身体測定とスポーツテスト

一学期が始まってすぐにあると言えば身体測定。本当にこんなことで授業が潰れてくれるのは大いに嬉しいことだけど、同時にスポーツテストまであるから困ったものだ。

「午前中に身体測定を終わらせた後、お弁当を食べたらそのまま外に向かってくださいね。それでは男女ともしっかり場所を確認して行ってください」

先生はそれを言うと教室から出て行った。彼女はボードのようなものを持っていたから持ち場があるんだろう。

「茜、行こう」

「うん」

基本的に回る順番などは決まってないので大概は仲のいい人と測定場所を巡る。本当に静がいて良かった。

彼は意外と効率を重視するやつみたいで、1番遠い場所は人が少ないはずだと行って真っ先に向かった。案の定あまり人は並んでいなくて時間をかけずに済んだ。

そうやって彼の言うままに着いていくと最後の1つを残して流れるように終わった。

「最後が、ここか」

最後の大砦、内科検診。体育館で行われるその検査は1人あたりの時間が長いからか、最初から今まで長蛇の列を作り続けていた。

「こればっかりは並ぶしかないな」

最後尾に着いて僕らも列に組み込まれた。だけども僕は気づいた。僕たちの前の人に。

「静、前見て前」

どうにか彼が気づかないかと声をかける。しばらくなんだ?誰だ?とか言っていたが、僕がこっそりと指さすことでやっと気づいてくれた。

「あっ」

天城さんという前に僕は彼の口を塞いだ。が、聞こえていたみたいで彼女はこちらに振り向いた。

「誰か分かりませんけど、私に何か?」

彼女の言っていることは本当だった。僕はまだしも、クラスでも一定の立ち位置にいる静にさえ気づいていない。今日だって彼は色々な人の挨拶を受けていたはずなのに。

「ああ、俺らは天城さんのクラスメイト。俺は静で、こいつは茜だ」

「そうでしたか。よろしくお願いします」

彼女はペコりと頭を下げた。僕らも続いて頭を下げる。.........なんだこりゃ。変な緊張感がある。

「そうだ、天城さんは友達と身体測定回ったりしてないの?」

あまりの沈黙に思わず静が口を開いた。

「私みたいなその日のことすら覚えられない人に友達なんて出来ないですよ」

自嘲を込めた虚しい笑いは逆に僕たちの心を締め付けた。そこから会話が弾む訳もなく気づけば僕はメガネをかけた先生の前にいた。

「はい、口開けてね」

ーーーーーーーーーーーーーー

昼食を食べ終えて、僕らは外へと集合する。体育教師の注意事項の後にクラスや男女で別れて移動を始める。

「なぁ茜、勝負しようぜ」

「俺は勝てない相手とは勝負しないんだ」

ちぇ、と悔しそうな顔をするが、多分気を遣ってくれたんだと思う。なんだか彼女の表情が忘れられなくて集中できない。そんな僕の気を紛らわそうとしてくれたんだけど残念ながら晴れてはくれない。

最初の種目は50メートル走。運動全般が苦手な僕だが、これは別に少し長く走るだけなのでこのスポーツテストのラスボスと比べたらかなりマシな部類な気がする。

「位置について、よーい」

手前の旗振り係が旗を下げる。高校に入ってからクラウチングスタートが強制なので、手をつき腰をあげた。ふと隣を見るとそこには静がいてこちらを向くとニッと笑う。

「スタート!」

僕は呆気にとられてスタートを出遅れた。それでもなんとか低い姿勢からの走り出しで彼に並ぶ。椅子に座る先生が見える。右側にいる先生が見える限り僕は抜かされていないということだ。そのまま終盤、疲労を感じるが踏ん張る。

「あっ」

と声に出たはいいものの、どうにもならない。足が何かに突っかかる。そのまま僕は為す術なく手をついて地面と擦れる。

「痛った」

手と膝は擦りむけて血が出ていた。

先生が駆け寄ってきたが、このくらいなら洗って保健室に行けば済むことなので、「自分で行けます」と言って足を洗いに行く。

校舎に戻る途中ふと見上げると生徒が前を向くのが見えて、なんだかサボっているような言いようのない背徳感を覚えた。

「失礼します」

授業中だと言うのに保健室にはいつも生徒がいる。サボったり病気だったり色々だ。

「どうしましたか?」

この学校では若めの先生がこちらに来てくれた。だがすぐに僕の怪我を見て、座ってくださいと椅子を隣に動かしてくれる。

ふと、周りを見ると知っている顔があった。

「.........何ですか?」

怪訝な顔をしてこちらを警戒する彼女に、僕は慌てて弁解する。

「あの、僕はクラスメイトの茜って言うんだけど覚えてない?」

しばらく考え込んだ後、彼女の前の机にあったノートをパラパラと開く。

「ごめんなさい、ノートにも書いてないから覚えてないです」

「ああ、そっか。じゃあ気にしないでください」

あれにノートを書いているのか。

そんな些細なことを知れただけでもなんだか嬉しい。保健室の先生が戻ってきて僕の傷口に消毒液を塗って絆創膏を当ててくれた。

「それじゃあ、失礼します」

僕はそのまま保健室をあとにしようとしたが、呼びかけられて足が止まる。

「待って。.........あなたのお名前は?」

「僕ですか?」

「足を止めてくれてるじゃないですか」

「そうですね。さっきも言いましたけど、僕は茜。白雪茜です」

彼女はノートにメモを取ると、うっすらと微笑んだ。

「そう、白雪茜っていうんですか。覚えておきます」

僕は彼女が悪意なく微笑んでくれたことに二重の意味で嬉しかった。


その日はその後見学だったが、退屈することは無かった。

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