EPISODE 7:被弾


「この……っ、邪魔しないでよ!」


 だが、力及ばず。

 ぺしり。

 頭部のへびむちの如くしなり、グランを打ち据え叩き落とす。妖精の軽い体は地面でワンバウンド、ツーバウンド、スリーバウンドでようやく止まる。全身ボロボロ焦げ焦げだが、おかげで再び鎮火完了。グランはすぐさま起き上がり、より悪化したパンチパーマを震わせてバリアを再展開。更に光の壁をヴェールのように纏って回転しながら突進だ。


「きゃあっ!?」

「グランをぞんざいにしたお返しラン!」


 一矢報いてきた妖精に怯み、ピットは両腕を交差させて体当たりを防ぐ。光のドリルは怪人の体表を滑りその身をえぐろうとする。が、蛇のうろこが数枚がれるだけ、決定打どころかまともなダメージにすらならない。やはり怪人と妖精では力の差があり過ぎるのだ。


「まだ邪魔をするのね、いい加減燃え尽きなさい!」


 今度はピットの反撃ターン、蛇の頭から火炎弾が次々と発射される。先程よりも火の勢いが激しい、本気でグランを炭にする気なのだ。


「これ以上燃やされてたまるかランよぉぉぉッ!」


 無論、グランも黙ってやられるつもりはない。バリアを纏う流線型の体で火球を受け流し、最小限の焦げ目で回避し続けている。代わりに周囲のビル群に着弾しているのだが、両者共にお構いなしでフルパワーのぶつかり合いが火花を散らす。

 光輝く妖精の矢と、蛇女が放つ業火の弾丸。縦横無尽に飛び交い暴れ狂って瞬く中、ミシミシギシギシ、不吉なきしみが崩壊の産声を上げ始めている。

 それに気付いているのは台風の目、争いの原因たる遊だけだった。


「やめて、これ以上駄目だよっ!」

「うわっ、いきなりどうした何するラン!?」


 飛び回るグランをすくい上げ、両手でガッチリ捕縛してすぐ離脱。遊は大急ぎでその場から逃げ出す。突然の行動にグランは目を白黒、バリアも解除されて無防備だ。


「遊ちゃんったら、そんなに慌ててどうしたの!?」


 火炎弾を好き放題撃っていたピットすら、驚きびっくり攻め手を引っ込める。目障りな妖精相手ならまだしも、可愛いショタっ子に着弾すれば大惨事。性欲が八割以上占める変態怪人脳でも、流石さすがにその程度の判断は可能だ。

 もっとも、今更攻撃をやめたところで、何もかもが手遅れだったのだが。


「……え」


 ようやく異変を察知したのか、ピットは頭上に目を向ける。

 地面とは対照的に空は美しいスカイブルー。なのに、点々と赤黒い物が浮かんでいる。否、それは浮いているのではない。今まさに落下しているのだ。


 ――ズズズズズズズズズズズズッ……!


 腹の底に響く重低音、すぐ隣の雑居ビルがもろくも崩れ始めている。頭上より赤黒い土埃つちぼこりが、コンクリートの塊が、び付いた鉄筋が、物理法則に従い落ちてくる。

 瓦礫がれき雨が、粘菌に支配された地面へと降り注ぐ。

 何故ビルが崩壊したのか、それは誰の目にも明らかだろう。ピットが火の玉を滅茶苦茶めちゃくちゃに放ち、グランがバリアを纏った特攻で受け流す。そのせいで行き先を間違えた弾丸はビルを穿うがち、壁も支柱もはちの巣状態にしてしまった。もし普通のビルだったなら、ギリギリ耐えて崩れなかったかもしれない。しかし、粘菌に冒され脆くなったせいで、倒壊以外の選択肢は潰えていた。怪人にとっては自業自得の因果応報。ある意味お似合いのイベントなのかもしれない。


 ――ドガッ、バキッ、ズゴンッ!

 ――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!


 重い物がぶつかり合う轟音が木霊こだまして、土埃の突風が道路の編み目に沿って駆け巡っていく。遊とグランの軽い体は易々やすやすと舞い上がる。赤黒く汚された大地を、西部劇のタンブルウィードそっくりに転がっていく。


「うぅ……げほっごほっ」


 き込み涙目になりながら身を起こす。痛む後頭部をさするとたんこぶが出来ている。体中り傷だらけだが、出血はほとんど見られない。幸いにも軽傷で済んだらしい。ひとまずほっと胸をで下ろす。

 静まりかえった周囲を見渡す。あちらこちらに、遊よりも大きなコンクリートの塊がどっしり鎮座。標識やガードレールを下敷きにしている。これまた幸いなことに、遊が飛ばされた場所には落下しなかったようだ。飛ばされた距離が少しでも足りなかったら、今頃潰れてぺしゃんこかミンチになっていただろう。まさに九死に一生。奇跡的にも生き延びたのだ。


「あれ、これって……」


 視界の先、巨大なコンクリートの端っこに、見覚えのある紐状の物体がひょろりと落ちている。何かと思って近づいてみると、それは蛇の頭。正確に言うと、ピットの頭から生えていた火を噴く蛇型の髪の毛。

 何故こんな場所に、しかも千切れ飛んでいるのだろう。

 ひょっとしてピットは、瓦礫の下敷きになってしまったのか。敵ながら身を案じてしまい、おろおろ右往左往していると、


「……ゆ、うちゃん」


 蛇の切れ端から少し離れた場所、山のように積まれたコンクリートの下から、今にも消え入りそうなか細い声が聞こえてきた。

 ピットだ。

 幾重にも重なる灰色の隙間より、特徴的な蛇柄が覗いている。生きていたのか、とどこか安心して駆け寄るのだが、彼女は無事ではなかった。

 仮面が砕けて、人間態の母性溢れる顔が露出。そのひたいは割れており、緑色の体液が滴り落ちている。怪人の血液だろう、重傷だ。蛇の髪の毛も手足も全てが瓦礫の下。押し潰されてひしゃげてへし折れて。身じろぎ一つで苦痛に眉間みけんを歪めている。


「よかった、無事、だったんだ」


 それなのに。ピットの口より漏れ出したのは、遊の身を気遣う言葉だった。

 貞操を狙う性欲優先の怪人なのに。地球を侵略しに来た野蛮な種族なのに。どうしてそんなことを。

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