嫌だ嫌だ

午後5時、初夏の夕方は別に夜を感じない。

静かになるのはセミの鳴き声くらいで、傾き始めた太陽が窓から射すことも無い。

「今日は何弾く?」

「やっぱMrsだよ、青春っぽいし」

「まずは文化祭の曲完璧にするんじゃなかったのか?」

駄べりながらやってくる4人組。彼女らがここを使って演奏しているらしい。

「来たね」

僕らは特に態度を変えることなく勉強を続ける。逃げられたら証拠を手に入れられないしね。

空き部屋にも古いがコンセントはあるので繋いでプラグを刺し込む。重ねられた椅子や机に上手くカモフラージュしていて気づかなかったけど、機材はここに置きっぱにしているらしい。

「よし、じゃあ始めようか」

カンカンとドラムの人がバチを叩くと演奏は始まる。僕らはその演奏を聞くまで生徒会長の意向に逆らおうとは考えもしなかった。

演奏が終わった時、僕らは思わず拍手をしてしまった。

「あっ、ありがとう」

照れながらボーカルの女の子がお礼を言う。素人が寄り集まった即興のような感覚、そんなものは一切なく息のあった演奏が僕らの心をつかむ。どうしてこんなところで演奏をしているのか不思議なくらいに。

「あの、僕達生徒会長から言伝を預かってまして」

言いにくくも僕は席を立ち彼女らに話をする。大まかに言えば立ち退きをして欲しいということなのだが、

「でも、どうしてこんなところで練習してるんですか?こんなに上手いなら軽音楽部に入ればいいと思うんですけど」

それを言われて4人は苦い顔をした。

「それは、無理なんです」

「どうして?」

「軽音楽部は、廃部になりましたから」


「会長、どういうことですか?」

翌日、僕は半ば苛立ちながら生徒会室の扉を叩いた。軽音楽部が廃部になっているとは一体どういうことなのか。

「それは僕に言われてもねぇ。あくまで主体は先生方にあって僕らはその役割を精査し執行するだけ。反対があれば反発せども沈黙ならばそれはまかり通る。軽音部が廃部になったのはなにも学校のせいじゃない。ただ、校則に則って行われた処分だよ」

聞けば、軽音楽部は去年3年生が卒業した状態で部員がいなくなり代わりに部員の増えた同好会を部活に昇格したことで軽音楽部のあった部室は消え、そのまま部活も……という流れだそうだ。

「それはあんまりじゃないですか?校則にも原則3年間部員のいない部活は廃部とするって書いてありますよ」

「だから、廃部では無いよ。形式的には残ってる、彼女らの言う廃部とは実質的な話だろう。部室のない軽音楽部にできることなどほとんどない。学生という身分でスタジオなんぞ毎日のように借りられる訳でもない。彼女らが部室を手に入れるとすれば、文化祭でその実績を作ってもらうくらいしかないな」

そんなのあんまりじゃないか。とは言い返せなかった。結果として部室に空きはない。このまま口論を続けて行けば自ずと僕らの部活を明け渡すことを提案するはずだ。

だけど、今部室を明け渡すわけにはいかない。

「分かりました。その旨を伝えに行きます」

渋々、僕らはまた空き教室へと向かう。

「あれでいいの茜くん。納得いってないみたいだったけど」

夜司さんの言う通り納得はしてない。だけど折り合いをつけないといけないこともまた事実。

「今は引き下がるだけで諦めてないよ。あの人達は必死に努力してるんだ。蔑ろにされていいはずがない」

「私も、そう思います」

今日はもう既に5時を回っている。特別棟からはあのギターの音が聞こえてくる。

階段を上って姿が見える。掻き鳴らすギターは輝いていて、煌めく頬に汗が伝う。

「あの、」

輝きは失われ、しんとした静寂が覆い被さる。

「今、練習してるの」

「ごめんなさい。でも、聞いてください」

「なに?」

「生徒会長に伺ったんですけど、やっぱりここで練習するのは難しいみたいです」

「嫌だよ!」

張り詰めた空気に、刺すような音が響く。

「どうして?私達はただ練習してるだけ。部室のない部活で、どうやって練習すればいいの?」

「それは……」

返せる言葉がない。彼女の激情は止まらなかった。

「私達は本気なんだ!それを邪魔するんだったら、、ここから消えて!」

振り絞るように出した声は僕らを叩くように突きつけられる。

瞬間、目の前が真っ暗になったかと思い目を瞑る。次に目を開けると僕らの目の前には彼女らの姿は無い。

「おや、ノックもなしに入室とは随分と失礼な方だ。と思ったら、なんだ君たちか。例の一件は解決してくれたのかな?」

目の前に立つ生徒会長は、いつものように笑っていた。

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