第7話 両手に花

 怒鳴ったことで怒りがおさまったフェイトは、ハッとした表情で我に返る。

 仕事中に無関係の人間に当たってもよくないのにと。


「貴女に言っても仕方がないことで怒ったりして申し訳ございません」

「別に良いわよ。ブラフマーエージェントっていうのも楽じゃないのがわかったし」


 急に丁寧な言葉で謝られたことで白けたホリィもフェイトを許す。

 これで二人の喧嘩は丸くおさまったわけだが、そうなると喧嘩の隙をついて逃げ出そうとしたヒロシたちに二人の目が向かう。

 フェイトはまだ管理中の仕事相手がどこかに行かないようにするため。

 そしてホリィはフレアが抜け駆けしないようにするため。


「それで……どうしますか? 城之内さん」

「ひとまず向こうの休みが終わるまではここに居させてくれよ。せっかくこの二人と仲良くもなったし、明日は三人で別のダンジョンに行きたいし」

「おお、良いねえ。あたしと一緒に明日は南のダンジョンで石炭でも回収に行こうじゃないか」

「ダンジョンならば我がいい場所を知っておるぞ。ギルドも知らない父上秘蔵の魔石採掘場があってな……魔石だけじゃなくて自生するモンスターの素材も高く売れるものばかりだ」

「出しゃばるな。ヒロシの先約はあたしだぞ。お前はあたしのおかげで手続きがスムーズにおわったんだから、身を引くのが筋ってものだ」

「いいや、そもそも我はヒロシの言葉に乗せられてギルドに入ったんだぞ。先に我を饗すのが礼儀だ」

「だったらとりあえず、三人で話し合って決めようじゃないか。俺は二人のうちどちらかを選べないし」

「だったらあたしの魅力をたっぷり教えて、ヒロシを骨抜きにしてやろうじゃない」

「主こそ我とヒロシの絡みを見て、泣いて逃げるがいい」

(オーザムに来て早々にモテすぎでしょ)


 言い争いが変な方向に発展した三人は、そのままギルドハウス近くの宿に消えていった。

 フェイトは監視のために同じホテルの部屋に泊まるが、三人が泊まるスイートルームからは一晩中物音が響いていた。

 翌朝、部屋から出てきた三人の内、ホリィとフレアは相変わらずの言い争いをしていた。

 だが昨日とは異なり、じゃれ合うような口喧嘩なので仲はむしろ良さげである。

 二人の仲を取り持ったであろう「かすがい」であるヒロシだけは疲れ顔だが、おかげでホリィとフレアの二人は、ヒロシのための薬草を探しに行くことで意見が固まったらしい。

 異世界二日目は薬草を探しに山に向かい、そのまま現地で一泊のキャンプ。

 帰還予定となる三日目は朝のうちにギルドハウスまで戻ってくると、名残りを惜しむように三人で夕方まで宿で語り合ったようだ。

 おかげでヒロシの考えはオーザムに移住して、正式に冒険者となることで大方固まったのだが、一つ不安が残る。

 それはこのまま三人で一緒にいたら、自分の身が持つのかと言う点。

 彼自身が招いた事だが、ここまでトントン拍子に進んだあたり、オーザムの勇者が受けるプロットに近いナニカであるとフェイトも察していた。


「じゃあフレアにホリィ、次は週末に来るよ」


 週末と言われてもオーザムで曜日感覚を持つのは、作物の管理に用いる農家くらいのもの。

 冒険者も、商人や勤め人も、休日は数日おきに取るようにしていて、週休二日という制度は根付いていないため、二人が小首を傾げるのも無理はない。


「冒険者になるのなら、元の世界の仕事なんて辞めてしまえば良かろうに」

「あんたもバカね。ヒロシはあんたみたいな魔王っ子も見捨てられないお人好しよ。元の世界の仕事仲間も見捨てられなくても不思議はないじゃない」

「それもそうか。我が居るのに主のこともシッカリと相手しておったしな」

「そういうあんたこそ、あたしで満足したハズのヒロシに無理をさせていたんじゃない?」

「ぬかしおる」


 ヒロシを巡って戯れ合う二人はしばらく言い合うと別れて、次にヒロシが来るまでの間は各々で過ごしていた。

 一方、フェイトが使用したストラーストーンを使い、3日ぶりに我が家へと帰ってきたヒロシは出発前とは様変わりである。

 あのときは仕事の疲れでやつれていた彼の顔は気力の満ち溢れている。

 しかしホリィとフレアという美少女二人の相手をし続けたことで、彼は別の意味でやつれていた。

 気持ちは満足しても体は搾り滓。

 開放されたヒロシはどっと疲れが出たのか、床に座り込んだ。


「お疲れ様でした。それで……転職の件はどうするか決まりましたか?」


 ヒロシに合わせて膝を折ったフェイトは彼に語りかける。


「提案なんだけれど……今の仕事は続けたまま、週末だけオーザムに行って冒険者になるっていうのはダメかな? 転職じゃなくて副業になっちゃうけれど、ストラーストーンがあれば出来るし」


 ヒロシの提案を聞いたフェイトは電話を取り出してブラフマンに確認を取る。

 今回、エージェントとしてヒロシの行動を監視していた立場でフェイトが推測した通り、ブラフマンも「今回築いた二人との関係」を今後とも維持することを条件にそれを認めた。

 ひとまずフェイトはブラフマンの指示で10往復分20個のストラーストーンをその場で手渡し、以降の分はブラフマンが郵送の手配をすると約束した。

 ついでに不測の事態ではフェイトが直接渡せるようにと、彼女の連絡先も添えて。


「この住所……お姉さんは別の世界の人間じゃなかったんですか?」


 ブラフマンの指示で連絡先が書かれた名刺をフェイトは渡したのだが、それを見たヒロシは驚く。

 フルネームがフェイト・ブルートアイゼンという確実に日本人ではないネーミング。

 外見も天然の銀髪で異世界人にも負けていない美形のため、彼がフェイトも異世界から来た人間と思うのも無理はない。


「一応、その住所は仕事用の小さい事務所で自宅じゃないですが、私はれっきとした日本育ちのドイツ人ですよ。ブラフマーエージェントとしてあちこちの異世界で転職案内をするようになるとは思いませんでしたが」

「そ、そうなんだ」


 ドイツ人なのに日本育ち、そして今は異世界に行く仕事。

 随分と普通じゃない経歴なのだなとヒロシは驚くわけだが、それは週末冒険者となったヒロシも負けてはいないだろう。


「逆に私からも質問してもいいですか? どうして今の仕事は辞めずに、冒険者との副業を選んだのでしょう」


 別れる前にフェイトは彼の真意を確かめておこう。

 そう考えて質問をぶつけてみるわけだが、彼女も薄々その理由は察していた。

 だが覚悟がなければブラフマンの出した条件を破ってしまうだろう。

 念のための確認である。


「下品な話で申し訳無いんですけれど……流石に毎日あのペースで二人の相手をしていたら、俺の身が持たないですよ。適度に距離を取るための理由として、元の世界での仕事を理由にすれば、こっちに逃げて休めるかと」

(やっぱり。呆れるほどに予想通り)


 フェイトはヒロシの行動を監視していたからこそ、今まで女を知らなかった彼が一気に二人の女を知ったことも把握している。

 同じホテルだったり、野宿する三人から少し離れた位置だったり、昼間からご休憩中を宿屋の前で待っていたりと、監視していたら彼らが関係を持ったことを察しないほうが鈍すぎるくらいであろう。

 とりあえずこれで今回の仕事は終了。

 異世界相手で休みが不定期なフェイトにも、しばし休息の時間が出来た。

 家に帰れば大学四年生になる同棲中の恋人が彼女を待っている。

 眼の前で見せつけられたフェイトも今夜は恋人を寝かせたくないと思いながら家路についた。

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