第54話 救助

 ピーポーピーポー


 救急車のサイレン音が鳴り止んだ。入口付近で停車したのだろう。

「おい‥‥、ものすごい荒れてるぞ」

「何なんだ、この状況は‥‥」

「いたる所に血痕が‥‥。何だ何だ‥‥、いったい何が起こったんだ!?」


「おーい! おーーい!! 怪我をされてる方はいませんか?」


「おーい! どなたか返事をしてくださーい!」


「おかしいぞ。なんでこんなに人がいなんだ!? 多くの客で賑わってたんじゃないのか!?」


「ここ、オープンしたばかり‥‥だったよな」


「ん? この黒い布のようなモノは何だ!?」


 救助隊が次々とダイドー内に入ってくる。入ってきたのは救助隊だけではない。警察官も数人入って来て辺りを見渡している。そして、殺された客達の家族も中に入って名前を叫んでいる。


 すると、ひとりの救助隊の男が、鮫島達の元へ駆けつけてきた。ベンチに座っている鮫島が目に映ったからだった。

 海藤は片膝をついて倒れた国府を抱きかかえている。鮫島と国府の傷を見たその男の顔は青ざめた。

「おい君達大丈夫か! いったい何があったんです!?」

 男は早口でそう訊いてきた。海藤は俯いて黙っている。

 鮫島はそっと口を開いた。

「今ここで説明できるようなことじゃねぇよ」


「ど、どういうことです!? 君もその傷っ!」

(え‥‥刀!? ど、どうして刀なんかっ)

 男は鮫島の側に転がっていた日本刀が目に入り困惑した。


「ふっ、強いて言うなら地獄を経験した‥‥とでも言っておこうか」

「地獄!? 他の人達は!? お客さんは!?」

 男は当たり前ではあるが、状況を呑み込めていない。当たり前ではあるが。


「いねぇよ。喰われたからな」

 鮫島は躊躇うことなくそう言葉を漏らした。


!? どういう‥‥」

 男は鮫島のその台詞に戸惑いを隠せなかった。


「あ、あの!」

 海藤は声を上げた。言葉を遮られた男は、顔を素早く海藤に向けた。

「早く病院で手当てしてあげてください! この人達は重症なんです!! 早くっ!!」


「あ、あぁわかった! おーい!! みんなぁこっちだこっち!! 担架2台持って来てくれ! 急げ!!」

 男は状況を把握出来てはいなかったが、何かとんでもないことが起こった後だということだけは理解したようだった。空気を読める男だと海藤は思った。


「バックヤードの更衣室に避難している人達がいるから行ってやってくれ。怯えているだろうから。スーパー内、ホームセンター内と、あとこの2階フロアにひとりづついるはずだ。死んでるかもしれないけどな。助けてやってくれ」

 鮫島は真顔でそう言った。


「あの、あっちのフードコートにもふたりの遺体があります。白い布をかけてありますので‥‥」

 海藤も重たい口を開きながら言った。


「遺体!?」

『里中さん! 担架2台持ってきました!』

 この空気を読める救助隊のその男は『里中』というらしい。別の救助隊員達が担架を押して運んできた。

 隊員達は国府と鮫島を担架に乗せた。

「君は大丈夫なのかい?」

 里中は海藤にそう訊いた。

「はい。僕は大丈夫です」

 海藤は鮫島と国府に目を向けてそう言った。

「いや海藤、お前も怪我してるだろう。お前も救急車に乗れ。ちゃんと診てもらえ」

 鮫島は担架の上で横になりながらそう海藤に言った。海藤は棚橋がかばってくれたとはいえ、あの羊の強烈な酸を多少浴びているのだ。酸と言ってもあの得体も知れない羊の体液だ。感染症の恐れも考えられる。

「‥‥はい」

「君も一緒に救急車に乗ってください」

 里中は海藤に言った。海藤も病院へ行くことになった。


 そして、里中は集まった救助隊員らに指示を出していった。

「いいか! よく聞いてくれっ。この方々から情報提供を受けた。怪我人や犠牲者がまだ他にもいるらしい! 寺岡達はフードコート。犠牲者がいるから運んでくれ! あと岡本達はバックヤード内更衣室! 鬼頭達はスーパー内! 矢吹達はホームセンター内! そして江崎達は2階フロア! 担架もどんどん用意しろ! 行けっ!!」


『了解っ!!』

 救助隊員達は声を揃えて返答した。


 里中という男はリーダーなのだろう。指示が早いし他の救助隊員の態度を見ても間違はなさそうだ。

「伊佐木達はこの方達を病院へ運んでくれ!」

「了解です!」

 もう1台担架が運び込まれ海藤も乗った。「君もこのまま横になってください」


「里中さん、犠牲者ってどういうことですか!?」

 寺岡という隊員は訊いた。

「今はそんなこと話している暇はない! この方達の情報に従うのみ!! 怪我人や犠牲者が出ているという情報を得た以上理由なんてどうでもいい! 俺達は救助することが最優先だっ」


『はい!』

 里中の言葉を救助隊員ら全員理解して、指示された場所へ向かっていった。



「では、我々も病院へ向かいますよ」

 残された救助隊員は、担架を持ち上げながら鮫島達にそう言った。国府は担架に乗せられても目を覚ますことはなかった。海藤は運ばれながらぼーっと天井を眺めていた。


「伊佐木。俺はこのまま現場に残るからあとはよろしく頼むぞ! この状況、ただ事じゃない。俺らの想像を絶することが起こったんだ。あのタトゥーが入ってる男性の傷は相当深い傷を負ってる。あの傷で生きているのが不思議なくらいだ。この人達を死なせるな」

 里中は、伊佐木という救助隊員にそう言った。

「はい! 運ぶぞー!!」

 伊佐木は他の隊員に合図を送り、国府達3人を救急車へ運んでいった。


 このカオスな状況から里中は声を張った。

「一般の方々はダイドー内に入らないでください! はいはい外に出てください!!」

 里中は入ってきた警官達にも状況を説明し、人が中に入って来ないよう促してもらうため協力を仰いだ。


—―———「おいっ相馬さんに報告だ! 大至急!!」

 警官の声が聞こえた。


 海藤は運ばれながらぼーっと天井を眺めた。家族の名前を叫ぶ人達の声が鼓膜を刺激する。泣き喚いている人達の声が。そして耳をそっと塞いで目を閉じた。




—江崎救助班— ~2階フロア、100円ショップ横、大通路~

『おい! こっちに女の子が倒れてるぞ!!』 

『急いで運ぶぞ! 出血がひどい! 紫色の髪の女の子だ!! 早くっ』

『なんだこの傷は!? 息はあるぞっ!』

『我々が見えますか!? 今病院に運びますからね!』

『せーのっ!!』



—鬼頭救助班— ~スーパー内、総菜コーナー裏キッチン出入り口付近~

『おいっいたぞ! 男性、か? 大丈夫ですか!?』

『意識が無い! 担架担架! 早くっ』 

『なんだこのでかい鎌は! なんで壁に突き刺さって‥‥』

『触るな!! いいから乗せるぞっ』

『どうしてナイフが腹に刺さってるんだ!?』

『もう意味がわからない。脈が弱い。急ぐぞ!!』

『っせーのっ!!』



—岡本救助班— ~バックヤード内、従業員更衣室~

『おーい! 誰かいますかー!!』

『おい! いたぞ! 結構人がいる』

『状況を把握しろ! あ、君は?』


「私は富田 明海といいます! みんなここに避難していました。怪我人もいます。助けてください!」


『富田さんね。状況を教えてください』


「はい。私達は——————」

 



—矢吹救助班— ~ホームセンター内、阿洲里忍者村コーナー~

『おいっ男性が倒れているぞ! こっちだ!!』

『担架急げぇ』

『この人撃たれてるぞ! ひどい怪我だっ』

『弓!? あっまだ息はありますよ!』

『大丈夫ですか! もう安心ですよ!』

『向こうに散弾銃のような物が落ちてますっ! 恐らくあれで撃たれたのかもしれません。側には黒い布のような物も!』

『わかった! 落ちてるものには触るなよっ。あとで警察に報告だ。とりあえず急いで担架に乗せるぞ!!』

『せーのっ』



—寺岡救助班— ~フードコート内~

『あれじゃないですか!? 白い布』

『確認するぞ』

『遺体だ‥‥。30代くらいの男性と20代くらいの女性か‥‥』

『なんで遺体なんか。しかもこの男性の両目は潰されている。どうなってるんだ‥‥』

『この女性の遺体にも上半身に大きな切創。出血多量によるショック死でしょう。何で切り裂かれたらこんなふうに‥‥』

『あそこにいる警官を呼んできてくれ!』


 海藤と国府は、テナント内にあった締め作業用の白い布を見つけ、棚橋と宗宮の遺体並べ、覆い被せていた。それがふたりにとって最後の別れであり弔いだったのだ。



 ♢

 


「こんな現場は初めてだ。前代未聞だ。そういえばさっき刺青の男が言っていたな。地獄を経験したって‥‥。あと、くわれた、って。どういう意味だったんだ‥‥」

 里中は、担架に乗せられる八城達の姿や状況を聞いてひどく狼狽し、額を手で覆い被せていた。


 死闘の末各場所には、黒いレインコートと武器だけが残されていた。

 あの人造人間らは八城達に殺された後、不完全体だったが故に、体の原型を維持することができず、まるで蒸発したかのように消滅したのだった。



第55話へ続く・・・。

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