EPISODE 16:逆転


「やったわ……っ!」


 今度こそ手応えあり。エリート怪人に一泡吹かせた。ピットは勿論もちろんのこと、遊も湧き上がる喜びを噛みしめる。

 だが、その気の緩みがあだになった。


「“右激流うげきりゅう”っ!」


 ゼロ距離。

 右腕の砲身より猛烈な水流が放たれた。


「――ッ!?」


 ピットは濁流に飲み込まれてしまいビルに激突。壁に巨大なクレーターを作ると、どうと力なく倒れ込む。打ち所が悪かったらしい、人間態に戻ったピットは声も漏らさず起き上がる気配もない。


「少しだけ想定外。でも、私の勝利」


 ノックダウン、戦闘不能、勝負あり。へび烏賊いかの勝負はセルピアに軍配が上がったのだ。

 それすなわち、遊を守ってくれる怪人はいないということ。

 これより先はボーナスタイム。セルピアにとっては極上の、遊にとっては絶望の時間が幕を開ける。


「遠慮なく遊ばせてもらうから」


 血塗れのセルピアが、幽鬼のような足取りで迫ってくる。負傷しているのに何故性欲最優先で動けるのか。そんなことより治療に専念するべきではないのか。怪人の生態には疑問符しかない。


「させないランよ……――むぐぅっ!?」

「邪魔」


 身を挺してグランが庇おうとしてくれるも、バリアの展開より早く触腕が巻き付き縛られてしまう。妖精のミニマムボディは太い烏賊の腕に飲み込まれて見えなくなる。


「男の子はみんな私の玩具」

「ひぃっ」


 もう一方の触腕が遊の胴体を捕らえた。びっしり並ぶ吸盤が吸い付いてきて、暴れようが藻掻もがこうが離れてくれる気配は微塵みじんもない。狙った獲物は逃がさない、烏賊のハンティングそのものだ。

 スカート状に伸びる細い触手、その一本一本がにょろりとうごめき、遊の体を堪能しようと這い回る。服の隙間よりこれ幸いと忍び込み、骨の浮いた幼き体を直接ねぶり始めている。


「やだ、そんなところ……っ、ひんっ」

「壊さないから安心して」


 ひび割れた仮面に迫られてわいせつ行為、何ひとつ安心出来る要素がない。その気になれば一撃で人間の首をへし折れる者が相手なのだ。好き勝手に体をいじられているだけで恐怖、それ以外の感情はさっぱり湧かない。遊は涙目でうめあえぎ懇願するしか出来ないでいる。


「本物の男の子の味……興味深い」


 触手に味覚でもあるのだろうか、ソムリエのように執拗しつようなテイスティングタイム。ぬめりを帯びた先端がちろちろ、へその中をほじくり回し、両胸で震える桃色のつぼみをしこり上げる。

 気持ち悪い。

 気持ち悪いはずなのに。

 心に反して体はびくびく反応してしまう。

 このままではおかしくなる、何も知らなかった純粋な頃に戻れなくなってしまう。

 頭の中で火花が散って弾けそうになった、その時。


「ぐぅっ!?」


 突然、触手がさっと引っ込み、巻き付く触腕もゆるゆる弛緩する。解放された遊はその場にへたり込む。グランの方は窒息死寸前だったらしく、抜け出した途端ゲホゲホむせ込んでいた。


「何だ、コレは……」


 苦しむセルピアの仮面が、ひびを中心にボロボロ崩れていく。そこから覗くのは人間態と同じ顔なのだが、陶器のように白かったはずの肌は紫色に染まり、浮き出た血管はより毒々しい色で脈打っている。


「私特製の毒――“毒牙どくが調律ちょうりつ”はどうかしら?」


 意識を取り戻したピットがヨロヨロやってくる。頭から緑色の血が噴水になっている。本当に大丈夫なのか、そこはかとなく心配になる。


「致死性の猛毒だけど、まだ戦うつもりかしら?」

「いつの間に……」

「触腕に噛みついた時、ちょっと毒を流し込んだだけよ」

「……不覚」


 蛇の怪人らしい温情なしの一撃必殺能力だ。一度噛まれたらおしまいだろう。


「オイコラ蛇女。こんな便利な技、なんでさっき教えなかったラン?」

「だって、攻撃技を教えてほしいって話だったから。これ、状態異常系の技だから別にいいのかなぁって」

「……お前、仕事出来ないタイプって言われないランか?」


 実際、万年平兵士である。


「降参する」


 セルピアは敗北を認めると変身解除、元の人間態に戻った。全身に毒が回ろうとしており、両手の指の末端まで紫紺しこんに変色し始めている。早急な治療が必要なのは一目瞭然。このまま前線基地に戻るつもりなのだろう。と思っていたら、


「私も封印してほしい」


 両手を挙げてホールドアップ、無抵抗の意思表示で歩み寄ってきた。


「え?」

「その鍵で封印して。私も仲間になる」


 口をぽかーん、意外存外想定外の提案に面を食らってしまう。

 確かに仲間は多いに越したことはない。しかしセルピアは圧倒的な戦闘力を誇る優位な立場。毒に犯されているとはいえ自ら封印を望むなんて。


「何を考えているラン?」


 やはり、グランは露骨に怪しんでいる。


「別に何も。早くしないと毒で死んじゃうから、ただそれだけ」

「信用出来ないランな」


 理屈は通っているが不審な提案に変わりはない。母性の塊に見えるピットですら寝首をく勢いで襲ってきたのだ、冷静沈着にしてエリート街道まっしぐらなセルピアなのだから裏があるに決まっているだろう。だが、


「わかった。セルピアさんを封印する」


 遊は紋章に向けて二本目の鍵を差し込んだ。施錠すると青い光が鳥籠型のキーホルダーに収束、烏賊を模した紋章が小さな明かりとしてぽぅっと灯った。


「ちょっ、遊!? あからさまに怪しい奴だけどいいラン!?」

「よくはないけど……変態お姉さんが一人二人増えても変わらないし」

「大違いだと思うラン」

「それに、える姉さんを助け出すためにも、戦える仲間は多い方がいいから」


 全ては最愛のえるを救い出すため。

 怪人を使役して同族の怪人を倒す。同士討ちで反撃するという非情な選択をしたのだ、リスクも罪悪感も全て背負っていくしかない。

 しかし、毒に犯されたセルピアを助けたい、とわずかに思ってしまったのもまた事実。どれだけいやらしい目に遭おうとも、見捨てる選択は出来なかったのだ。それは遊生来の優しさか、それとも踏ん切りのつかない甘さ故なのか。


「あ、あのー、遊ちゃん? そろそろママも封印してほしいんだけど……」


 ついでに、満身創痍まんしんそういで失血死寸前のピットも異空間へ帰してあげた。

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