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「今回治療する病ですが、病名はフィルアシス症。糸状虫という寄生虫が心臓に寄生することにより、循環器系や呼吸器系に関する重篤な症状を引き起こし、最終的に命を奪う――大変致死性が高い病です」


 ベアトリスが連れてきてくれた幻療士たちと情報を共有するため、改めてスウォンツェを蝕む病名について告げる。

 聞き慣れない病名を耳にし、幻療士たちは怪訝そうな顔をしたり、戸惑いを隠せない様子で互いに顔を見合わせていた。

 しかし、そんな病は存在しない、聞いたことがないと主張する声は一つもあがらない。


「フィルアシス症の治療には内服薬の投与と手術がありますが、今回は後者の治療法を選択します」

「……内服薬によって治療できるということは、治療薬があるのですか? 治療薬があるのなら、まずはそちらによる治療を試したほうがスウォンツェ様のお身体にもあまり負担をかけずに済むのでは?」

「いえ、それは今回の場合、あまり好ましくありません」


 ベアトリスが疑問を口にし、シュユがすかさず首を左右に振った。

 一般的な寄生虫症であれば、駆虫効果がある薬を投与するだけで十分治療ができる。

 しかし、今回の相手は知名度が高い寄生虫ではなく、より致死性が高い糸状虫だ。そう簡単に片付くのであれば、こんなにも甚大な被害は出ていない。

 シュユの答えを聞き、ベアトリスが訝しげに眉根を寄せる。


「確かにフィルアシス症の治療薬もありますが、今回のように重篤な症状が出ている際に安易に投与するのはかえって危険です」

「……何故?」

「フィルアシス症で腹水や血尿といった症状が出ている場合、心臓内に相当な数の糸状虫が寄生していることが予想されます。このような状態で治療薬を投与すると、死滅した糸状虫が血管に詰まってしまうおそれがあります」


 糸状虫の寄生場所は心臓。右心室から肺動脈にかけての部位だ。

 そこの血管が詰まればどうなるか。彼女たちなら簡単に気づくはず。

 そう予想を立てて答えたが、シュユの予想どおり、ベアトリスはもちろん他の幻療士たちも大きく目を見開いて言葉に詰まっていた。


「また、フィルアシス症の治療薬として使われている薬にも理由がございます。フィルアシス症について研究する中で、糸状虫に対し優れた駆虫効果を示すと明らかになったのは――アサニクですから」


 ベアトリスたちが皆揃って顔を青ざめさせた。

 当然だ。アサニクはこの世界に存在する薬のうち、負の歴史を持つ薬。

 かつて王族や貴族の暗殺にも使われた歴史がある――恐るべき毒薬として知られている薬なのだから。


「皆様もご存知のように、アサニクは毒薬の中でも代表的なものです。体内にある一部の酵素の働きを阻害し、細胞がエネルギーを正常に作り出せない状態にして細胞死を引き起こす作用がある薬。これによって全身にさまざまな症状を引き起こし、循環する血液量を低下させて対象を死に至らせる――少量でも急性中毒を引き起こすほど致死性が高い、恐ろしい薬です」


 誰もが青い顔をして黙り込む中、シュユだけが言葉を紡いでいる。


「しかし、アサニクの毒性は人間や幻獣、動物だけでなく、寄生虫にも発揮されます」


 糸状虫を駆虫するためにはどんな薬がいいのか、さまざまな薬を投与した際に明らかになったことだ。

 アサニクの毒性は寄生虫にも発揮されるのかと研究結果を見て、顔が青ざめるのを感じたのでよく覚えている。


「内服薬でフィルアシス症を治療する場合、微量のアサニクを慎重に投与し、糸状虫の成虫を駆除するやり方になりますが――投与量を誤ってしまえば、幻獣の身体に多大な負担を与えてしまいます。ただでさえ弱っているスウォンツェ様に内服薬による治療を試みるのは悪手といえるでしょう」

「……非常によくわかりました。まさか、アサニクを治療薬として使うとは……」

「毒も上手く使えば薬となります。アサニクは代表的な毒薬として知られていますが、上手く使えば薬になるものとしても知られていくかもしれませんね」


 そんな言葉でベアトリスの疑問への答えを締めくくる。


「こういった理由がありますので、今回は手術によって治療します。手術内容としては摘出手術。心臓内に寄生している糸状虫を摘出します」

「は……!?」


 ベアトリスが驚愕の声をあげた。

 アサニクの話で青ざめていた彼女の顔からは、さらに血の気が失せ、もはや青を通り越して白に近いとさえいえる。

 きっと抵抗があるだろうが、フィルアシス症を確実に治療するには、もうこれしか方法がない。


「糸状虫の摘出には、こちらの鉗子を使用します。頸静脈からこの鉗子を右心室内に挿入し、糸状虫を釣り出します」


 その言葉とともに、シュユはテーブルに並べられた医療具のうち、特殊な形状をした鉗子を手で示した。

 鋼性の一般的な直鉗子と異なり、挿入軸が柔らかい素材でできている。表面は特殊な被覆材で覆われており、体内の臓器や血管の壁に沿うように屈曲して押し進めることが可能だ。


 手元は丸いリングと二つのノブからなる注射器のような変わった形で、それぞれのリングを操作することで先端の把持部を開閉できるようになっている。

 病魔災害がきっかけで誕生したこの鉗子は、現状ではシュユにしか扱うことができない。ゆくゆくはフィルアシス症の治療法とともにこの鉗子も他領に広めたいところだ。


「皆様もなんとなく感じているのではと思いますが、危険性が高い手術です。死亡率は三割。……しかし、スウォンツェ様の容態を考えると、これしか方法がありません」


 方法を選んで治療法を選ぶ時間は、もうとっくに失われている。

 直接言葉にはしなかったが、シュユの口調や声色からそれをベアトリスも周囲の幻療士たちも感じ取っていた。

 何ともいえない沈黙が室内を満たす。

 どこか重さも感じられる空気を、ベアトリスのため息が破った。

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