第17話 幼なじみの転生は気付けない(17) SIDE ケイン

◇ ◆ ◇


「聞いてくださいよ勇者しゃん。ともだちのはにゃしなんですけどね」


 マリさんは一杯目のぶどう酒でベロンベロンになっていた。

 酒弱っ!


 そのくせどんどん飲むのだから、どんどんろれつが回らなくなっていく。


「きいてますかぁ? ともだちの話なんですけどねぇ!」

「聞いてますって」


 もう同じ話、4回目だよ。


「そのともだちのおしゃななじみがですねぇ、ずえったいわた……ともだちのことしゅきなのにですねぇ……すやぁ……」


 ええ!? ねるの!?


「はっ!? おしはりゃい!」


 おきた。


「いいですよ。払っておきますから」

「らめぇ!」


 まったく頭は回っていないようだが、支払いだけは譲らないらしい。


「わかりましたよ。よろしくお願いします」

「はぁい。おねえさぁん!」


 町娘が酒場のウェイトレスに渡したのは、1枚の銀貨だった。


「これでたりますかぁ?」


 たりるもなにも、銀貨一枚は日本円にしてざっくり1万円くらいの価値だ。

 酒場での食事は日本に比べ割高だが、それでも安いぶどう酒数杯でたりなくなる金額ではない。

 というか、庶民は銀貨なんて持ち歩かないらしい。

 庶民の月給は銀貨5枚くらいだというから、それをポケットからポンとだすのはちょっと普通じゃない。


「え、ええ。もちろんです。おつりを……」


 ウェイトレスさんが困惑するのも当然と言える。


 何者だこの娘?


 逆ナンされた嬉しさもどこへやら。

 オレの警戒心がビンビンに跳ね上がる。


「きょうはありがろぅごらいましたぁ! それれは!」


 酒場を出たところでしゅたっと手を上げ、元気に挨拶をするマリさん。


 この人が怪しいのはおいといて、このまま帰すわけにもいかない。

 夜道を酔っ払った少女が一人で歩くなんて、襲ってくれと言っているようなものだ。

 たとえ罠だとしても、今のオレなら逃げるくらいはできるだろう。


「家まで送りますよ」

「ほんろですかぁ!?」


 めちゃ喜んどる!

 この表情に嘘はない気がするんだけどなあ。


「私のおうちは――」


 どこかを指さそうと振り上げた手がピタリと止まる。


「おうちは?」

「ええと……」


 急にキョロキョロしだした!

 え? 帰り道がわからないとか?


「やっば……おうちなんてありません!」

「どういうこと!?」


 貧乏そうな服装だけど、毎日野宿してるほどじゃないよね?


「ないったらないんです!」


 いや、意味わからん。

 急に酔いが覚めた感じになってるけど、そんなに家を知られるのが嫌だったんかな。


「えっと……それじゃあ、近くまでお送りしますよ。さすがに心配ですから」

「いい人ですね……じゃなくて、おかまいなく!」


 マリさんはオレにくるりと背を向けて歩き出そうとする。

 しかし、酔いが覚めたように見えても酒は十分に残っていたらしく、転びそうになった。


「あぶないっ」


 慌てて抱き止めると、豊かすぎる胸が腕にのしかかり、腕を支点にだらんと下げられた頭から帽子が落ちた。

 すると、帽子に隠されたきれいな金髪が、さらりと流れる。

 庶民では維持できないような美しい髪だ。


 嫌な予感がする。

 ものすごく。


 オレはマリさんを抱き起こすと、その顔をじっと見つめた。


「あわわわわ……」


 慌てて顔を隠そうとするマリさんの手をおさえ――


「まさか、マリー様……?」


 口に出してから、知らないフリをすればよかったと後悔してももう遅い。


 彼女は気まずそうにオレから目を逸らせたのだった。


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