地獄行きの最終列車

石動 朔

前編 閻魔様と俺

「お願いだ!いい加減地獄に行かせてくれ!」

 俺は川辺の砂利に頭を突っ伏して目の前の鬼に懇願する。

 三途のほとりで土下座している人間に、普段の形相を忘れた鬼は呆れかえっていた。

「だから、閻魔様があなたはもう一度やり直せとの判断が下されているのです。命令は絶対なのでさっさと生き返ってもらいますよ。というかなんで死んですぐまた死んで来るんですか?これで何回目だと思ってるんですか?全くおかしな人ですよ...って!勝手に川渡んないでください!」

 溜息をついていた鬼の隙をついて、そろりそろりと三途の川を渡ろうとしていた男を掴む。

 しょうがない、、と思った鬼は男を軽く宙に上げ、落ちてきたタイミングで金棒を振る。

 金棒はジャストミートで男の腹に食い込み、あーれーと叫びながら飛ばされていった。

「ナイスバッティング!」と他の鬼が叫ぶ。


「まったく、さっさと償って成仏してくださいよ...」

 鬼は飛んで行った方向を眺め、また一つ溜息をついた。



 俺は彼女を殺した。

 前日に結婚式場を回って疲れていたのか、少し頭が痛いから今日は寝るね。と言った彼女が、俺の最期に見た生きている姿だった。


 脳卒中の中でもクモ膜下出血だとかなんとか、そんなことはどうでも良かった。問題なのは朝、俺がそれを見逃したことだ。

 昨日疲れていたと言っていたっからゆっくり寝させようと思い、俺は彼女を起こさずに家を出てしまった。

 

 俺が家を出て行った時間はまだ、助かった可能性があったらしい。


 俺は目を開ける。

 上には汚れの一つもない天井と、横からさす茜色の光。

 点滴のしずくの音が聞こえそうなくらい、病室は静寂を保っていた。


 (確か俺、会社のビルで飛び降りたような)

 確実に死ぬ高さだったはずだ。それでも一命を取り留めてるということは、、


「また、地獄に行けなかったのか。しぶといな。」

 そう言って俺は腕に刺さってるうざったいやつをぶちぶちと引き抜き、ベッドを降りる。

 足が床につき、自分の重さを実感する。


 生きているという生きてて一番最悪な実感を噛みしめながら、俺は一歩一歩上へ進んだ。


 彼女が死んでから二週間と一日、回数にして48回。

 次で49回目。


 家で首を釣っても生き返ってしまうため、大勢の人の前で確実に死ねば良いと考え、今日まで続けてきたがそれも全て失敗に終わった。

 同じ場所だとメディアが反応したり迷惑がかかるから転々と移動しながら死んでいったが、結局元の場所に戻ってきてしまった。


 さすがにもうそろそろ死なないといけないなと思いながらも、もっと現実世界で迷惑し続ければ地獄に行けるのではとも思ったこともある。


 地面を見る、何度も何度も見た死ねる地面。



 昔、一度だけ死のうとしたことがあった。その時はまるで死神のような男が俺を引き止めてしまったせいで、生きる決断を下してしまったのだ。あの時さっさと死んでいれば彼女は生きていたかもしれない。

 しかしもしその時に戻れたとしても俺はまた愛という名の底なしの沼に足を突っ込んでしまっていただろう。

 俺が死なずに彼女と一緒に歩み始めてから、あの時はこんなことで死のうとしてたのかと自分自身に呆れ返っていたが、彼女をなくした今は馬鹿みたいに思える。



 はっ、と気づく。なに考えてんだ、俺なんかが思い出に浸る権利なんかない。さっさと落ちよう。


 恐怖も勇気も忘れてしまった俺は、力の入らないこの身を世界に委ね、屋上の角から空へと飛び出した。


 視界が鮮明になっていく。

 今度は濁りきった雲がまばらに散りばめられ、その合間からは赤黒い空が光もなくただそこにあった。

「ついに此奴、49回も死んだのか。気持ち悪いやつめ」

「こんな短期間に何度も地獄に来るやつなんか、初めてじゃないか?」

 目覚めた俺を見る鬼達が、忌み子を見るようにな目でこちらを見てくる。


 じゃあさっさと地獄に連れてってくれよ、、そう思った瞬間、辺りの鬼が一瞬にして同じ方向に頭を垂れる。

 あまりの急展開に周りに気を取られていた俺は、俺以外が揃えて並べている頭の方向に視線を向ける。

 そしてその光景に、自分は息を飲んだ。


 人の視力では到底見えないほどの、おそらく永遠に上へと続く御簾とその奥に一人の人間の様な影が椅子に座っている。



「やぁ人間、地獄へようこそ」

 簾の奥から声が聞こえる。


 その声は、何故か俺の耳に良く馴染んでいるような気がした。

 

 笑みを浮かべたであろう閻魔が、死にたがりの俺に一言たずねる。



「49回目の冥界旅行、気分はどうだい?」



 

 

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