迷子

連喜

第1話 山へ行く

 俺が小学校5年生の頃のことだ。放課後一人で自転車に乗り、山の方まで出かけた。季節は初夏だった。〇〇県〇〇市内に住んでいたが、田舎だから、自転車で30分も走れば田畑ばかりの土地に出た。そこをさらに通り過ぎると杉林があって、その先にそれほど高くない山のような丘のような地形になる。


 平日だったのに、俺は毒キノコを取りに行きたくなった。有名なカエンタケなんかが欲しかった。自分でも説明できないが、どうしても、その日に行きたくなった。学校にいる間中、山のことを考えていて、家に走って帰った。俺はいわゆる鍵っ子で、冷蔵庫から牛乳を出して飲んで、親が置いて行ったおやつを食べて腹ごしらえした。片道1時間くらいかかるのだが、親に内緒で出かけた。


 カエンタケは珍しいキノコで、山に行ったからと言って生えている保証はない。しかし、理科の先生がそこに生えていたと教えてくれたのだ。でも、運よく生えていた。まさに地獄の炎のように、メラメラと毒々しく上に向かって伸びていた。素手で触ると危ないと知っていたから、ビニール袋を掛けてもいだ。キノコだから柔らかい。


 俺は子どもだったから、時計を持っていなくて、大体1時間くらい経った頃に、家に帰ることにした。着く頃には暗くなっているかもしれない。帰りが遅いと親に怒られる。うちの親は体罰もする人たちだったから、正直怖かった。


 俺はビニール袋に何種類かキノコを入れてお土産にするつもりだったが、食べられるかどうか保証はなかった。


 俺は自転車に乗って必死に走った。行きは時間がかかるがら、帰りはあっという間だった。ちょっと下り坂になっていて、帰りの方がスピードが出るのだ。


 坂を降りると、また田んぼと畑の景色に変わった。それを過ぎると、住宅街になる。見慣れた景色が見えて来た。ちょっと薄暗いが、まだ真っ暗ではない。母親は家にいるだろうが、ちょっと「遅かったね」と小言を言われるだけで済むだろう。


 俺は家の近くのたばこ屋の角を曲がった。そこには、見慣れた我が家があるはずだった。


 あれ?


 俺は愕然とした。


 家がない。


 俺は頭がおかしくなったのかと思った。

 さっき出て来たはずの我が家の場所には、全然違う家が建っていた。


 俺はダメ元でチャイムを鳴らした。

 出て来たのは全く知らないおばさんだった。自分の母親より10歳以上年上で、60歳位に見えた。


「すみません」

「どちらさま?」

「ここは、江田さんのお宅じゃありませんか?」

「違うよ。この辺に長く住んでるけど、江田さんって言う家は聞いたことないよ。どうして?その家に行きたいの?」

 おばさんは俺のことを心配してくれているようだった。

「いえ・・・」

 ここが自分の家だったなんて言えなかった。

「もし、必要だったら電話貸そうか?」

「あ、はい!」

 僕ははっとした。

「いいんですか?」

 ごく普通の人に見えたけど、頭のいい人だと感心した。俺はお邪魔します、と声を掛けて家に上がった。電話は玄関に面した壁に、小さな電話台の上に置かれていた。レースのカバーがかかっていた。


「かけてみたが話し中だった」

 もしかして・・・

「ここの電話番号いくつですか」

「****-**-****」

 うちと同じだった。同じ住所。同じ電話番号。

「名字は何ですか?」

「添田」

「・・・」

 俺はショックで声が出なかった。

「大丈夫?あんた、家どこ?」

「隣の町内です・・・すいません。家に帰ります」


 俺は頭を下げて家を後にした。どうしよう・・・家がなくなっている。

 その時感じた絶望は言いようのないものだった。

 もう、戻る場所がない。

 家族が地上から消えてしまった・・・・!

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