第47話 死闘~ 国府・棚橋・宗宮・海藤 VS 羊【前編】

 国府達4人は、フードコートへ逃げていった羊を追った。


 国府は、昨日フードコートでラーメンを食べたことを思い出した。

 フードコート内は、横一列に有名店のテナントがずらっと並んでおり、きれいに並べられたぴかぴかのイスとテーブル、カウンター席が配置されていた。それに加え、汚れひとつない壁や床、『はい! お待ちどうさま!』と活気に溢れるスタッフ達、ご飯を頬張りながら食事をする客達。何もかも新鮮で胸が躍る気分にさせた。


 しかし、その光景はもうここには無い。

 今、目の前にある悲惨な状態は廃墟に近いと国府は感じた。イスとテーブルの配置はぐちゃぐちゃになり、いたる所に血痕が付着している。壁や床にはマシンガンの弾痕であろう無数の小さな穴が空いており、所々に刀で斬られたような傷痕も痛々しく残っている。破かれた暖簾のれんに、散乱している食材や道具もここで起きた悲劇を物語っている。馬と牛がフードコート内に逃げ込んだ客達をも、ひとり残らず殺害したのだろう。

 今は八城達が他のヤツラを引き付けて、一人一殺を目的とした拡散作戦を決行してはいるが、最悪の場合に陥りこちら側にヤツラが来ないという保証はどこにも無い。そう考えるだけで不安と恐怖で胸が圧し潰されそうだった。



「ヤツはどこに逃げたんだ」

 棚橋は眼鏡を光らせ辺りを見渡しながら言った。フードコート内だけでも結構広いので、羊がここのどこかに潜んでいるとしても探し出すのは難しそうである。


「隙を見て襲ってくる可能性もあります。警戒しましょう」

 国府も周囲に注意を向ける。右手にはふたつのカプセルを握り、いつでも投げれる状態にしている。


「足元にも注意してください。ものが散乱していますので」

 海藤も緊張した面持ちでそう言った。


「奥の方に逃げていった気がするよ」

 宗宮は火炎放射器をぎゅっと体に寄せ付けながら言った。


「よし、行ってみよう」

 棚橋は先頭に立って火炎放射器を構えゆっくりと進んでいった。


 奥から『鳩や』、『玄戒』、『一夢茶屋』、『丼すけどん』と飲食店テナントが並んでいる。各テナントの中を受け渡しカウンターごしから注意深く覗き込みながら羊を探す。


「しっ! 何か聞こえる‥‥」

 棚橋は国府達の前に腕を伸ばした。国府、海藤はお互いの顔を見合わせた。宗宮は後方で海藤のSoCoモバイルシャツの後裾を指でつまみ、足をガクガクさせていた。

 国府は耳をよく澄ました。たしかに荒い吐息のようなものが奥の鳩やのテナント内から聞こえてきた。



「ハァ‥‥‥、ウゥゥゥゥ‥‥、ハァ‥‥‥、アァァァァァ‥‥」



 4人は恐る恐る鳩やに近づいていった。受け渡しカウンターから中を覗くと黒い影のようなモノが見えた。

「ヤツだ‥‥」

 棚橋がそう言うと、海藤と宗宮は火炎放射器をぐっと前に構えた。国府もカプセルをぎゅっと握る。

 羊は奥の冷蔵庫付近でうずくまり荒い呼吸をしながら頭をぐるぐる回している。最初の攻撃が効いているようだ。


「よし、丸焼きにしてやろう」

 棚橋は銃口を羊に向けながらそう言った。


「ここから中に入れますよ。もっと近づいて攻撃しましょう」

 海藤はレジ横にあるスタッフ用出入り口を指差しながら言った。


「あたしもやってやる」

「そうだ、こうしよう。俺と海藤、国府さんで中に入って攻撃する。ヤツは苦しんでまた逃げようとするだろう。逃げられた時に攻撃を食らわせられるように、宗宮はこのカウンター前に待機していて欲しい。飛び出そうとするところをまた火炎放射で追撃してくれ」

 棚橋はそう提案した。

「ラジャー!」

「一か八かですね。今はもう考えている時間もありませんし」

 海藤も賛成した。


「襲ってくる可能性もありますので、もし身の危険を感じたら一旦退避しましょう」

 国府は、羊が襲ってこないという性質はあくまでも八城の仮説だということを念頭にそう提案した。


「そうだな。よし行くぞふたりとも」

 棚橋はそう言って、鳩やテナント内に入っていった。海藤、国府も後に続いていく。

 背中を向けてうずくまる羊に近づいた。羊は3人に気付いていないようだ。焦げたような臭いがする。海藤がさっき羊の頭に向かって炎を放った時、マスクが燃えたからだろう。しかし、そのマスクは皮でできているためか、黒くなっているだけで素顔は見えない。レインコートも半分以上焼け焦げて上半身が露になり、背骨が浮き出ているのもわかる。


「今だ! 放てっ!」

 棚橋の合図で、海藤とふたりで炎を放った。2本の炎が羊を襲う。



 ぼぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!



「ウギャァァァァァァァァァァァッ!!」

 羊は奇声を発しながら、くねくねと体を動かして悶え苦しみだした。立ち上がり両手で頭を抱えながら、少し海老反りになった次の瞬間、


 ぐゔぁぁばぁぁぁぁぁぁあ゛ぁぁぁぁぁ‥‥‥、


 遂に、胸から腹の手術痕のような縦の傷が、横にがばっと開いたのだ。その大きな口の中の無数の牙や、よだれのような液体が滴っているのがはっきりと見えた。


『うわぁぁぁぁああっ!』

 棚橋と海藤は叫び声をあげた。初めてみた化け物のような体を見て普通の人間なら当然の反応である。いくら八城から事前に画像を見せてもらっていたとはいえ、腰を抜かしてもおかしくないレベルだ。


 ヒュンッ!


 棚橋と海藤の間から、国府はその口に向かってカプセルを一直線に投げ込んだ。


「もっと食えっ!!」


 ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!


 国府は、羊の化け物のような姿を目の当たりにしても動じることはなかった。殺鼠剤入りカプセルを次から次へと上半身の口に投げ入れた。実際に対峙してみると国府の中では恐怖心よりも怒りの感情が勝り、すぐに反撃に移行できたのだった。

 そのカプセルは八城言ってたとおり、酸によってジュッっと音を立てながらすぐに溶けてなくなってしまったのだ。


「ウゥゥゥゥアァァァァァッー‥‥」

 羊の咆哮が響く。身体のあちこちが燃えている。化け物のようなその口を閉じて、細い両手をばたつかせる。

「よしっ、8個食わせました! ふたりともしっかりっ!」

 国府は羊の姿に恐怖する棚橋と海藤にそう呼びかけた。


「お、おうっ」

 棚橋は我に返ったかのように羊に目を向けた。


「よーし、追撃だ」

 と海藤が火炎放射器を羊に発射しようとした次の瞬間、


 ぐゔぁぁばぁぁぁぁぁぁあ゛ぁぁぁぁー!!


 羊は勢いよく上半身の口を開いて、唾液を飛ばしてきたのだ。


 ビシャーーーーーッ


『うわぁぁっ!』

 海藤と国府は、叫びながら反射的に両手で顔や体を覆ったが、棚橋はふたりの前に切り込むようにして立ちはだかった。


「ウギュゥゥゥゥ‥‥」

 スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ‥‥‥

 羊は苦しむ様子で両手をばたつかせながら、宗宮が待機している表へと逃げていった。



 カウンター前で待機していた宗宮は、羊の人間離れした姿を見て驚愕した。

「げ‥‥、なに!? 気持ちわるっ」(てか中から3人の悲鳴が聞こえたけど何があったの!?)

 羊は上半身の口を半開きにしながら、スタスタと歩いてきた。長く細い両腕を、受け渡しカウンターにかけて乗り越えようとしていた。指先からは鋭いナイフのような爪が伸びている。


「ウギュゥゥゥ、ウギュゥゥゥゥ‥‥」

(だいぶ弱ってる!?)

 宗宮は羊の姿を見て恐怖に慄いたが、弱っている姿を見て少し心に余裕が生まれた。

 その時、羊は宗宮の方に顔を向けて左腕を伸ばしてきた。


「きゃあぁぁぁぁっ!」

 宗宮は咄嗟に叫び声をあげて、後退りしながら火炎放射器の引き金を引いた。


 ぼぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ


「ウガガァァァァァァァーッ」


 羊は、ぼたっとカウンターから火達磨ひだるまになりながら落ちて、スタッ、スタッ、スタッ、スタッっと走って逃げていった。そのまま中央にある大きな柱に勢いよくぶつかり、ドゴンと鈍い音を立てて仰向けになりながら動かなくなった。


「や、やった‥‥。やったよ!! ねぇ、ちょっと! みんな!?」

 宗宮は鳩やの中へ入り、3人の元へと駆け寄った。


 しかし、その3人の姿を見て愕然とした。



第49話 【国府・棚橋・宗宮・海藤戦 中編】へ続く・・・。

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