第30話 殺戮 —サツリク— ⑨

 (首都圏 ダイドー本社 大堂N1ビル 28階 社長室内応接間)


 10月5日、時刻は8時30分を過ぎたところだった。

「計画通りかな?」


「えぇ、順調に遂行中です」


「どのくらいかかったのかね」


「およそ1時間と21分です」


「そうか、優秀だな」(ゲホゲホッ)


「8時34分、被検体実験第一波終了ですよ。えへへへへ‥‥‥」


「鵜飼の笑い方はいつ聞いても不気味だな」


「すみませんね~。生まれ付きなもんで、えへへ」


「準備は整ったか?」

 社長の大堂 竜之介は上座に腰かけながらそう言った。役職者同士の雑談が隠密に交わされている。


 応接間には、以下6名が秘密招集されていた。ダイドーのトップと、の関係部署の責任者達だ。室内は広く、隅々まで清掃がいきわたっており清潔に保たれている。


 副社長の大堂 秀策 (36)

 常務の坂田さかた 廉治郎れんじろう (60)

 北部エリア営業部部長の神矢 行雄 (54)

 計画執行責任者の植松うえまつ 俊樹としき (44)

 バイオエコロジー部部長の坪井つぼい 甲太郎こうたろう (51)

 バイオエコロジー部ダイドーラボ室長の鵜飼うかい 康友やすとも (49)


 長方形のテーブルが置かれており、中央にアラビアン柄の布が縦に敷かれている。大堂から見て、左向かいには大堂 秀策が、右向かいに坂田常務が座っている。

 入り口側に近い壁にはスクリーンが設置されており、プロジェクターが『大堂ファインディングエコロジー』の頭文字である【DFE】の文字を映し出している。そのスクリーン側の席には鵜飼、左隣には坪井が座っており、このふたりの向かいにはそれぞれ、神矢と植松が座っているという席次だ。


「この会議は極秘だ。絶対に他部署や外部に情報が漏れてはならん。なぜ私の応接間で行うのかはわかるね?」

 大堂社長は眉根に皺を寄せながら険しい表情で訊いた。


 6人は小さく頷いた。


「君達は今回の計画に選び抜かれた勇士であり、私のを受け継ぐ同志だという自覚を持って欲しい。良いかね?」


 6人は大堂の目を見て、はい、と小さく声を洩らしながらもう一度頷いた。


「よかろう。では始めよう」みんな姿勢を正した。


「神矢、経過状況は?」

 大堂社長は進行を始めた。神矢が起立して手元のタブレットに目を配りながら説明を始めた。


「はい。閉鎖開始時刻は昨日さくじつの13時33分。この時間帯が来客数のピークと判断しました。現在閉鎖してから約19時間が経過。オープンから数日での閉鎖だった為、白別町の町民からは不信感をかってしまいましたが、公式ホームページの操作と、店内メンテナンスの為一時的に業務停止する旨の宣伝効果で多少は終息傾向にあります。ただ、家族が帰って来ないという捜索願を出されたご家庭もあるようで、警察の捜査も動き出している事態にはなってますが、ライフラインを残しつつ完全閉鎖は成功です。あとは被検体の影響がどう出たかですが‥‥‥」

 神矢は説明した。


「うむ。遠隔スイッチの判断は神矢に一任していたからな。それで良い。むしろ来客数のピークに関してはオープンから月初の方が良いに決まっている。町民から不信感を抱かれること、警察が動き出すことなど想定内だ。問題ない。このまま計画を遂行しなさい」

 大堂社長は腕を組みながらそう言った。


「はい。仰せの通りに」

「神矢よ、スーパーダイドーの本当の役割とは何だね?」

 と大堂社長は太い声で訊いた。


「社長のご意志であるです‥‥‥」


「そうだ。だから良いのだ。あれはそのための単なる禍々しいはこに過ぎん。閉鎖タイミングに関しては、お前が今がその時期ときだと判断したのだ。それを信じるよ」


「はい。ありがとうございます。以上です」

 神矢は大堂社長の顔色をうかがい着座した。

 

「では次、植松。閉鎖後被検体放出に関してはどうだ?」

 大堂社長は植松に問いかけた。植松は立ち上がり、資料を片手にパソコンを操作し始めた。


「はい、今朝の6時45分に5体全て放出しました。動き出すまで約30分かかりました。社長のお望みである天開てんかいは9割以上完了。やはりあれだけの客数です。第一波で全ては無理がありました。しかし、第二波で終わるでしょう。とても優秀だと私も感じます」

 植松は答えた。

 その時、神矢は唖然とした表情で植松に訊いた。

「おい、待て植松! あの被検体全て出したのか!?」


「えぇ放出しましたよ。時期でしたからね。鉄は熱いうちに打て、という言葉があるでしょう?」

 植松はにやっと不気味な笑みを浮かべた。


「1体だけっていう話だっただろう。なぜ勝手に全て放出したんだ!? そんなことしたら多大な犠牲が、、、」

 神矢は声を荒げた。


「計画執行責任者は私ですよ。被検体の放出に関しては、時期や体数は私の判断に委ねられている。何体でやろうが必ず犠牲が出るのは避けられません。多いか少ないかの差ですよ。来客も多かったんですから、それならあのタイミングで5体全て放出して一気にデータサンプルを回収するのがベストじゃありませんか? 1体1体ちまちまなんてやってられませんよ。社長も同意の上でもある」

 植松は神矢の言葉を遮り睨んだ。


「……社長、そうなんですか!?」

 神矢は大堂社長に目線を移す。額に汗が吹き出して、耳の横をつーっと流れ落ちた。


「あぁ。そうだ。すまないな神矢。植松の放出タイミングや使う被検体の数については、趣旨を聞いた上で私が許可を出した。植松の論理が正しいと判断したからだ」

 大堂社長は懐疑的な表情を浮かべる神矢にそう返答した。


「社長がそう仰るなら‥‥‥、わかりました‥‥」

 神矢はしぶしぶ受け入れるしかなかった。


「神矢さんはダイドーの監督と、邪魔者に妨害されないように監視を頼みますよ。あとは白別町が混乱や暴挙に染まらぬようしっかりと治安維持管理の徹底もお願いしますね」

 植松は目を細くしながら会釈してそう言った。


「くっ‥‥‥」神矢は唇を嚙んだ。

(5体全て放出しただと。聞いてなかった。すでに9割以上の人間が犠牲になった。これは最悪の事態だ)


「植松、お前さぁ神矢の方が先輩なんだからものの言い方に気を付けろ。この計画の中で唯一現場にいちばん近い立場でやってんだからよ」

 秀策が植松の態度が気に食わなかったのか一喝した。北海テレビの特集にスペシャルゲスト出演した時の紳士的な気品はどこにも無く、態度は一変している。


「申し訳ございません‥‥‥、以後気を付けます」


「チームワークの乱れは敗北を意味する。乱れは不要だ。自分の役割を守りなさい。この計画は社長のご意思そのものなのだからな」

 坂田常務は口を開いた。

 神矢、植松、坪井、鵜飼の4人は同時に、はい、と返事をした。


「では次、坪井、鵜飼。5体の被検体について詳細報告をしてくれ」

 大堂社長は進行を続ける。

「はい。ではこちらのスクリーンにご注目下さい」と坪井。

 白衣をまとったふたりは立ち上がった。坪井はノートパソコンを操作し、鵜飼は室内の照明を少し暗くして、スクリーンの前に移動し伸縮式指示棒を伸ばした。


「被検体はヒトと動物の遺伝子操作、いわゆる遺伝子組み換え実験により奇跡的に誕生しました。スーパーダイドーの建設前からダイドーラボにて、鵜飼を筆頭に研究チームを組んでもらい、秘密裏に動いていたプロジェクトでした。かなりの時間を要しましたが、誕生から行動に移行できる時がやっと来ました。それが今日の早朝に行われたということです。鵜飼、頼んだ」

 坪井はパソコンを操作しながら概要を説明した。そして5体の被検体の写真をスクリーンに映し出した。


「はい。僕はこの5体の被検体を創り上げ、坪井部長にサポートしていただきました。ただ、この被検体の誕生に関しては、奇跡が奇跡を生んだものです。元々このような被検体は存在しなかったですし、計画に使う予定はありませんでしたがね‥‥‥」


 大堂社長や秀策、坂田常務は、うんうん、と頷いている。鵜飼は続ける。

「被検体は言わば人と動物のですね。わかりやすく言うと、人造人間とでも言っておきましょうか。使った動物ゲノムは馬・牛・山羊・兎・羊の5種です。5体それぞれ能力も違えば知能も違います。実験を繰り返していくうちにもうひとつ上の段階のキメラを創ってみようという遊び心のようなものが芽生えてしまいまして……えへへへへ。試しに羊の被検体にだけもう一種類全く別の遺伝子を組み込んでみたんです‥‥‥」

 鵜飼の声が徐々に震え出した。笑いを堪えているかのような声だった。


「羊にだけ3種類の遺伝子が混ざり合っている、ということかな?」

 大堂社長は興味深いという顔つきで、指で顎髭あごひげに触れながら訊いた。


「その通りです」


「奇跡が奇跡を生んだとは具体的にどういう意味なの?」

 秀策は首を傾げながら訊いた。


「はい。そもそも我々バイオエコロジー部最大の目標は、この世に存在する『不治の病』と世間で呼ばれている全ての病気を完治させる新薬を開発することです。5体の被検体は、我々の新薬開発研究の失敗工程から偶然誕生したモノなんです。そこで被検体の細胞が発達し、完全なる生物ともなれば、そのキメラ細胞を使って新薬の開発を急速に発展させることが可能となります。だからこそ奇跡の産物なのです」


「ははぁーんなるほどねぇ」


「まぁ今となっては人為的に被検体を創る方法も見つけました。しかしながら、そのキメラ細胞はなんでも良いという訳ではありません。どの生物とヒトとのキメラ細胞が新薬開発に適しているかはまだわかっておらず探っている最中です。もはや我々のやっていることは神の領域。答えは神のみぞ知る。今はまずあの5種の動物細胞で研究をスタートしている段階です。あとは生物を特定するだけです。特定できれば神を超越したことになる。我々の手にかかれば新薬開発成功も時間の問題ですがね。えへ‥‥、えへへへへへへへへ、もう少し‥‥あともう少しで社長に絶大なる貢献ができるのですよぉ! 薬学業界でもトップを張ってみせます!!」

 鵜飼は笑いを堪えるのが限界に達した。甲高い声を上げて笑い出した。あまり睡眠がとれていないのか、いつも目の下にくまができている。痩せこけた輪郭がより不気味な表情を生む。誰も試みたことが無い未開の実験をするのを好み、睡眠時間を犠牲にしてまで没頭してしまう研究者でIQもすばぬけて高い。

 鵜飼の上司は坪井であり、ふたりは国内屈指の名門である首都理化大学の出身だ。坪井は薬学部創造薬学科の出身、鵜飼は生命応用科学部バイオテクノロジー科の出身で、化学実験サークルが一緒で先輩と後輩の関係だった。


—―—―数年前、ダイドー社(=株式会社 大堂ファインディングエコロジーの前社名)が、新事業として新薬の開発や農場経営(今で言うダイドーファーム)を主力とするバイオエコロジー部の新設へ踏み切った時に、坂田常務は裏で動いていた。坪井と鵜飼をそれぞれ有名企業から引き抜いてきたのだ。所謂いわゆるヘッドハンティングというやつだ。

 坂田常務はその企業と色々揉めたらしいが、抗議してきたある人事部長が、後に失踪している。その後、坂田常務は揉め事をねじ伏せたのだ。坂田常務がその時何をしたのかは誰も知らない。

 坂田常務の根回しとふたりの活躍が功を奏し、バイオエコロジー部は急速にダイドーの主力事業として発展し、社名も今のものに商号変更したのだ。

 ふたりはバイオエコロジー部で様々な実験や開発にいそしんできたのだ。


「神様の話はわかったけど、その羊の細胞に加えた3種類目の遺伝子ってなんの遺伝子なの?」

 秀策は質問を投げかけた。


「それはこのあとのお楽しみですよ」

 秀策は、へー、と関心の表情をしていた。


「それではスクリーンに第一波計画実行中の録画映像を流しますのでご覧ください」

 坪井はパソコンを操作して、映像を部分的に所々早送りしながら流した。

 閉鎖された後の店内、客達の混乱、自動ドアを破壊しようとした緊急措置の様子、一夜を過ごしている様子、そして、5体の被検体が歩行スペースに現れあの悲惨かつ残酷な殺戮行為が実行されている映像が流れた。

 神矢は目を背けたくなる場面もあった。そして最後は、被検体が忽然と姿を消す映像で終わった。阿古谷が兎を蹴り飛ばす映像は偶々早送りされ確認されなかった。


 神矢は視線を目の前のタブレットに向ける。その映像を見て両手拳こぶしに力が入った。拳の中で爪が掌に食い込むのがわかるくらいだった。


「‥‥‥以上です」

 坪井はスクリーンをDFEのロゴ画面に戻し着座した。


「なるほど。素晴らしい」(ゲホゲホッ、ゲホゲホッ)

 大堂社長は咳をしたあとに拍手した。


「なぜ5体は急にいなくなったんだ? あのまま馬のヤツがホームセンターに突撃していればんじゃないのか?」

 秀策は疑問を坪井にぶつけた。


「鵜飼」

 坪井は、室内の照明を元に戻している鵜飼に視線を向け説明を求めた。


「はい。あ、えー、体力の問題です。被検体の動きがそれぞれ素晴らしかったのは映像で確認していただけたかと思いますが、元々は創薬実験の失敗から奇跡的に生まれた化け物なので、不完全体なのです。能力は高いですが、あれだけ暴れたら体力が続かない。もって1時間が良いところです。自分の体力に限界を感じた被検体は、過呼吸状態に陥り自身が兼ね備えたパフォーマンスが出来なくなると認識します。だからこそ体力回復のために元の場所へ帰っていった、というところですかな。えへへへへ‥‥‥」


「へー、なるほどね。その体力の回復はどのくらい時間がかかるの?」


「初めての被検体の行動実験ですからねぇ‥‥…。当分回復までには時間がかかると思いますよ。およそ6時間くらいですかねぇ。体力、精神、筋肉など使った部分の回復は人ですら時間はかかるもの。ただ、回復が終わった被検体は学習し、恐らく第二波ではもう少し体力がもつと思いますよ。数を繰り返せば完全体になるでしょうな。えへへへへへ‥‥‥」


「あの羊の腹の口‥‥、何かに似てるんだよな。完全に化け物だったけど。それが3種類目の遺伝子のヒントか?」

 秀策は訊いた。


「そうですねぇ‥‥わかりました。答えをお教えしましょう」

 全員が鵜飼に注目する。坪井だけは、うんうん、と頷いており答えをわかっているようだった。


「ハエトリグサですよ」

 鵜飼は目を見開きながら甲高い声で言った。


「ハエトリグサぁ? あぁ~あの気持ちわりぃ口みたいな草か。確かに言われてみれば! なるほどねーやっぱ化け物だ。面白いね」

 秀策は気になっていた答えが知れて満足気にそう言った。


「えへへ、ありがとうございます。羊は無限にで捕食できます。特に好むのは死体です。スーパー内の掃除役として活躍してくれました。あんな大勢の客達が死んだまま放置していたら死臭で穢れるでしょう? せっかくグランドオープ、、、」


「おい! 鵜飼! あの武器はどうしたんだ! どこで手に入れた!? あんなもの持ってるなんて聞いてないぞっ」

 神矢は、もう我慢の限界、と言わんばかりに鵜飼の発言を遮り言った。


「私が手配した」

 坂田常務が横槍を入れるかのように言った。


「えっ…常務が‥‥‥!?」

 神矢は開いた口が塞がらなかった。


「そうだ。裏ルートからな。その方が天開するのに効率が良い。ただそれだけだ」


「坂田常務‥‥‥、なぜそんな!?」


「何もさぐらない方がいいよ神矢君。君にも温かい家族がいるのだろう? そう言えば、君の長男坊は開成南高校に来年推薦入学が決まっているんだってなぁ。噂で聞いたよ。道内随一の進学校だよなぁ。素晴らしいじゃないか。称賛するよ。父親なら笑顔で通わせてあげたいものだよなぁ」

 神矢は、坂田常務からおどろおどろしい何かが湧いて出ているのが目に見えたような気がした。神矢だけではない。植松、坪井、鵜飼も視線が定まっていなかった。神矢にその言葉を発することで、自分たちにも間接的にそう言われていると感じさせられているのだろう。


「は、はい‥‥‥。仰るとおりです。ありがとうございます‥‥‥」

 神矢はもう何も言えなくなってしまった。ただただ従うしかないと自分自身に言い聞かせる事しか出来なかった。

(そうだ、そうだよな、この人達の計画の邪魔さえしなければ家族も俺自身も守られるんだから‥‥‥)神矢はそう思った。


「よし。では第二波だ。決行タイミングは植松に一任する」

 大堂社長は植松を指差しながら言った。


「はい。了解しました。6時間以降であればいいんですよね? 鵜飼さん」


「そうです。余裕をもって15時以降にしておきましょう」


「わかりました」


「この計画の名をまだ言っていなかったな‥‥‥君達に。我々だけの隠語として統一する」

 大堂社長は立ち上がりそう言った。秀策と坂田常務は腕組をして目を瞑っている。ふたりはもうすでに知っているのだ。


「ヒュドラ―計画だ」



第31話へ続く・・・。

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