目覚めたら死んでから10年経っていた、まずは国に帰ろう

しろねこ。

目覚めた場所は、見知らぬ家だった

自分は、確かに死んだはずだ。


頰を触り、体をまじまじと見つめる。


鏡はないだろうか。


ウロウロするが見当たらない。


自分の名も身分も覚えている。

カタンと音がした。




「〇〇、起きたのね?」


見知らぬ人だが、この体と頭が覚えている。


「母さん」


言い慣れない言葉だ。

しかし自分をここまで育ててくれた女性。


「高熱を出して、ずっと意識がなかったのよ。大丈夫?もう辛くない?」


体のだるさはあるものの、動けない程ではない。


「ありがとう、母さん。もう大丈夫みたいだ」


少年は笑った。


頬が引き攣るが、記憶の中の自分は、母に向けて笑顔を向けていた。


辛さを押し殺した笑顔を。




「父さんは…?」


ビクリとその体が震える。


「今は、いないわ」


「そう…」


少年は拳を握る。


母の顔には、殴られた跡。


日常的に暴力を振るわれている母親。




死ぬ前の生活では考えられない。

家族に無意味な暴力を振るうなんて。


「ねぇ、母さんここから逃げ出さない?」

「何を言ってるの…?」


然るべき場所へ行き、然るべき場所で保護してもらおう。

ここがどこだか知らないが、少年はそう提案した。


「だめよ…父さんを、あの人を置いてはいけないわ」


そう俯くのを見て、少年はそれ以上言わなかった。

それが愛ならば仕方ないのだろう。


自分ももし生前に、妻に暴力を振るわれたとしても、請われるならば、何もかも差し出してしまっていただろう。

もちろんそんな事をする妻ではないが。




その後、少年はベッドで横になる。

埃っぽい毛布と草臥れたベッド。


先程は余裕がなかったが、落ち着いて見るとあまり裕福さは感じられない。


(これが平民の暮らしか)


生前使えた魔法は使えるようだ。


特に生活魔法はここでも有意義に使えるだろう。

平民が魔法を使えるなんてないから、隠す必要はあるが。




言い争う声を聞いて、少年はベッドより下りる。


件のどうしようもない父親が帰ってきたようだ。


(従者がいたら、聞けたのにな)

自分の従者がここにいたならば、拡声魔法で教えて貰えたのに。


静かにドアに近づき、二人の声を聞く。


「もう決まったことだ、諦めろ」

「だからって〇〇を売るなんて、許せないわ!」


口論の正体は自分の進退について。


売られ先はどこか。


「高値で買ってくれるって言うんだ。しかも貴族様だ、良い話だろうが」

「あの子はあたしの子でもあるのよ!それを、そんな勝手に決めるなんて!」

「煩い!」

「キャアっ!」


殴られた衝撃で椅子と共に倒れ込んだ。


凄まじい音を聞き、少年はドアを開けた。


「起きたのか」

父は少年を見た。


「大丈夫?母さん」


父の事は無視して、母の方へと駆け寄る。

殴られた事と、椅子と一緒に倒れた事で口の中を切り、頭からも血が出ていた。


「すぐに血を押さえないと」

綺麗な布はあるかと少年は周りを見た。


「無視するんじゃねえ!」

怒鳴り声が聞こえるが、少年は放っておいた。


今はそれどころではない。


台所へ行き、布を見つける。


きれいそうなのを何枚か掴み、数枚水甕の水ですすぎ、絞ったあと傷口に数度優しく押し当てる。


汚れをある程度払ったら、乾いた布で強く抑えた。

出血を止めねば。


回復魔法は使えないが、応急処置は出来る。


少年の体が、強い力で引っ張られる。


咄嗟に防御壁は張った。


「〇〇!」

壁に背中を強く打ち付けた。

痛みはないが、周りから見たらわからないだろう。


「父親を無視するとは、どういうことだ」


怒りを隠そうともしない男に、少年は冷たい視線を返す。


「ふん、気味悪いガキだ。どこの男との子なんだか」


母親が鋭く息を吸う音が聞こえる。


少年の容姿が両親に似てないことが、不和の原因の一つなのだろう。




恐らく、この体は正真正銘この夫婦の子だ。




遠い先祖の姿が出ることもあるため、両親に似ない事は、けして珍しい事ではない。

だが、平民の受ける教育では、そんなことまで習うとは思えない。


姿絵などあるわけでもないし、先祖の姿など事細かに記すこともないだろう。


そんな話をここでしても、少年の言うことをすんなり受け取ってくれるとは思わないが。


「俺は二人の子です」


母の気持ちは軽くしてあげたい。

だから主張した。


「そんなわけ無いだろ、その緑の瞳も、金の髪も、親戚中探しても誰もいない。どこぞの貴族と浮気したんだろうが」


金の髪を持つような者は、平民にはほぼいない。

疑う気持ちはわかる。


「何代か前に金の髪を持つ人がいたんじゃないですか?母さんは浮気なんてしてない」

真っ直ぐな目で少年は言った。


「どうだか」

ふん、と鼻息を荒くしている。


「まぁいい、お前の姿を見るのもあと少しだ。熱が下がって元気になって良かったよ、お前を無事に売り飛ばせる」


「そうですか」


それ自体はいい。


しかしこの母を置いていくのは気が引ける。


「母さんは、一緒じゃないのですか?」

「そんなの出来るわけないだろうが!」


すぐ怒鳴る。

少年は父の大声で、耳が痛くなりそうだった。

「では行きません。あなたが守れないのだから、俺がこの人を守らなければいけない。一緒でなければ辞退します」


少なくともここまで育ててくれた人なのだから、見捨てることは出来なかった。


自分の味方をしてくれた者を、こんなところに置き去りにするわけにはいかない。


少年は身内を大事にする事を、心に誓ってずっと生きてきたのだから。



「こ、この…!」

振り上げた拳は少年には振るわれない。

 



少年は気づいている。


この顔の為、売れたのだ。

勝手に傷をつけたら売るどころではない。


「今後母さんに暴力を振るうのなら、俺はこの顔を潰します。そうされたくないなら、もうやめてくださいね」


傷くらい構わないだろう。

台所へ行くと刃物を持ち出し、少年は躊躇わずに顔に押し当てた。


「やめろ!」

父の静止の声。


少年は静かに見返した。




「何もしない、だからそのまま刃物を下ろせ」

父の苦々しげな表情。

ちらりと母を見れば青ざめている。



ゆっくりと刃物を下ろした。


「売れるまで余計な事はするな!」

刃物は取り上げられ、怒鳴られる。


「あなたが俺との約束を守るかです。守らなければ壊すだけです」


「うるさい!このクソガキが!」

行き場のない怒りを発散するため、椅子を蹴り飛ばし、父は出ていった。

母は腰を抜かしているようだ。


「大丈夫?」

気遣う声をかけたが、母はどうしたらいいのかわからない様子だ。


「あなたに、一体何があったの…?あんな風に言い返す子じゃなかったはずよ」


少年は何も返せない。




数日前までは母と一緒に怯える少年だった。


それが、強いはずである父を言い負かす程になったのだ。


そう思うのも無理はない。




「これだけは信じて…俺は母さんを助けたいだけだから」



父から引き剥がすのは悩んだけれど、残していっても、ひどい未来しか想像できない。


強引だが、連れて行ったほうが幸せになれる可能性は高いと感じた。


「もしも父さんが心配なら、たまに見に帰ってこよう。きっと頼めば貴族様は叶えてくれるよ」


嘘も方便だ。


身請けという名の人身売買を行なった貴族が、そんな事をするとは思えない。

顔を合わすまでは貴族かもわからないし。


もし怪しいところならば金を奪って逃げ出せばいい。

それだけの事と少年は考えていた。


今は、目の前にいる母の説得に力を尽くさねば。


「ありがとう、〇〇…そうね、あの人はあたしの顔を見るだけでつらいだろうから」


あれだけ殴られていたのに、まだ気遣いの言葉が出るなんて。


「一緒に行くわ。出発の日のご馳走は、暫く家族が離れてしまうし、記念になるよう腕によりをかけて作るわね」


弱々しい笑顔を見せてくれた。



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