歌姫と結婚した戦場医の話

古朗伍

1章 戦士を還す歌

第1話 歌姫と戦場医の出会い

「こーんばーんわー。楽しんでるぅ?」


 救護テントの前で煙草を吸っていたオレに話しかけてきたのは、兵を労うためにやって来たゲストだった。

 彼女は手をヒラヒラして笑顔で歩み寄ってくる。


「どーも、歌姫さん。オレに何の用ですか?」


 世界的に有名な歌姫の放つ美声は、人種を問わずに多くを魅了し、誰もが聞き入る程の魅力を秘めていた。

 ここでも娯楽の一つとしてラジオから彼女の歌は流れる。


「いやはや。日本語の会話に飢えててさぁ。いい人居ないかなーって思ってたら君が居たの!」


 ズバッと人差し指を向けて来る。歌姫は日本人でオレもこの辺りでは唯一の日本人で少し目立つ。

 オレはどうでも良かったので煙草を吹かした。


「会話しよう!」

「…………ふー」

「ねぇ、聞いてる?」


 この最前線を何もわかっちゃいないお嬢さんにオレは教えてやる。


「ここは激戦区だ。ただでさえ死体か瀕死が前から運ばれてくるのに、上層部は物資じゃなくてお前さんを送って来た」

「それは違うね」


 ふふん、と腰に手を当てて彼女は笑う。


「ボクが来たいから来たのさ! ほら、ボクの声は愛と平和ラブ&ピースだからね!」

「へいへいそーですか」


 頭はお花畑か。それか、死生観の欠けた子供。


「ボクの歌聞いたでしょ?」

「いつもラジオで流れるな」

「さっき歌ったんだけど?」

「手術中だった。悪かったな」


 万人が目を向けるのも納得の歌声は神経のすり減らした兵士たちには良い癒しになっただろう。しかし、


「歌じゃ死人は減らない」

「減るよ」

「は?」


 横を見ると彼女は夜空の星を見上げていた。


「人は人の声を聞く。だから、ボクがそこに歌を届けるんだ。それで皆がボクの歌を聞いて夢中になってくれれば争う暇もないでしょ?」


 にしし、と歯を見せてこちらを見て笑う歌姫。本気でソレを疑わない姿勢にオレは呆れた。


「楽しそうな人生だな」

「ありがとー」


 皮肉も理解していない様だ。

 すると、マネージャーと兵士が彼女を見つけ、焦った様子で走り寄って来る。


「どうした? ジェイン」


 オレは兵士に声をかけ、マネージャーは歌姫へ。


「負傷兵を最優先で後方に下げる。もう動かせるか?」

「ああ、なんとかな。どうした?」


 と、ジェインはオレに耳打ちする。


「哨戒からの定時連絡がない。敵が来てる可能性がある」

「歌姫は即時退避だな。死んだら国際問題だろう?」


 オレはちらっと彼女を見るとマネージャーと何か言い争っていた。おいおい、残る気か?


「まだ、ボクの歌を聴いてない兵士さんもいるのに!」

「ここが戦場になるのよ! 琴音ちゃん! これ以上の我儘はダメ!」

「とっとと帰れ。敵が後方に回ってたら逃げられないぞ」


 ここは戦場。歌姫もラブ&ピースも意味がない。あるのは冷たい鉄と渇いた銃声だけで、どんな命も一発の弾丸と等価なのだ。

 オレの言葉も助長し、歌姫はしぶしぶマネージャーと引き上げる事に。


「名前教えて!」

「あ?」

「教えてくれたら帰る!」


 ジェインとマネージャーが目配せしてくる。めんどくさいな……


「山田太郎」

「絶対嘘!」


 教えて貰うまで動かない様子だ。どうせ、もう関わることは無いか……


大鷲将平おおわししょうへいだ」

「ボクは舞鶴琴音まいつることね! 大鷲さん! 覚えとくからね!」

「別に忘れていいぞ」


 覚えとくからねー、とジープに乗って九官鳥のようにやかましい歌姫は去って行った。


 一時間後。その場に敵がなだれ込み、唯一の医者だったオレは捕虜にされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る