第36話 富田 明海の役目

「あ、あの‥‥」

 明海は八城に声をかけた。


「明海さんはバックヤード内の従業員更衣室へ避難してください。場所はわかりますか?」

「案内する」鮫島も近寄りながらそう言った。

「いえ、あの‥‥、私も何かお手伝いできることありませんか?」

 明海は両手を胸の前で握りしめる。


「あ、いや、内容は聞いていたかと思いますが、命に関わります。大変危険です。あなたはここから生きて出ないと雅志さんも‥‥」

「だからです! 私は雅志の為ならなんだってします。このまま隠れてやり過ごすなんて私にはできません。あの化け物と戦うことはできませんが、何か役に立てることはありませんか?」

 明海は今にも涙を零しそうになりながら、自分も何かヤツラに抵抗したいという思いを八城にぶつけた。


「‥‥‥では、明海さんにはこれを使ってやっていただきたいことがありますよ」

 奥原は片手に黄色いを掲げながらそう言った。明海と八城は奥原に目を向ける。

 それは、鮫島と更衣室避難時に使っていたトランシーバーだった。


「ん? トランシーバー‥‥ですか?」と八城。

「はい。おもちゃですけどね。鮫島さんといた時にこいつでしのぎました。ホームセンターのおもちゃコーナーに人数分はあります」

「それはどのくらいの範囲で使えるんですか?」

「恐らくおよそ2キロ圏内であれば通信できるかと思います。今の子供のおもちゃはすごいですよね。ちなみに鮫島さんはピンク色を愛用していますよ」

 奥原は鮫島に視線を向けた。

「おい、お前が勝手にこの色渡してきたんだろーがよ」

 鮫島はピンク色のトランシーバーを握りながら奥原を睨みつける。

「まぁまぁ。でも似合ってますよ」

「チッ、ナメてやがる」

(ぷぷっ!)宗宮はふたりのやり取りを見て吹き出し、口を押えた。鮫島は宗宮に鬼のような形相で睨みつけた。宗宮はさっと目線を逸らした。海藤は横ではぁ~っ大きな溜息をついた。


「これを使って、あの5つの床の模様を監視し、煙が上がったらすぐに知らせる係っていうのはどうですか? 八城さん」

 奥原はそう提案しながら、明海に自分が使っていた黄色い迷彩柄のトランシーバーを手渡した。


「なるほど。いいでしょう。明海さん、できそうですか?」

「やります! やらせてください」

「決まりですね」と奥原。

「では、明海さんの役割を整理します。よく聞いてください」

 八城は即座に明海の動き方を考えた。


「はい、お願いします」

「明海さんは2階フロアから歩行スペースの監視。煙が上がったらすぐにトランシーバーで知らせてください。僕らも歩行スペースは注意して見ますが、これから武器も調達しないといけません。その間、明海さんに監視してもらい何か動きがあればすぐに報告。あなたの監視の目は僕らにとっても武器になる。どうでしょう、大丈夫そうですか?」

「任せてください」

 明海の表情が少し明るくなった。少しでも八城達の作戦に参加することで気持ちを紛らわせようとした。

「ただ、注意が必要な事がひとつあります。ヤツラの出現時のガスが毒ガスだとしたら、ガスには空気より重いものと軽いものがあります。もし空気よりも軽い成分の有毒ガスなら上昇してくるため危険です。なので、あの端の階段付近から監視した方が安全かと思います」

「はい」

 明海は真剣な眼差しで2階フロアに目を向けて階段付近の位置を確認した。


「恐らくヤツラは出現してから動き出すまでタイムラグがあるかと思います。ヤツラの出現の報告後、猛ダッシュでバックヤードへ入り従業員用更衣室に避難してください。そこでもうひとつお願いしたいことがあるのですが、更衣室の避難者に僕らの立てた作戦とヤツラを倒すまで出てこないで欲しいと伝達してくれませんか?」

「わかりました。伝えます」

 これで明海も正式に作戦に参加することが決定した。


「では、僕らはこれからホームセンターに向かいましょう。いつヤツラが出てくるか正直不明なので、明海さんは2階フロアで監視をお願いします。全員がトランシーバーを手にするまでは、鮫島さんが報告を受けます。僕らがここに戻ってきたら再度合流しましょう」

 鮫島はピンクのトランシーバーを明海にちらつかせた。

「はい。わかりました」

 明海はそう言って2階フロアへ向かっていった。


 

 時刻は10時50分。

 ホームセンター内に入り、最初に全員が向かった場所はおもちゃコーナーだった。奥原は全員におもちゃのトランシーバーと電池を渡した。それぞれみんな違う色のものだ。「電源を入れて、全員チャンネルを2番に合わせてください」と奥原は指示した。

 国府は通信ができないこの状況でも、離れた場所で相手と話ができるという感覚がすでに懐かしく思えた。

「あー、あー、テステス。明海さん聞こえますか? どうぞ」

 奥原は通信テストをした。

「こちら明海です。聞こえています。こちらは異常なし。どうぞ」

 明海は返答した。

「了解。こちら全員トランシーバーを手にしました。どうぞ」

「了解しました」


「使い方はこの横のボタンを押したまま話して、ボタンを離すと切れます。ねっ、簡単でしょ?」

 奥原はトランシーバーの使い方を説明した。

「おぉ! 通信できることがこんなにも感動的だなんて! スマホが使えることって当たり前じゃないですね」

 宗宮は目を輝かせながら奥原にそう言った。

 宗宮のトランシーバーが青色だったのを鮫島は横目でチラ見していた。


「ほんとその通りですね。普通の日常を送れていたことに感謝しなきゃですね」

 と奥原は言った。


 (シュッ!)

「あ、あれっ?‥‥」

 宗宮は青色のトランシーバーを鮫島に奪われた。鮫島は自分のピンク色のトランシーバーを宗宮に押し付けた。

「お前はこっちだ」

「あぁ!! ちょっとぉ! なんでとんのよ!!」

 宗宮は鮫島に奪われた青色を取り返そうとジャンプした。鮫島はそれを上に掲げる。宗宮の身長では鮫島の顔に手が届くか届かないかだ。


「うるさい」

 鮫島はそう言って、宗宮の頭を片手で押さえつけながらそっぽを向いた。

「返しなさいよぉー!」

 宗宮は口を膨らませながら鮫島を睨みつけた。


「まぁまぁ。宗宮さん、ピンクお似合いで可愛いですよ」

 八城はにこりと笑みを浮かべながらフォローした。

「そうそう。そっちの方が良いって」と海藤。

 国府と棚橋は、あの鮫島にタメ口になっていた宗宮に驚いていた。


「ふん。あたしはカワイイレディだしぃ~、ピンクもカワイイ色だしー。別にいいんだけどねー」


「ねぇねぇ。あのふたり精神年齢何歳さ?」

 阿古谷は国府の耳元でぼそっと囁くように訊いてきた。


「え? さ、さぁ~‥‥」

 国府はふたりのやりとりに目が点になった。鮫島さんって案外子供っぽいところあるんだな、と思った。

 最初は、めちゃくちゃ恐い人、と言う印象が強かったが鮫島の人間っぽさや気さくなところを目の当たりにして、どこか嬉しさを感じた。これからまたヤツラが襲ってくるかもしれないというのに今は安心感が勝っていた。


「では、各自自分に合う武器を探しましょう。ただ、ゆっくりしている時間はありません。15分くらいで決めていきたいところですね。何かありましたらトランシーバーでお知らせください」

 八城がそう言って、各々散らばっていった。


「うち武器は使わないから、明海さんに付き添っておくねー」

 阿古谷は両手を後頭部の後ろに組みながら八城にそう言った。


「いらないんですか?」

「うちの流派は武器は使わない。最大の武器はここにあるから」

 阿古谷は右手を拳にしながら言った。


「わかりました。明海さんをよろしくお願いします」

「はいよ。後でねー」

 そう言って、阿古谷は2階フロアに向かっていった。

 

「棚橋さん達4人は僕と一緒に行動しましょう。羊を殺す術もお伝えしたいので」

 八城は棚橋達に駆け寄りそう言った。

「いんですか? 八城さんも武器を探さないとじゃ」と棚橋。


「僕はもう決まってますのでお構いなく。では行きましょう。こっちです」

 八城は棚橋達を連れてDIYコーナーへ向かった。




第37話へ続く・・・。

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