物憂げな顔

「大丈夫ですか?」

暫くボーッとしたままだった僕を心配してか天城さんは僕に声をかけてくれる。直ぐに返事をしてなんでもないよというように百奈のマイクを取ると誤魔化すように歌い始める。歌い終わると、胸に使えた感情は曲と一緒に吐き出したような感じがして落ち着きを取り戻す。

「すごーい!どうしたの急に、さっきと別人じゃん!」

百奈の褒め言葉も、今はあまり嬉しくない。息をついたように席にもたれ掛かると、ビニルのようなシートが沈み込む。

人は思い切って歌うと案外上手く聞こえるものなのだろうか。

僕の些細な変化に二人は気づきながらもあえて触れてこない。僕はその優しさに感謝する。何が変わったかなんて大それた変化では無いけど、どうしても彼女のスマホの画面を思い出すと気になって仕方がない。

「ほら、ソワソワしてないで歌うよ!」

そんな僕に気をかけたのか百奈はあえてのデュエット曲を選ぶ。が、曲名を見たらそんな思いはどこかに吹き飛んだ。

要はそんなの忘れて楽しくしていろってことらしい。いいじゃないか、受けてたってやる。

「よし、歌うぞー!」

「おしっ!その意気その意気」

「じゃあ私も歌います!」

結局時間ギリギリまでみんなで歌い尽くし、店を出る頃には夏が近いというのに日は沈みかけていた。

「楽しかった〜!」

思う存分楽しめたようで百奈はとても満足気だ。その隣の天城さんもいつものよそよそしい雰囲気はどこかに行って随分と明るく百奈にも接するようになっていた。

「百奈さん、連絡先交換しませんか?」

「えっ?まだしてなかったっけ。ごめん!」

そう言って早速スマホを取り出して本体どうしを振っている。

僕はそんなふたりの光景を静にも見せてあげようと思いこっそり写真を撮る。それで、静に送ろうとしていたところで百奈に見つかったので慌ててスマホを隠した。

「ど、どうした百奈。連絡先交換していたんじゃなかったっけ」

「それはもう終わったよ。そ・れ・よ・り。そりゃっ!」

と僕が手を後ろに回してわざわざ隠したスマホを取り上げようと手を伸ばす。流石にその距離じゃ僕のほうが先に反応できる。

「なんだよ。どうして僕のスマホを取ろうとするんだ」

「絶対なんかしようとしてたし!」

「まぁまぁ、2人とも落ち着いてください」

天城さんが仲裁に入ることでようやく落ち着きを取り戻す百奈。子供じゃないんだからそこまでする必要ないのに。

「それで、茜くんは何をしてたんですか?」

まさかの百奈サイドだった。人数不利には抗えず、やむなくスマホの画面を見せる。それは静とのLINEの画面で、2人が写った写真を送ろうとしている場面でもあった。

「うわっ、盗撮だ」

と、冗談めかして百奈は言っているが別に間違ってはいないので何も言い返せない。黙って二人の鉄槌を喰らおう。

「ていうかそういうことなら言えばいいのに」

と言って百奈は天城さんと肩を組む。そのまま僕の近くに寄ってきてカメラのアプリを立ち上げたスマホを傾ける。

「はい、撮るよ」

僕と天城さんの肩がくっつく距離になって僕は意識をそらすのに精一杯だった。

「もう、写り悪いなぁ茜は」

なんて文句を言われたがそれは流石に許して欲しかった。

「まぁいいや。この写真ならいいでしょ」

と言うと僕と彼女のLINEに写真が貼付される。今どきの子(自分もそうではある)はカメラがアイコンになった某有名ビビッドなアプリを使って文面のやり取りをするらしいが、あいにく僕はやってない。多分こういうところから時代に取り残されていくんだろうな。

「ありがと。じゃあこれを送っとくよ」

と、あまり見もせずにその写真をそのまま静との通話に転送する。すると直ぐに既読がついた。

「自慢か?」

結局暇なんじゃないか。という文句は口に出さないでおく。

「来ないやつが悪いんだ」

と送ってスマホをポッケに突っ込む。二人は今もなんだか楽しそうに話をしていたので安心する。一体何目線だと言われるかもしれないけど、人が笑っていたらなんとなくこっちも幸せになるもんだ。

「そろそろ帰ろう」

「そうだね」「はい」

街灯がついて空がさらに色深くなっていく。

「ところで、なんの話をしてたの?」

二人は顔をまるで確かめ合うように見合わせると、ニヤニヤと笑う。

「ひみつ〜」「ひみつです」

なんだそりゃ。まぁいいか。

「そうですか」

「乙女の秘密だよ〜」

その秘密は本当に彼女にとっては秘密になる。何を抱いて何を語ったか。それはノートに描かれなければ幻想になる。

彼女がいつまでも笑う未来は来るのかな

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