第15話 一夜 【前編】

≪えー、店長の浅川です。アナウンスが遅くなってしまい大変申し訳ございません。緊急会議を終了致しました。本日発生した地震によるシステムトラブルは未だ復旧、改善の目処が立っておりません。もはや、この建物の外に出られるようになるのもまだはっきりわかりません。最悪、このまま夜が明けてしまう可能性もあります。この間も刻一刻とその最悪の状況に向かっているのは間違いありません。お怪我をされた方、体調が悪い方等もおられます。この閉鎖された空間だけでかなりのストレスになっていると思います。そこで、我々スタッフは出来る限り全力でお客様に協力したい所存でございます≫


 ザワザワザワザワザワザワザワザワザワ‥‥‥——(店内はざわつく)


 浅川のアナウンスは続く。


≪時刻も18時を回りました。当スタッフで話し合った結果、お客様の安全を最優先とし、まずは食事や飲み物、薬等を手配する事と致します。ただ、これも緊急対応です。1人1人に配給する時間はありません。よって、スーパー内にあるお弁当やお惣菜、食材をどれも自由に選んでお召し上がり下さい。お弁当に関しても今から随時お作りし、お弁当コーナーに並べていきます。お好きなタイミングで取っていって下さい。お飲み物も飲料コーナーから自由に取って頂いて構いません。また、1人で複数キープするのはご遠慮頂ければ幸いです。食事をする場所に関しては、お客様にお任せとなります。こちらもお客様の歩行スペースに即席テーブルをいくつか配置します。ご自由にお使い下さい。お薬等に関しても、スーパー内にあります『ハクチョウドラッグストア』にて、薬剤師や販売員の判断のもとで供給します。こんな時です。お金は一切必要ありません。人手が足りなくなる可能性もございますので、その際はお医者様、医療関係者の方にもご協力を要請するかもしれません。我々スタッフは1秒でも早くこの状況を改善出来るよう引き続き努めて参ります。よって、今後の動き等も一旦我々スタッフの判断に一任して頂きたく存じます。お客様の安全を第一に考慮していく所存です。どうかよろしくお願い致します。我々スタッフは準備に取り掛かりたいと思います。お食事は18時半までお待ちください。再度アナウンスします‥‥‥≫


 ピーンポーンパーンポーン。


 アナウンスが終わった後、四方八方でまたざわつき始めた。様々な声が店内にそわそわと広がった。


『いつになったら帰れるんだよー』

『ママー早く帰りたいよー!』

『参ったよ、全く…』

『責任者に抗議しても無駄だしよー』

『ここにいる全員が被害者‥‥‥』

『このまま出られないとなると、どうなっちまうんだよー』

『まじで、自動ドアも意味わからんしなー』

『最悪だ‥‥‥』

………


 と、絶望的、悲観的になる客達が多かったが、その一方で、真逆の考え方をする客達も現れ始めた。


『なんかこんなの初めてだよね』

『好きなの食って良いとかラッキーじゃん』

『酒もいいのかな? こんな時は飲んで気を紛らわすしかねーだろ』

『今日は泊りだな。一服いくべっ』

『スーパーに泊まる事になったら、それこそ人生初じゃね?』

『なんか、これはこれでちょっと楽しいかも』

『てか、明日仕事さぼれるじゃん! てか、行けねーか。はははははは』

『だな。俺もちょうど仕事行きたくなかったし』

………

 と、若者グループの客達の中で、このような楽観的な考えを持つ者が。



 国府達4人は、イベントスペースにテーブルとパイプ椅子を出したままにしていたので、座りながら浅川のアナウンスに耳を傾けていた。

 国府は、アナウンスが終わった後の周囲の声を聞こえてくる限り耳を澄まして聞いていた。これだけ多くの客が居れば、この状況下でどんな思考や心理が働くのか気になった。


「はぁ~、やっぱり出られないままかー。外ももう暗いしー、しかも9時から見たいドラマあったのに~、もぅ」

 宗宮はテーブルに突っ伏しながらだるそうにそう言った。


「18時過ぎましたし、本来なら松江さんに終了の電話して店に戻ってる頃ですよ。このままでは松江さんも連絡がない事に心配しますね」

 海藤はそう言って棚橋に目を向ける。


「そうだね。しかも昼過ぎから一度も松江さんに途中経過報告の電話すら出来ていない。多分、松江さんからも俺に電話してるはず。繋がらないから違和感を感じていると思う」

 棚橋は不安気な表情を浮かべながらそう言った。


「国府さんも奥さん心配しちゃいますね」

 宗宮は上体を起こしながら国府に話しかけた。


「はい。仕事終わったらいつも妻に『今から帰るよー』って電話してますし、今日家出る時も18時半くらいには帰れるかもって伝えましたからね。まぁ今の時間はまだ何か手続きが長引いてるから遅いのかもと予想してくれてはいると思いますが、時間の問題かと‥‥‥」


「へー! 超仲良しじゃないですかー。アツアツ夫婦ですな!」

 宗宮はニコニコしながらそう言った。こんな状況でも宗宮の明るい性格に少し場が和んだ。棚橋も海藤も国府を見ながらニヤニヤしていた。


「あ、えぇ。ただ残念な事がひとつありまして‥‥」

 国府は少し俯きながら呟くように言った。


「なーーにーー?」

 真っ先に宗宮は訊いてきた。まるで少し昔に放送していた『学校へ行こう!』という番組の人気コーナー『未成年の主張』の在校生のような感じだった。国府はそんな宗宮の問いかけに戸惑いながらも丁寧に答える。


「家を出る時に妻が『今日の晩ご飯はビーフシチューだからね』って言ってたんです。それがこのままだと食べられないなぁーって思って」


『ノロケかよー!』

 3人は声が被った。


「おいおい! なんて良い奥さんなんだぁぁ。国府さんよ~。俺なんか家で待っててくれる相手なんかいないんだぞー。ましてや手作り飯なんて、羨ましいヤツめ」

 棚橋は腕で顔を覆い隠し、泣いてる素振りを見せながらそう言った。


「あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃ‥‥」

 国府は、隣で海藤が首を小さく横に振っているのが視界に入った。宗宮はクスクスと口を押さえながら笑っている。


「国府さん、棚橋さんは5年間彼女出来ずで、最近もなんか好きな女の子にフラれたとかフラれてないとかでさ」

 海藤は、国府の肩にそっと触れながら耳元で囁くようにそう言った。


「あ、はぁ‥‥」

 国府は目が点になった。


「おい、海藤、聞こえているぞ」

 棚橋は声を低くして、眉間に皺を寄せていた。


 こんな緊迫した状況下でも、国府は、3人と会話していると気が紛れた。


 国府は立ち上がり、歩行スペースの方を覗き込むようにして目をやった。スタッフが即席テーブルとパイプ椅子を出して準備をしているのが見えた。歩行スペースの中央部分にテーブルを並べている。テーブルやパイプ椅子はバックヤードの方から運び出されている。精神的に余裕がある客は、スタッフの手伝いをする人達もいた。

 国府はその光景を見て、『スタッフ達も自分たちと同じ被害者なのに立派だなぁ』と感心していた。国府達は、今は仲間内で身を寄せ合っていた方が無難だという考えがあり、お互い離れ離れにならない事を優先した。


 その時、ピーンポーンパーンポーン、アナウンスが再び流れた。

 ざわついていた店内がまた静まり返る。国府達も、アナウンスを聞く事に集中した。

 

≪店長の浅川です。えー、18時30分になりました。お食事をして頂くための準備が整いました。お弁当等もお総菜コーナーに今も随時並べておりますが、ご自由にお取りくださいませ。その前に、緊急会議ではお客様の安全と店内の秩序維持のために取り決めたルールが6つありますのでご報告致します。

1つ目、お酒は禁止です。万が一発見した時は没収し別途料金を頂きます。


2つ目、喫煙は喫煙所にてお願い致します。喫煙所は1階と2階に配備してあります。混みあっている場合は並んで順番にご利用下さい。


3つ目、お弁当やお飲み物は数にも限りがありますので、お1人様1個とさせていただきます。別途お弁当以外にもお総菜やお菓子類もありますので、お1人様1個づつお取り下さい。割り箸やスプーン等も置いておきます。また、取り合い等の争いが起こらぬよう譲り合いの気持ちでお願い致します。


4つ目、テーブルに関しては数は足りないと思いますので、1階イートインコーナー、2階フリースペース、歩行スペースの各場所に配置してあるベンチ等もご自由にお使い下さい。


5つ目、出たゴミは、1階歩行スペースに大き目のゴミ袋を各場所に配備しておきますのでそこに捨ててください。床等に置きっぱなしはご遠慮下さい。


6つ目、お怪我をされている方、体調が優れない方は、スーパー内にありますハクチョウドラッグストアにお越しください。お薬等も無償提供致します。


 以上がルールです。この状況下でもこの店内にお客様がいる以上、安全に過ごしていただくため配慮する義務が我々スタッフにはありますので、このようなルールを設けさせて頂きました。場合によってはルールの改定もあるかもしれませんが、一旦はこれでやっていきたいと思いますので遵守して頂きたく存じます。ただ、いちばんの目的は、この店内から出て救助を要請する事です。そのため、皆様のご協力も不可欠なのでどうかご理解いただければ幸いです。それでは、我々スタッフは引き続き復旧・改善のため努めて参ります。また引き続き随時アナウンスを流しますのでよろしくお願い致します≫


 ピーンポーンパーンポーン。


また周囲から様々な声が聞こえてきた。

『なんだよー、酒はダメなのかー』

『普段食えないような高い弁当でも狙うか』

『てか、ラッキーじゃね』

『私はダイエット中だからフルーツコーナー行こうかな』

『はぁ、家族が心配してるだろうな』

『いつまでこんな‥‥‥』

『ここに泊まるとか絶対に嫌よ、お風呂入れないし最悪!』

『明日大事な商談があるのにヤバいなぁ』

『店長なんとかしてくれよー』

『飯とかいいから、早く出してくれよ』

‥‥‥


 またざわつき始めた。時刻は18時40分になろうとしていた。

 国府は後ろのガラスブロックの壁をちらりと見た。外は完全に暗くなっているのがわかった。ただ、ガラスの分厚い造りが外の景色を完全にぼやかしているので、車や人がいる事をガラス越しからは全く確認が出来ない。

 国府達は浅川のアナウンスを聞き終わった時、お互いの顔を窺った。

「まぁ、このまま待っていても外には出られないし、松江さんとも連絡が取れるわけでもないから、一先ずここは状況に従うしかないな。俺らは取り乱さずに冷静に行動しよう」

 棚橋は腕を組みながら少し目を細めてそう言った。


「そうですね。今はどうしようも出来ないですからね。一旦腹ごしらえといきますか。好きなもの無料で食えるわけですし」

 海藤も冷静にそう言った。


「じゃあ、皆でスーパーいこう! お弁当は早いもん勝ちっしょ! あたしお腹空いてきたしー」

 宗宮は椅子から立ち上がり張り切りだした。


「いきましょうか」

 国府もそう言った。


「先に3人で取っておいで。俺はこの在庫を見張っておくから。3人戻ってきた後に俺も取りにいくよ」


「あ、じゃあ、あたし棚橋さんのも取ってきてあげますよ。どんなのがいいですか?」


「お! いいのかい? ありがとう。肉系の弁当があれば。唐揚げとか生姜焼きとか、まぁ何でも良いんだけどさ」


「ラジャー! 肉系弁当探してきますね。飲み物は何が良いですか?」


「お茶をお願いしようかな。お茶は何でも良いよ」


「はーい!」

 宗宮はそう返事をして、3人はスーパーに向かって行った。


 スーパー内の弁当・お総菜コーナーは客が押し寄せていた。まるでレストランのバイキングかのような光景だ。色々な種類の弁当や総菜が山積みにされている。この18時30分から19時の間が夕食時の家庭は多いのだろう。

 子供連れの家族なんかは大変だろう。子供が『早く家に帰りたい』と駄々をこねるのも時間の問題だ。泣き出して手に負えなくなるかもしれない。だからこそ、お菓子やジュースで気を紛らわしながら、子供が退屈しないように配慮する必要が出てくる。赤ん坊を連れてきている母親は尚更大変だ。この閉鎖された空間というのは大人もストレスだが、小さな子供にとっては絶大なストレスだろう。国府は、自分に子供がいないからこそ脳内でそんな風に子供連れの家族の立場を想像したりしていた。

 

 3人も弁当・総菜コーナーで何を食べようか吟味する。

「あ! あたしお寿司食べようかなー。 普段高いから買わないからねー。このサーモン・まぐろパックに決めた!」

 宗宮はしめしめと目を光らせながら寿司パックを手に取った。しっかり自分の醤油とわさびや、4人分の割り箸まで確保していた。手際の良さが窺える。


「じゃあ俺はこの青椒肉絲弁当にする。国府さんはどれにします?」


「んー、じゃあ僕はこの蕎麦・天丼セットにします」


「いいっすね」

 海藤は親指を立てた。


「棚橋さん希望の唐揚げ弁当もあったよ。飲み物取って戻ろう。混んできたしさー」

 宗宮は棚橋の分の弁当も抱きかかえるようにしてそう言った。


 3人は速やかにその場を去り、飲料コーナーで飲み物を確保して棚橋の待つイベントブーススペースに戻っていった。

「ただいま帰還しました」

 宗宮はキリっとした表情で棚橋にそう言った。


「おうっお帰り。混んでたしょ」


「はい。ちょうど夕飯時ですからね。はいこれ、棚橋さんの唐揚げ弁当とお茶ですよー。みんなの割り箸はここから取っていってねー」

 宗宮は棚橋の目の前に弁当とウーロン茶を置きながら言った。


「さんきゅ!」


「はぁ疲れたー、とりあえず食べよ食べよ」

 海藤も割り箸を取ってテーブルに弁当を置いた。国府も海藤の隣に座って弁当の蓋を開けた。


 そして、4人は弁当を食べ終わった。

「あっちまで捨てに行くの面倒だと思うから、このゴミ袋に捨てていいよ」

 棚橋は、イベントで出たゴミを入れる大き目のビニール袋を広げながらそう言った。「ありがとうございます」と、3人は順番に自分の食べた弁当のトレーをゴミ袋に捨てた。


 時刻は19時30分を回った。

 国府は友里恵の事を考えていた。友里恵はとても心配性な性格だ。私生活でも何か心配事やわからない事があればネットで自分が納得するまで調べたり、ネット掲示板とかで他人の意見を見聞する。

 国府は仕事で遅くなりそうになった時は、合間見つけて友里恵に電話して帰りが遅くなる旨の連絡を入れるのだが、通信が出来ない以上それも不可能だ。どうしようも出来ない。お手上げ状態だ。国府は、一点を見つめるようにして上を向いていた。


「奥さんの事考えてますね?」

 海藤は国府にそう問いかけた。


「あ、え、えぇ、まあ」

 国府は海藤の唐突な質問に戸惑った。


「さすがに心配してるよな」

 棚橋も国府に同感した。宗宮も国府を見つめている。


「妻は心配性な性格でして。連絡をすればまだしも、それも出来ないのはちょっと僕も心配というか、なんというか。恐らく妻は僕に電話して繋がらない事にも不安がっているかもしれません。まぁ、仕事で僕に何かあった時は藤原に直接電話してくれって電話番号は伝えてはいるんです。遠慮しがちな所もあるから電話するっていう判断になるかもわかりません」


「そうか。奥さんが藤原さんに電話でもしてくれたらこの状況が伝わるかもしれないな」

 棚橋は言った。


「藤原さんが何か行動してくれるかもー!」

 宗宮は希望に満ちたような顔つきで目を光らせた。


 4人はそんな会話をしているその時、1人の男が近づいて来た。



第16話へ続く・・・。

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