻み込まれ、血液がシュパッと飛沫しぶきを上げた。ショッピングモールの壁に鮮緑せんりょくのペイントが施される。


「ぐぁっ!?」

「ふふーん、のろまな年増には避けられなかったっしょ?」

「聞き捨てならないわね、誰が年増よ!?」


 年齢差を煽られて憤慨するピットだが、興奮するほどに傷口から血が噴き出す。

 なんて素早い斬撃。ハウリは目にも留まらぬ速さで縦横無尽に駆け抜け、防御も反撃も許さずピットを切り刻んだのだ。その傷は深い。出血も早々止まりそうにない。


「それなら……。ピットさん、“蛇炎じゃえん連弾れんだん”で――」


 動きを封じるんだ、と言いかけたのだが、


「駄目よ遊ちゃん! ここはママに任せて離れていて!」


 ピットがそれを制止する。

 召喚された怪人は鍵の所有者である遊に絶対服従。だが、その心までは縛れない。故に主人の指示とは違う行動を望むこともある。いつか反旗をひるがえそうと画策したり、力尽くで抑えつけて美味しく食べようとしたり。あるいは主人を守るため最善の方法をとろうとしたり……まさにこの状況がそれだろう。遊の身を案じ第一に考えているのだ。


「このスピード、ママの力じゃ守り切れそうにないの。だから、お願い」

「で、でも」


 ピットの判断はもっともだろう。初撃の速さに対応出来なかったのだ、遊を守りながら戦うのは難しい。それどころか危険が及びかねない。無力な司令塔は戦場から離れるのが賢明である。

 だが、遊は二の足を踏んでしまう。

 これで三度目だ、逃げ出すのは。最初は両親、次はえる、そして今度はピット。いつも人に頼ってばかりで、自分の力では何も成し遂げられず、代わりに周りの人が犠牲になっていく。

 それが情けなくて、悔しくて、決心が付かずに足踏みばかり。

 何をやっているのだ、僕は。


しゃくだけど、あいつの提案は概ね正しいラン。ここは一旦身を隠すランよ!」


 しびれを切らしたグランが耳を引っ張ってくる。引きちぎらんばかりのパワーだ。半ば強制的に撤退を余儀なくされる。

 この場はピットに任せ、遊はもどかしさを胸にショッピングモールの奥へと向かう。

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