第二章 休戦地、三宮

Chapter11 三宮事件 前編

「いや〜おめでとう!」

 孝之は充に右手を差し出した。

「ありがとう」

「すんなり捕まえられると思ってたけど、案外、この鬼ごっこ、難しいな」

「俺もまさか最後まで逃げ切れるとは思わへんかったわ」

 2人の姿は、兵庫県神戸市東灘区にある岡本駅のホームにあった。

「孝之、実は惜しかってん。俺、淡路で準急降りたら、お前の姿見つけてさ」

「マジで?」

「その後、天六方面まで行ったんやろ」

「そう。あれはほんまに悲しかった」

 ベンチに座りながら、2人で笑い合う。

「ところでさ、充、お昼どうする?」

 孝之が聞いた。この休戦時間の間に3人は昼食をとることになっている。

「あー、もう食べた」

「えっ?」

「食べちゃいました」

「どこで食べたん?」

「ここ」

 充は後ろの駅名看板を指差した。

「おま、岡本でランチはリッチ過ぎるやろ!」

「いや、それが駅前のカフェのモーニングに間に合ったから安く済んでん」

「一応、逃走時間内に食事取るって、かなり余裕ぶってんな」

 充は孝之に「てへっ」と舌を出した。それを見て孝之は「ウザッ」と笑う。

「そういえば、俊樹は今、三宮にいるわ」

「あっ、そうなん」

 俊樹はゲーム中、充が三宮に来ると予想して、阪神を使い先回りをしていたそうだ。

「たぶん、そこでお昼食べてるはず」

「じゃあ、とりあえず、三宮行くか」

 ちょうど、新開地行きの特急がホームに入って来た。これに2人は乗ることになった。

 阪急電車の車内はそこそこの混雑ぶりで、2人は吊り革に手を伸ばした。


  ※


 阪急三宮駅の構内はたくさんの人で賑わっていた。特に今は夏休み真っ只中なため、充や孝之と同じ年齢ぐらいの人たちを多く見かけた。

 駅舎ビルの外に出て、大通りの交差点の方向へ足を進める。「アモーレ広場」と呼ばれる広場で2人は俊樹を待つことにした。

「俊樹にここで待ってることLINEしておいたし」

 と、孝之が言った。

「ありがとう〜」

「もうすぐ食べ終わるみたいやわ」

 そして、充は俊樹が孝之に送った自撮り写真を見せた。「蕎麦食べてるわ」

「ほんまや、めっちゃ幸せそうな顔w」

「食べ終わったら、ここに来てって伝えたし」

 およそ3時間半ぶりに3人が顔を合わせることになる。俊樹が来るのを待つ間、2人はベンチに腰掛けて、鬼ごっこの裏話や最近の学校のことなどを語り合った。

 ──だが、20分を過ぎても、俊樹が充と孝之の前に現れることはなかった。


 ☆次回 Chapter12 三宮事件 後編

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