中州にGO

まず河原に降りたってすることと言えば水辺に向かう、ではなくBBQの準備だ。委員長の指示によってテキパキと分担作業で昼食の準備は進む。とても委員長を努めて一ヶ月の仕事ではない。

「終わった人から遊びに移ってかまいませんから協力して頑張ってくださいね」

そういう一言でみんなのやる気を出させるところもすごい。

僕らの分担はBBQに使う炭火のセットと、いざというときの消火用の水を汲んで置いておくことだった。

「じゃあ僕は水汲んでくるから」

やっぱろ重いものを運ぶのは男がする仕事だろう。そこは積極的に引き受けて彼女たちには手が汚れてしまうかもしれないけど炭を頼む。まあ静がいるからあまり心配はしていないが。

両手に水の入ったバケツを持って歩くのは、部活に入っていない身には意外と響いた。ゆっくりとバケツを置くと腕が痛い。その間に彼女らはすでに準備を終わらせたらしく、周りにはすでに準備が終わって遊び始めている姿もちらほらとある。

「遅かったな」

「あんなにきついとは思わなかった」

「これを機に運動をするんだな」

「……善処する」

分担の仕事を終わらせた僕らも、服を脱いで濡れてもいい格好になる。

さすがに水着という訳にはいかないので、半袖半ズボンになっただけではあるが。ノリの良い人達は元気に水着になって、5月のまだ寒さの残る水辺で派手に遊ぶ。

僕らはせいぜい裸足で水辺を歩くくらい。

「静はアイツらと遊ばないのか?」

「俺は後で風邪ひくのはごめんだ。それに、今はお前らの班なんだからそんな事しないだろ」

「静は私と遊ぶんだもん。ねー?」

「急に会話に入ってくんじゃねー」

静が百奈に水をかけたことでやり合いが始まった。巻き込まれるのはゴメンなのでそそくさとその場を離れる。少しだけ服が濡れたが、丁度よく太陽が照ってきて涼むにはいい感じの気温だ。

「天城さんは水辺には行きませんか?意外と気持ちいいですよ」

「それなら、少しだけ」

あまり感情を表に出さないので、嫌がってないかと心の中では不安になる。でも彼女が水辺まで向かうのでとりあえずついて行く。

「うわ、ホントに冷たいですね。でもいい感じです」

「それなら、良かったです」

クラスのみんなはもう既にお祭り状態。ほとんどの人は河原で水切りをしたり、魚を探してみたり、泳いだりと自由だ。

「あっ」

少しだけ奥に向かおうとした彼女の足場が崩れたのか、体勢が傾いてこけそうになる。

僕は咄嗟に彼女の手を取って、肩を掴んでしまった。

「大丈夫ですか?」

「ええ。ありがとうございます」

「あっ、ごめんなさい!」

天城さんが少しだけ頬を赤くしていたのを見て、自分が手を握ったままだということに気づいて慌てて手を離す。

初めて触れた彼女の手が思ったよりも冷たかったとか、手が小さくて柔らかかったとか忘れようと思うほど思い出して僕まで顔が赤くなる。

互いに視線が合わず、沈黙のままその場に立つ。クラスメイトの笑い声と森林が靡くせせらぎがやけに大きく聞こえて、いたたまれない気持ちが膨らむ。

「「あのっ」」

「あ、先どうぞ」

言葉が重なって、気まずさは増した。

「少し散歩しましょう。ここだと水が飛んでくるかもなんで」

「そうですね。私も行きます」

少しだけ人目を離れて、と言っても川から離れた河原の方に行って座っただけ。みんなが遊んでいる姿を眺める。

「天城さんは学校、楽しいですか」

なんだその質問は。と自分でツッコミを入れてしまうほどにはあまりにもくだらない会話の切り出し方だったが、彼女は静かに語り出した。

「正直に言うと、分からないです。去年の自分に出来たことが出来なくなっていくという実感だけが残っていくのが辛いですけど、クラスの人達は私を心配して声を掛けてきてくれるし、だから苦しくは無いです」

「なら、僕が天城さんを誘ったのは良かったことなの、かな?」

「はい、それはとても嬉しかったです」

このオリエンテーションで彼女は初めて笑顔を見せた。

「やっぱり、楽しいことはみんなでした方がいいのは変わらないね」

時折見せる彼女の砕けた口調は、きっと病気になる前の本来彼女が使っていたもので、塞いだ彼女の心を少しだけでも溶かせたなら良かったと思った。

「僕も、天城さんを誘って良かった気がする」

遠くで静と百奈が呼ぶ声がする。とっくに2人はびしょびしょで、だいぶ遊んだようだ。

「分かった」と返事をして、天城さんに行こうと言って手を出すと「うん」と返事をして僕の手を引き立ち上がる。

結局クラスで水球だとかドッチボールみたいになって服は濡れてしまい、着替えた後に食べたBBQも美味しかった。

帰りのバスでは疲れきってそこかしこで寝息が聞こえてきて、楽しかったと思って隣を見ると安堵の表情をした天城さんが寝ていた。

それを見て、僕は「良かった」と思って目を閉じるとまるで糸が切れたかのように意識はゆっくりと霞に消えた。

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